最終章
第45話 永遠(とわ)のお別れ
あたしたちはかつて、この世界から悪を無くすために、一つの生き物を創り出すことにした。この世界に日々生まれ、平和な世界を崩壊に導く小さな「悪」。それを食べ尽くしてくれる、そんな生き物を。
選んだのは、彼に教わった不思議な生き物。それは強靭な生命力を持ち、太古から現代まで形を変えずに生き延びており、「生きる化石」とも言われている、オオサンショウウオ。別名、ハナサキ。
時の守り神とするには、ぴったりだ。
あたしたちは、例のペンでハナサキを生み出し、あたし達の魂の半分をそれに吹き込んだ。すると、ハナサキの目の色が変わった。女性を表す緑色と、男性を表す赤い色。命の連鎖を思わせる目を持つ、時の守り神。
ハナサキは設定のとおりに悪を食い尽くしながら永い時を過ごし、やがて老いた。大きくなって古ぼけた体からは、徐々に意識が抜け落ちていく。それは生き物として、仕方のないことだ。
いつしか、
途端に、ハナサキを喪った世界は再びゆっくりと崩壊を始める。小さな対立が争いを生み、暴力の兆しが現れる。
新たな時の神を立てねばならなかった。あたしたちはまた、物語を書いた。
その時何故、捨ててきた向こうの世界と再び繋がろうと思ったのか。
想像力で地球は回る。人々が想像力を失ってしまうと、地球はその回転を止めてしまう。だからこの「創造のペン」で人々の想像力を掻き立てる。
上手くいけば、こちらの世界とあちらの世界の両方で想像力を掻きたてられるだろう。「時間が止まり、世界が終わる」となれば、それを知ったものは必死に考え、世界の破滅を阻止しようとするだろうから。
……というのは、またしても建前だ。向こうの世界と再び繋がろうとしたその時の気持ちを、正直に語ろうと思う。
あたしは、向こうの世界に置いてきた子供たちが気になって仕方なかったのだ。時が過ぎ、あたしが産んだ子供たちは、もうとっくに亡くなっている。でも、その子孫たちがまだ残っている。
全てを見限って飛び出してきたつもりだった。でも。
彼らの顔を、様子を、どうしても見てみたかったのだ。そして、あたしたちがこちらで生み出した子供たちと交流するところを、力を合わせて世界を救う様を、見たかったのだ………
あたしたちはある男に目を付け、その男の前に姿を現した。その男は、相棒であるマガリコを亡くしたばかりで塞ぎ混み世を呪い、大きな悪を放っていた。
男はあたしたちの姿に畏れおののき、「時を繋ぐ」という大いなる使命を受け入れた。その結果、彼に「人の死ぬ時期がわかる能力」が生まれたのは、全くの予想外だったが。
とにかく、「シキミ」となったその男は、向こうの子供たちと無事に繋がり、力を合わせて堕ちたハナサキを討ち、時を進めた。そして、次の崩壊に備えるために、彼らは知恵を絞って双方の世界にその方法を残してくれたのだ。
彼らのおかげで、時は無事に歩みを続けた。だが、またもや予想外の事態が起こる。あたしたちが二つの世界を繋げたために、よく似た二つの世界は互いに近づき、境界が崩れ、両者が融合する動きを見せはじめたのだ。
それは、危険なことだった。永い時間を経て確固たる世界観を確立した向こうの現実と比べ、あたしたちが創ったこの世界はまだまだ脆弱だ。そのままでは、あたしたちの世界が現実へ吸収され、消えてしまう恐れがあった。
かと言って、繋がりを消してしまうのも嫌だった。向こうの世界の、実際に血の繋がった子孫たちだって、同様に愛おしいのだ。こちらの子供達と向こうの子供達が力を合わせてく難を乗り越えた姿を見た後では、余計に。
だからあたしたちは、残されたこの身体を使って、二つの世界をそれぞれの場所に留めた。大地に根付き、その根を深く伸ばして、根の国と死の境界とを物理的に繋ぎ止めたのだ。2つの世界を繋げてしまったのは、あたしたちだ。自分のしたことの責任は自分でとらなければ。
