主体性０の最強一般人！～悪の組織と正義の味方、どっちにも推しの美少女がいるので助けたら恐るべき第三勢力だと勘違いされました～

第29話 死闘

「くたばれっ、犯罪者ぁ！！」

　ワンステップで距離を縮めつつ、突きを放ってくる東堂。

　リリルは魔法障壁の魔方陣を展開するが一撃で砕かれてしまう。

「くらえ！」

　リリルの顔面に必殺の拳が迫る。

「させませんっ」

　横合いから飛び込んできたココナの拳が東堂の顔面を先に捕らえた――が。

「貴様も、犯罪者だっ！」

「あッ！？」

　殆どダメージを与えることはなく、逆にカウンターで放たれた回し蹴りによってココナは吹き飛ばされる。

　東堂の現在の攻撃力を考えれば致命傷、少なくとも重症は免れない。

　……はずだったが。

　ココナは地面を数回バウンドした後、すぐに体を跳ね起こした。

「チッ」

　舌打ちをする東堂の蹴り足には千切れた鎖が巻き付いていた。

　リリルが鎖を放ち、東堂の蹴りの威力を減衰させていたのだ。

「犯罪者同士だけあって、随分と気があってるじゃないか」

　吐き捨てるように笑う東堂に答えることなく、リリルが斬りかかる。

　同時にココナも懐に飛び込んだ。

「ハッ。遅いおそいおそぉーい！！」

　袈裟懸けの斬撃を体をターンさせて躱し、地面すれすれから跳ね上がってくるアッパーをバックステップで避ける。

　次の瞬間には攻勢に転じ、二人の少女の顔面に拳が突き刺さった。

「ぐっ！？」

「ぶッ！？」

　両者とも数メートル単位で飛ばされる。

　リリルは口の中を切ったのか唇から血が滲み、ココナは鼻血を流していた。

「あいつも、貴様らも、本当に愚かだな。犯罪などに手を染めるからそうなる。悪いが僕は男女平等主義だ。きっちりトドメを刺させてもらうっ！」

　東堂が再度リリルに向かって踏み込む。

　最早この相手を倒すのに大した技術はいらないと考えたのか、真正面からの突進だ。

「あいつも、ねぇ」

　リリルはもっともシンプルでもっとも発動の早い、単純な魔法障壁を発生させた。

　たたし、手の広サイズの小さなものをたった一枚のみ。

　東堂の突きが、その小さな魔法障壁に阻まれた。

「ぬっ？」

「あいつって、シンヤのことよね？　その愚かなシンヤの攻撃を一発食らっただけで、随分と弱ってるみたいじゃない」

　リリルの言うとおり、心弥と向かい合った時点での東堂はリリルやココナを一方的に瞬殺できる程の力を感じさせていた。

　しかし、今は二人がかりとはいえまともに『戦闘』をしてしまっている。

　シンヤとの激突で、かなりのダメージを受けている証拠だった。

「黙れ！　テロリスト風情がっ」

　怒りにまかせた東堂の拳を、再度小さな魔法障壁で受けきるリリル。

　どうやら、瞬間的に発生させた魔法力を小さな障壁一枚に集中することによって強固な防御を実現させているらしい。

「ハッ。そんな苦し紛れの奇策なんぞで！」

　絡繰りに気が付いた東堂がボクシングのコンビネーションブローの様な連打を放つ。

　頭、腹、頭と、意識を散らすような巧みな連打に、徐々に障壁の展開が追いつかなくなる。

「ごッ！？　あっ！？」

　とうとう東堂の拳がボディーと顎に連続でヒットした。

　血を吐きながら膝をつくリリル。

　位置関係が、立っている東堂の影にすっぽりとリリルが隠れたような形になる。

「い、今よ！　私ごと撃ちなさいココナ！！」

　虚ろな意識の中、それでも無理矢理叫ぶリリル。

　ココナは渾身の絶叫で答えた。

「ストナーハート・スプラッシュッ！！！！」

　リリルにトドメを刺そうと拳を振り上げていた東堂の背後で、極小の太陽が生まれたかのような輝きが瞬く。

　ココナの両手に凝縮された山吹色の光が、東堂に向かって解き放たれた。

「な、にぃ！？」

　背後から真っ直ぐに迫ってくる光の帯を避けようとした東堂の両足には、いつの間にか鎖が絡みついていた。

「があああああぁぁ！！！？」

　背に焼かれるような痛みを覚え、苦悶の声を上げる東堂。

　光が収まった時には片膝をついて全身から煙を上げていた。

「大丈夫ですか！？　リリさん！」

「へ、へーきよ。これ……くらい」

　リリルの元へ駆けつけるココナ。

　東堂の体が殆ど遮ったとはいえ、リリルにもストナーハート・スプラッシュがある程度当たってしまっている。

　先ほど東堂から受けたダメージも相まって、魔術で編まれたドレスは殆ど砕け散っていた。

　薄手のワンピースのような格好になったリリルに肩を貸すココナ。

　なんとか立ち上がれたリリルだが、最早戦闘能力を喪失しているのは明かだ。

「東堂さんも、退いてください！　これ以上は……」

「これ以上は、なんだ？」

