第19話 遭遇

 その日は朝から雨が降っていた。

 出不精の心弥としてはそういう日は家でゴロゴロしていたいのだが、悲しいかな天候にかかわらず魔物は出現する。


「心弥~。もうすぐ出るよ、魔物」

「ま、マジかぁ……じゃぁそのうちココナちゃんかリリさんから連絡くるな。あ、でも水も滴るいい美少女が見れるってことかっ」


『雨の日は外に出たくない』という思いと『雨の日でも推しに会える』という思いがせめぎ合った結果、推しに会える嬉しさが勝ったようである。


 実際、その少し後にリリからの連絡が入り、心弥は家を出ることになった。




「おわぁ。結構降ってる」

「そだねぇ。ウチは心弥の服の中はいってよ~っと」


 変身をした姿になって雨の降りしきる外へと飛び出していく。


 既に素顔はバレているので変身する必要自体もうないのではあるが、今でもシノが習慣で変身魔法をかけているのだ。新しくアニメを見るたびにマイナーチェンジを加えていたりするので、ただの趣味かもしれないが。


「今日はリリさんが先だったな。雨の中のリリさん……絵になりそうだなぁ」


 今までリリとココナが同時に心弥へと連絡してきたことはなかった。


 どうやら、魔物によって出現時の兆候――魔力のパターンのようなもの――が違うらしく、どちらの組織が先に感知できるのかムラがあるようなのだ。

 魔術と異能の違いが出ている、ということなのかもしれない。


 因みに『魔法』を使うシノは常にどちらの組織よりも早く探知を成功させている。


「んーっとね、実は他にも魔物が出現するポイントがあるんだよね今日は。ココナっちはそっちを先に探知して戦いに行ってるっぽい」

「同時に二体出現かよ。大丈夫かなぁココナちゃん」

「この魔力の感じからすると、ココナっちでも十分対処できるね。けど、今から行く方はダメ。こっちのは結構強いからリリっち一人じゃ多分死ぬよ」

「なるほど。じゃ、こっち優先だな。でも一応ココナちゃんの方も注意して感知しておいてくれ。危なそうだったらあっちも助けに行くから」

「分った~」


 ビルの屋上を飛び移っていくうちに、町外れの造成地のような場所へと心弥たちはたどり着いた。


「まだリリさんは来てないか。しかし、最近気が付いたんだけどさ。魔物って割と人気のない場所に出ることが多くないか?」


 周りを見渡しつつ零す。

 確かに今回も、重機が置いてある以外は何も無いだだっ広いだけの無人地帯である。


「あぁ、世界の歪みも最初は凄く小さくて弱いところから始まるからね。人が沢山いると出にくいんだと思うよ。勿論例外もいっぱいあるけどさ」

「ふ~ん。よく分らんが、そっちのが比較的安全でありがたいわな」


 そんな話をしていると、黒衣を纏った少女が空からふわりと降りてきた。

 人形めいた美貌に長い銀の髪。リリだ。


「今日も早いわね」

「そりゃもう、リリさんを雨の中待たせるわけにはいかないっていうか。そんなアレで」


 といってもリリの体は全く濡れていない。どうやら魔術で水を弾いているらしい。

 逆に心弥の方はそんな器用な真似などできないので普通にびしょ濡れである。


「偶に思うけど、シンヤと話してると舎弟でも持った気分になるわね。あなたの方がずっと強いっていうのに、変な話だわ」


 強いとか弱いとかでなく、あなたのファンなんですよねー。

 と心の中で思ったものの、それを本人に直接言う度胸など心弥にはない。


「あー、なんていうか、レディファースト? みたいなものだと思ってくれれば」

「……おかしな人ね、あなた」


 何度かの共闘で、心弥もようやく(表面上は)リリと普通に話せるようになってきてはいるのだが、いかんせんファン精神がにじみ出てしまうのは中々直せないらしい。


 リリの立場からすれば、自分より圧倒的に強いはずの人間が何故か自分のことを敬っているかのごとく対応してくるので、多少不気味なようである。


「ま、いつも協力してくれるのはありがたく思っているわ」


 そう言って、心弥に向かって何かしらの魔術を放つリリ。

 心弥の体の周りに一瞬魔方陣が浮かび、雨を遮りだした。


「おぉ、ありがとうっ。リリさん」

「別に。礼を言われる程のことじゃない。そんなことより、舎弟みたいな受け答えはこれを機にやめてちょうだい。せめて……その、相棒っていうの? そういう感じなら、考えるけど」


 一見普通の会話だが、心弥の内心は。


(くぁあああ! 流石俺の推し! 可愛い、美しいだけじゃなくこの優しさっ。でも表情一つ変えないクールさ! ここがまた魅力度高いポイントつーか、っていうか今相棒って言われた!? 俺が、リリさんの、相棒!?)