翼が無駄になってしまうことは残念だったが、あたしたちは樹々を通じて世界を見る事ができる。地を這う根を伝って世界を聞くことができる。
無駄にはなるが、翼は残した。これはあたしたちにとって、自由の象徴。向こうの世界で囚われていた檻から抜け出し、新たな世界へと羽ばたいた勲章なのだ。それに、翼に風が通るとなかなかに心地好い。
ともかく、これでこの世界が現実と融合、吸収される危険は免れた。
あれから百余年が過ぎ、ハナサキが老いて堕ち、また二つの世界は時の危機を迎えて互いに近づいた。近づいた両の世界で、似た名前を持つ子らが産まれた。
そして再び、こちらの子供達と向こうの子供達が、人知れず双方の世界を救ってくれた。
あたしたちが飛び込んだまま向こうに置いてきた、古い鏡。鏡は何度か場所を移しながらも、大切に隠され守られてきた。
そして、こちらの世界にある、洞窟の中の泉。
それらで時に繋がり、また離れて、あたしの子孫たちがそれぞれの世界を紡いでいく。
あたしたちはそれを、ここで見ている。
長い長い時間をかけ、細かくも膨大な修正を終え、安定したこの世界。今では時たまマガリの大樹を通してオババに声を届けるくらい。
もはやペンを使うこともなく、ただ見守るだけ。自分の手を離れた子供を遠くで見守る、親のように。
新たな器を得たハナサキが、その小さな体であたしたちの根元からちょろちょろと這い出てきた。
「「お還りなさい。お疲れさま」」
<<ただいま。いやぁ、今回は長引いたな。まともな武器を持っていなかったにしては、彼らは精一杯頑張ったとは思うよ。でも、やられるこっちは大変だよな。小刻みに斬りつけられて、参った参った>>
ハナサキの体にあるあたしたちの意識が、こちらへ流れ込む。
「「あら、後悔しているの?」」
根づいた体にあるあたしたちの意識が、小さなハナサキへと流れ込む。
<<まさか。後悔なんかじゃない。たださすがに、アレは辛いな。痛すぎるよ>>
「「究極の愛は、いつだって死と隣り合わせなものよ」」
<<愛する二つの世界を守るためとはいえ、まったく君って人は……次に切り刻まれるのは、いつになるやら>>
「「だって、子供たちを傷つけるわけにはいかないわ。痛みはあたしたち二人で分け合うのだし。それに、その頃にはハナサキの記憶はまたボケちゃってる筈だから、大丈夫よ。」」
<<それにしたってさ……キミはとんでもない設定を考えたものだよ>>
「「まだ言ってる。あの時はああするしかなかったわ。大体、元はあなたの発案じゃないの」」
<<だからって、オオサンショウウオとはね。向こうの子に言われたよ。オオサンショウウオとか地味すぎーって>>
「「そうかしら。けっこう可愛らしいわよ」」
創世のペンは、そろそろ手放そうかと思う。こちらの世界も、だいぶしっかりと確立されてきたようだし、あたしたちにはもう必要なさそうだ。
今度は他の能力者がそれを手にし、新たな物語を紡ぎ始めることだろう。
「「ねえ、このペンを譲りたい人がいるのだけれど、指名することは可能かしら」」
そう頭の中に語りかけると、頭の中に懐かしい声が響いた。
(それは、書いたことが現実になるペン。書いてみたらわかるだろう)
最初にこのペンを手にした時、あたしの頭の中に響いてきた声。最後に話したのは、もうずっと前だ。この声に当時のあたしは、あたしたちは、救われたのだ。
<<そうだね。書いてみよう。僕らが綴る、最後の物語を>>
物語を書き上げ、最後の句点を打った。感謝と祈りを込めて、最後の署名をする。
「<今まで、ありがとう>」
ふたりでそう呟き、あたしたちはペンを折った。2つに折れたペンは、手の中ですぅっと消えた。これで、ペンは次の所有者を見つけるはず。
あたしたちは愛しい二つの世界を眺めながら、薄い翼を風に揺らした。
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