　東堂は、ゆっくりと立ち上がった。

　そして。

「セットぉ！！」

　東堂の体が雄叫びと共に激しく発光し、その光が渦をまく。

　かつて心弥も受けた、渦の中にいる相手の動きを固定する異能だ。

　渦に巻き込まれたココナとリリルの体の動きが、ピタリと止まった。

　指一本動かせない。呼吸さえも……止まりそうなほど。

「ぁ……ぅっ」

　事実、リリルの方は息が吐き出せていない。

　まるで酸素不足の水槽であえぐ魚のように口をパクパクとさせているだけだ。

　ダメージが溜まったリリルには、東堂の攻撃を防ぐ術がない。

「今までは体が粉々になるのだけは避けてやろうと思っていたが……もう、やめだ。跡形も残さず肉片にしてやる！！」

　殺意を振りまきながら、東堂が上空に飛び上がる。

「粛正ぇぇぇぇぇぇいッ！！！！！」

　東堂の放つ輝きと圧力が倍々に膨れ上がった。

　その瞳はリリルと彼女に肩を貸すココナにぴったりと照準している。

　あとは蹴りとしてエネルギーを解き放つのみ。

　地面に到達すればそこには文字通り肉片しかのこらない。

　が、蹴りが放たれる直前。

　喉が裂けて血が出そうなほどの叫びを上げながら、ココナが無理矢理動いた。

「――――ぁ……ぁあああああああああああああああッ！！！！！」

　東堂の拘束を振りほどき、リリルを突き飛ばす。

「ッこ、ここな！！？」

　飛ばされながらも空中でココナに手を伸ばすが、もう手遅れだ。

　東堂の蹴りは既に放たれ、ココナに突き刺さる直前。

　当たれば確実に絶命する。

　ココナも避けようと動いてはいるが、東堂の蹴りは空中でも変化可能。

　もう避けようがない――。

　リリルが絶望した瞬間、ココナの背中の影から小さなナニカが飛び出すのが見えた。

「なんだッ！？」

　東堂の顔面にナニカが飛びつき、視界を塞ぐ。

　突き刺さる蹴り。

　舞い上がる爆煙。

　ココナは爆風に吹き飛ばされて放物線を描いた後、ぐしゃりと地面に落ちた。

「な、なんだコイツはっ」

　東堂が顔面に張り付いたナニカを引っぺがすと、それはココナの妖精、ミミだった。

　不意をついてココナの背中に隠れていたらしい。

　ココナの死を予感して、自身が身を投げることで攻撃を防ぐ為にタイミングをはかっていたのだろう。

「チッ。犯罪者の能力の一部か」

　東堂の手の中にいるミミは既にぐったりしていて、動かない。

　先の蹴りが地面に炸裂した時に爆風を受けたのだ。

　動かなくなったミミを東堂は地面に叩きつけた。

「無駄なことをしやがって。さぁ、次は確実に殺してやる」

　東堂がココナの方を見ると、彼女は既に立ち上がっていた。

「ミミ…………ごめん……ごめんね……」

　うつむき、涙を流すココナ。

「ハッ。犯罪者に手を貸し、惰弱にも死に怯え、戦いの中で涙する。貴様のようなどっち付かずの奴がいるからいつまでも本当の平和がこないんだ！　セット！！」

　再び、ココナの動きを封じる光の渦。

　先ほどよりも輝きは劣り、力は減じているようだ。

　しかし、今のボロボロになったココナを仕留めるには十分。

「トドメだ！！　偽善者！！」

　東堂が跳び上がり、再度の急降下キック。

　ココナは微動だにすることもできない。

　――いや、彼女の口が、微かに動いた。

「ストナー……ハート」

　ココナの体は全く動かないままに、体全体が太陽のような光を放つ。

「なんっ！？」

　東堂の蹴りがココナに当たる瞬間、光は一気に膨張し、その場で炸裂した。

　爆発によって蹴りはまたも外れ、東堂は爆風に吹き飛ばされつつもなんとか地面に着地する。

（ぐっ……これは、まさか……ストナーハート・スプラッシュを指向性を付けずに撃ったのかっ？　最大出力で！？）

　本来は相手に向かって放つエネルギーを自分の中で炸裂させる。

　確かにこれなら、禄に動きがとれなくても技が放てるかもしれない。

　しかし、本来は相手を打ち倒す為のエネルギーを自分の中で爆発させたのだ。

　東堂より遙かにダメージを受けているのは――。

「ココナ、あなた……！？」

　離れた場所でうつ伏せに倒れたまま見ていたリリルが思わず叫ぶ。

　煙が晴れて、姿が見えたココナは変わり果てた姿をしていたからだ。

　爪は全て吹き飛び、体中に裂傷を負い、異能によって生成された服もズタズタ、全身から血を流している。

「く、ははははっ！？　なんだそのザマは！　悪に加担したゴミは素直に死んでおけばいいものを、無駄にあがくからそのような」

　東堂の口上を聞き終わることもなく、ココナが動いた。

　よろりと体が前に倒れこみそうになったかと思った、刹那。

　背後に向かって再度ストナーハート・スプラッシュを撃つ。

