第24話

「〈ファントム〉の乗組員……あなたを造った人たちはこの宙域にはもういないんでしょう? だとしたら、あなた自身はどこから?」

「わたしは〈この船(ファントム)〉の防衛のため、信号を観測した際に自動的に起動された」

 艦橋の端の方に瓦礫が散乱した宙域の立体映像が表示された。彼女はそこから〈ミグラトリー〉にやって来たということか。

「あなたは何の義理があってわたしたちに警告を送ってきたの? 〈ファントム〉のクルーは……本来、この船に乗るべきだった人たちはもういないでしょう?」

「トム船長と我々の協定がまだ生きているから」

「もう、当時の連中は誰もいないぞ」とマクスウェルはぼくの襟から手を離して会話に加わった。

「〈この船〉の保護。そして、旅の継続が正式な条項として記録されている」

「約束を守ることが、あなたにとって無意味でも?」とフランシス。

「無意味ではない。協定が順守される」

「そういう意味じゃなくて――」

「無駄だ」とエディ。「入力された命令を実行するだけなんだよ」

「助けてくれるつもりがあったなら、そういうのって、一番最初に話すべきだったんじゃないの?」とクレア。「調停のこととか。〈グリター〉や〈イレイザー〉のこととか。『破滅』なんて勿体振った言い方なんかしないで」

「説明はした」

「〈サークレット〉の連中は理解できなかったんだろう」とエディ。「〈スフィア〉とその付近にあった前線基地だって、ジャミングで見えなかったんだ」

〈プロテージ〉はフランシスを見て、それ以上の質問はないことを確かめると、今度はクレアの方を向いた。

「これは」とクレアはぼくたちを見る。「あなたたちに聞きたいことなんだけど」

「なんだよ」とエディ。

「〈ファントム(この船)〉はどうしてここにあるの?」

「だから、それは今さっき〈プロテージ〉がいっただろう」とマクスウェル。「アッシュが裏切って、乗っ取った。それで、トム船長の船旅は頓挫。船はここ――」

「それは、〈ファントム〉が出発しなかった理由でしょう? あなたたちは――」とクレアはぼくたちを見渡した。「どうやってこの船を手に入れたの?」

 問われたぼくたちは顔を伏せる。

「何なの。どうしてダンマリなわけ?」

「それはこの船が〈ミグラトリー〉が管理していたから」答えたのは〈プロテージ〉だった。

「あんたに聞いてない」

「……盗み出したんだ」

 口を挟む者はいない。マクスウェルも、エディもフランシスも。みんな、クレアから顔を背けたままだ。

「使われてないようだから、ぼくたちが有効活用してやろう。そういう経緯だ」

 クレアは肩を落とした。……まあ、呆れているんだろう。

「これでぼくたちの犯罪歴が明るみになったわけだが」とエディが口を挟む。「取り締まる者はもうどこにもいないんだから、話を先に進めていいか?」

 クレアは良くなさそうだったが、これ以上話を引き出せないと考えたのか、主導権をエディに譲った。

「各々、状況について思うところはあるだろうけど、これからぼくたちはあの〈スフィア〉を叩く」

「……今度は星か。大層な相手だな」とマクスウェルが呟く。

「全くだよ」とエディ。「だけど、残念なことに、ぼくたちにはそれを果たせる『手段』と『計画』がある」

 それから、エディはマクスウェルに視線を送った。

「解った。解ったよ。付き合うさ」マクスウェルは深く溜息を吐いた。「お前たちが行くならな」

「ぼくからも一つ聞かせてくれ」とぼくは〈プロテージ〉を見る。「ぼくを名指ししたのは、この船を見つけるためだったんだよな」

〈プロテージ〉は首肯した。

「あの応答は……君が? それとも、〈コントラクター〉が?」

「応答?」

「わたしたちのメッセージ」とフランシス。「遠くに向かって飛ばしたの。何回も、何回も」

「一回だけ。反応のようなものを検知した。……返事だったかもしれないんだ」

 口を開かなかったマクスウェルとエディも〈プロテージ〉に注目する。気になって当然だ。だってそうだろう。〈ミグラトリー〉の誰からも賛同や応援も得られなかったぼくたちにとって、あの声が……ただの歪みにも等しい、あの声こそが、自分たちの行く先に希望はあると信じるための、唯一の拠り所だったんだ。

「〈コントラクター〉から、あなたたちとの交信(コンタクト)を試みた形跡は観測されていない」

「じゃあ――」

「交信は一切観測されていない」

「誰のも?」とエディ。

「わたしに観測できる範囲で、あなたたち以外は誰も交信を試みていない」

「宇宙にはおれたち以外の他に誰もいないし、おれたちの期待は初めから検討違いだったってわけか」

 何時の間にか新しい瓶を開けていたマクスウェルが酒を煽った。

「とんだネタバレだな」

 そう言い捨てると、マクスウェルは酒瓶を片手に艦橋を出て行った。彼を引き留めようとする者は誰もおらず、程なく通路から瓶が割れる音が響く。

 ぼくは頭上の映像を指す。

「あんたは、あんな遠くにいたんだろう?」

〈プロテージ〉がやってきたのは、目視は愚か〈ミグラトリー〉からではセンサーでさえ感知できない宙域だ。座礁した船の瓦礫が漂い、光も碌に届かない暗黒の世界。

「あんなところから見ていただけで、何が解る。あんなところで、ぼくたちの声が聞こえたか? 何を思いながら、どう生きてきたか。それをあんなところから把握できたって?」

「言っていて虚しくならないか?」とエディ。

「あなたの指摘は間違いじゃない」

〈プロテージ〉はぼくを見つめて言った。

「マシンが同情してくれたぞ」

 エディは笑うが、その声はどこか自嘲的だった。

「全部……わたしたちの……勘違い」フランシスが呟く。

 ぼくたちのメッセージは、誰にも届いていなかった。一つも。全く。真空の中で、誰かの耳に響くことなく……霧散していた。

 言いようのない苛立ちに、ぼくは側のテーブルに八つ当たりをしようと拳を構えたが、心配そうにぼくを見るクレアと目が合って、慌てて窓の方に視線を逸らした。

 縋っていた希望も失い、まさにお先真っ暗って感じだけど、窓の向こうでは、「太陽(スフィア)」がぼくたちの気分なんかお構いなしに、煌々と輝き続けていた。

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