 かなり忙しくて五月蠅いことになっていた。




「お二人さん、きたよ~」


 リリが到着してから数分。

 いよいよ魔物が出現した。


 巨大なヘビの様な魔物で、かなり強力な魔力を秘めていた、のだが――。


「うわっ、巻き付くなって! あ、でも逆にやりやすいかも。リリさん捕まえとくんでブスッと!」

「……相変わらず緊張感のない奴ね」


 結局、今回も心弥が魔物を抑えている内にリリがとどめを刺すことであっさりと戦いは終わった。


 むしろ戦いそのものよりも、リリが魔力の回収をするのに手間取っているようだ。

 かなりの魔力量を内包した魔物だったので回収に時間を要するらしい。魔物の体に刀を刺した体勢のまま動かないでいる。


「今日もお疲れ様っす」

「そっちもね。悪いけれど魔力回収に時間がかかるから、少し待っていて」


 心弥とリリがお互いを労いあっていると、戦闘中は退避していたシノがふよふよと寄ってくる。

 心弥の肩に乗っかると、彼にだけ聞こえるくらいの声で告げた。


「あのさ、もうすぐここにココナっちが来るよ」

「なんだって?」

「あっちの方が早く魔物が出てたみたいで、弱かったからあっさり倒せたっぽいねぇ。こっちの魔物がもう倒されたってことがまだ分ってないんじゃないかな? 正義の使徒って、一般人に結界はったりする方を優先してるからかそこまで感知の精度がよくないみたい」


 この場所にココナが来る。

 それはつまり。


(リリさんとココナちゃんが揃うところが見られるってことか。それは是非見てみたいけど……。なんか最初にあった時のリリさんの反応からして、正義の使徒とは仲悪そうなんだよなぁ。変に一悶着あるとアレだし、ここは出会わないようにした方がいいのかな?)


 心弥は正義の使徒のことも大して知らないが、リリが属している組織のことに関してはほぼ無知に等しい。

 殆ど『推しを傍で見守れる』という行動原理だけで手伝いはじめてしまった弊害である。


 その為、ココナとリリが出会った場合どういうことになるのかよく分らないでいた。


「どうかしたの? シンヤ」

「あぁ~、えっとですね。もうすぐここに正義の使徒に入ってる人が来るっぽいんですよ」

「……へぇ?」


 疑問を投げかけてきたリリに、一応事情を説明する。

 しかし、リリの反応は思いのほか淡泊なものだった。


(あれ? 案外、敵対してるとかそういうのじゃないのかな? まぁリリさんって最初は『初対面の奴は全員敵』みたいなこと言ってたもんな。ただたんに自分以外をあまり信用してないタイプってことなのかもしれん)


 リリの過去を知っている心弥からすれば、そういう精神状態になってしまうのも無理からぬ事だと思えた。

 ならぱ、きちんと人柄を説明すればココナちゃんが来てもそこまで大した問題にはならないかも、と楽観的な考えが頭をよぎったのだが。


「正義の使徒、ね。奴らと出くわすのは久しぶりだわ」


 まだ魔力の回収は完了していないのに、魔物から刀を引き抜くリリ。

 そのまま魔方陣を展開させると、戦闘終了と共に一度はしまっていた背中の羽を再度展開した。

 要するに、臨戦態勢である。


「あ、あの? リリ、さん? なぜまた戦闘の準備を?」

「決まっているでしょう? 正義の使徒が来るからよ。これは魔力回収とは直接関係のない戦闘だから、シンヤは見ているだけでもいいわ」


 リリが上空を見ながら刀を構える。

 その視線の先には、雨の中でも輝きを失わないピンクの髪が揺れていた。

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