　殆ど身を投げ出すようにして加速し、東堂に体当たりをする。

「ぐほぉっ！？　き、貴様！　いい加減にっ」

「ストナーハート……スプラッシュ！！！」

　ゼロ距離での爆発。

　猛烈な輝きに東堂の目は潰れ、次いで衝撃が全身を吹き飛ばさんと襲いかかる。

　が――体当たりした時にしがみついたココナの手が離れない。

「ストナーハート……」

「まっ――」

「スプラッシュッ！！！！」

「ぐあぁあああっ！！？」

　ココナの服はもう殆ど原型を残していない。

　東堂のプロテクタースーツも全身にヒビが入っている。

「ストナー……ハート……」

「ぎ、さまぁ！！！」

　血を吐くような叫びを上げながら、ココナの腹を殴りつける東堂。

「ぐふッ……ハート……スプラッシュ！！！」

「があああああああぁあああ！？」

「すと、なー……」

　このまま、ココナは死ぬ。

　明確にそれを感じたリリルは、殆ど残されていない魔力を全力で編んだ。

「あんた、勝手に……死ぬんじゃないわよっ」

　あいつに、申し訳がたたないじゃない！！！

　心の中で叫びつつ小さな魔方陣を生み出すリリル。

　そこから放たれたのは、小さな魔力の矢。

　矢は飛翔すると、東堂の横っ面を捕らえた。

「ッ！？」

　大したダメージはないはずの攻撃だったが、ヒビが入っていた仮面が矢の命中と同時に砕け散った。

　東堂の、驚いたような間抜けな顔が晒される。

「今よ！！」

「――――っ！？」

　殆ど意識もなく必殺技を繰り出していたらしいココナの目に、光が灯る。

「ア……あっ――あああああああああああああぁ！！！」

　ココナは最後の力を振り絞ると、ストナーハート・スプラッシュを真後ろで炸裂させながら東堂の顔面めがけて頭を突き出した。

　腕は東堂を掴んだままもう動かない。足は立っているだけで精一杯。

　そんなココナの本当に振り絞った最後の攻撃。

「ごッ――お……ぉあ」

　ストナーハート・スプラッシュの爆風で加速さたココナ全霊の頭突き。

　食らった東堂の眼球がぐるりと回転し、白目を剥く。

　そのまま、ゆっくりと後ろに倒れた。

「こ、ココナぁ」

　リリルが這うようにして倒れ伏すココナの元にたどり着く。

　ココナの体はもう無事な箇所がないような有様だったが、かろうじて、小さな呼吸音だけが聞こえた。

「まったく……無茶なやつね……」

　ココナを抱きかかえるようにして小さく笑うリリル。

　そんな彼女達に、拍手を送る者がいた。

「へぇ～。凄いじゃない。手負いだったとはいえ、今の東堂君を倒すだなんて。驚いたわ」

　主任だ。

「くっ――おまえ」

　リリルが殺意に満ちた視線を叩き付けるが、逆に言えばそれ以外にもう何もできない。

　主任は、まるで散歩をするかのような気楽さで東堂の元に歩いてくる。

「東堂君、思ったよりも使えないのね。後で実験材料いきかしら？　ま、取りあえず没収っと」

　倒れた東堂の体に触れる主任。

　その瞬間、彼女から感じる圧力が膨れ上がるのが分った。

「あ……ぁ……」

　リリルの目が絶望に見開かれる。

　主任の能力は、誰かから借りたり与えたりするもの。

　自分自身に力を付与できないからこそ東堂に戦わせていた。そう思っていた。しかし。

「やれやれね。私は能力を詰め込み過ぎて、下手に出力を上げると体を壊すかもだからあまり戦いたくなかったんだけど……。ま、瀕死のゴミを回収するだけだから問題ないかしら？」

　今の主任から感じる圧力は、明らかに東堂を上回っていた。

「……シンヤ、ごめん」

　ボロボロのココナを抱きしめながら、空を仰ぐリリ。

（この子だけでも、守りたかったのに）

　ココナを抱く腕に力がこもる。

　すると、ココナも意識を取り戻したらしい。

「心弥……さん？」

　小さな呟きが漏れた。

「起きたのね。でも、ごめん。シンヤには、あの世で会うことになりそうよ」

「え？　でも私、さっき心弥さんに会いましたよ？　水着も最高とかって……」

「はぁ？　何言って……気絶中に夢でも――」

　リリルが思わず呆れた様な声を出した、その時。

　ビキリとどこからともなく音がした。

「っ、何？　これは」

　主任が思わず距離を取る。

　何しろ、見たことのない現象を目にしてしまったからだ。

「空間に……ヒビ？」

「これって、きっと……」

　ココナとリリルのすぐ傍の空間にヒビが入っている。

　それは、パリンっと軽い音？　のようなものを立てて割れて。

「あ、着いた」

　軽いノリの少年が中から出てきた。

「……ったく。遅いのよ、もう」

「……あはっ。やっぱり、心弥さん」

　リリルとココナは、ボロボロの笑みを浮かべた。