第23話

「かつて、ここは戦場だった。我々による我々同士の」

 声は艦橋のスピーカーから響いた。

「頭の中に直接語りかけたらどうだ? 最初にやったみたいに」とマクスウェルが茶化す。すると〈プロテージ〉は、これはあなたたちの脳に大きな負荷がかかる、と声にならない言葉で返事した。

「内輪揉めってこと?」とクレア。

「あなたたちの言葉を使えば。原因はわたしのアーカイブに記述されていない」

「どうして」とマクスウェルが眉をひそめる。

「兵器だからさ」とエディ。「争いの原因なんていうのは、結局のところイデオロギーの対立だ。道具にそんなものを教え込んで何になる」

「発端は不明。しかし、我々は生物学的種族の違いによって分断されていた」

「違う種同士が共存する文明……」呟いて物思いに耽るフランシス。

 対してエディは「宇宙の広さを考えれば」と切り出した。「同じ種族同士で撃ち合っている方が、余程異端かもしれないぞ」

 クレアが溜息を吐く。

「ぐうの音も出ないってさ」とマクスウェルが代わりに応えた。

「ぼくたちは」と、ぼく。「本当に分かり合えない? 生き残った人たちと」

「また、その話か。向こうが銃弾撃ち尽くすまで立っていられたら、話しぐらいは聞いてくれるかもな」とマクスウェルが横槍を入れるが、ぼくはクレアから視線を外さない。

「どうだろう。今はみんな……」クレアは言葉を選ぶように間を置いた。「混乱してるから」

「おい」とマクスウェルが声を挙げる。「何だ、それ」

〈プロテージ〉の背面ユニットから、銀色の粒子が噴き出ていた。粒子は瞬く間に艦橋を満たし、ぼくたちの視界を濁らせる。マクスウェルとフランシスは口元を手で塞ぐが、警戒を怠っていたぼくとクレア、それとエディが堂々と呼吸しているのを見ると、二人はゆっくり手を下した。

 ぼくたちの頭上に一隻の宇宙船が浮かんでいる。粒子が集合して見せる立体映像か。見覚えのある船だ。ただし、現実に見たわけじゃない。ぼくはクレアを見る。彼女の方も、困惑した様子でぼくを見た二人して静かに頷く。そして、ぼくは自分が思っていることが勘違いじゃないと確信した。

「我々の戦場を、一隻の船が横切った。乗員は僅か千数百余り。それが、我々とあなたたちの最初の接触(ファーストコンタクト)」

「一体何時の話だ?」と、ぼく。

「一一一〇三七六……」

「ぼくが悪かった。もっとアバウトで構わない」

 すると〈プロテージ〉は「あなたたちが〈ミグラトリー〉と呼称する構造物ができる以前」と言った。

「それじゃあ、その船って」フランシスが口を開いた。「母星を出た最初の人(ファースト・マン)?」

「接触を図った我々に、彼らは同様の話をした」

「やっぱり」とフランシスが興奮する脇で、クレアが何かをいいたげだが、先に口を開いたのはマクスウェルだった。

「その船っていうのは、この〈船(ファントム)〉のことか?」

「違う」と〈プロテージ〉。ぼくとエディは互いに相手の表情を確認した。

「それなら、〈ファントム(こいつ)〉は何なんだ」とエディ。

「これはわたしたちの船だった」

「あんたたちの? だってこれは――」

 ぼくの言葉をマクスウェルが途中で遮った。「それがどうしてここにある」

「我々と、あなたたちの間に結ばれた協定によって」

「協定って?」とクレア。

 ぼくたちの頭上を浮かぶ宇宙船の隣に一隻の船が現れた。

「我々が接触を図ったとき、あなたたちのクルーは消耗し切っていた」

「トム船長たちのこと? あの船。そっくりなの。本の挿絵と」

「トム……。ええ。船長はトムと名乗った」

「本当にいたんだ」とクレアは話し相手をそっちのけで感激した。

「彼らは想定を超える長期間の航行による、物資不足と機器不良によりクルーの大半が消耗していた」

「消耗……」

 呟くように反芻したクレアに、エディが「死んだってこと。マシンなりのジョークだ」と返した。

「あんたたちはトム船長に何を提案したんだ?」とぼくが聞く。

「助けて欲しい、と」

「助ける?」とクレア。「トム船長を、ではなく、あなたたちを?」

「我々の――この船の乗員は、非戦闘員を収容していた」

「救難艇か」エディが言う。

「戦闘の継続が困難になった我々は戦線離脱の最中だった。しかし、乗組員には長距離航行の経験を持つ者がおらず、将来的な人為的エラーによる航行不良が懸念されていた。そこで、我々は彼らの経験を頼ることにした。物資と医療、そして住居を提供する代わりに、我々の旅に同行してほしいと」

「それがどうしてここにある?」

「アッシュが裏切ったから」

「アッシュ?」とフランシスが聞き返す。

「副船長だよ。本の中でも船長と随分喧嘩していたな」

「エディも読んだの?」とクレア。

「概要だけな」

「アッシュは、自分たちの窮地は船長に責任があると考えていた。我々の旅に同行することも、懸念材料を増やす要因だとして拒んだ」

「拒んだって、飢え死にするだけだろう」とぼくが言うと〈プロテージ〉は首を振った。

「彼は、我々の敵方と秘密裏に接触していた。そして、我々や他の乗組員の身柄と引き換えに、自身の安全保証と生活保証を《 》に――」

「何だって?」とマクスウェルが聞き返すと、エディが「ぼくたちの言葉と発生は違うんだろう」と返す。

「……《 》に認めさせ、ここに〈コロニー(ミグラトリー)〉を築いた」

「〈コントラクター〉」とエディがいった。「あんたたちの敵を一先ずそう呼んでくれ。ぼくたちの前では」

〈契約者(コントラクター)〉ね。アッシュの契約者。まあ、聞き慣れない言葉を並べられるよりは幾分マシか。

「それでクルーを失って、〈船〉は旅に出られずってわけか」

「ちょっと待って。〈ミグラトリー〉を築いたのはトム船長じゃないの?」

「誰がいったんだ、そんなこと」

「だって――」

「本にだって『生き残りによって』作られたとしか書かれてない」

「じゃあ、つまり――」とフランシスがいいかけたところを、

「〈ミグラトリー〉ってのは、そもそも旅を再開する気なんてなかったってことだ」とマクスウェルが遮る。

「〈グリター〉や〈スフィア〉をけしかけてきたのは〈コントラクター〉。〈ミグラトリー〉を造ったアッシュの取引相手、でいいんだよな?」

 エディの問いに〈プロテージ〉は頷いた。

「それなら、どうして〈コントラクター〉が〈ミグラトリー〉を襲う?」

「アッシュが彼らとの間に結んだ調停が反故されたから」

 ぼくとエディは視線を交わす。死人が約束を破った?

「〈この船(ファントム)〉の破壊も調停の条件だった」

「……そういうことか」とエディ。

「どういうことだよ」マクスウェルが聞く。

「ぼくたちの『メッセージ』が呼び寄せたんだって、その意味さ。〈ファントム〉は市民に見つからないように隠されていたんじゃない。〈コントラクター〉にバレては困るから、あんなところにあったんだ」

「それじゃあ、やっぱりぼくたちのせいじゃ――」

「そんなわけないでしょう」とフランシスがぼくの言葉を遮る。「わたしたちの生まれる前の、それも他人同士の取り決めでしょう? 全部はアッシュの裏切りと、馬鹿げた約束が発端じゃない」

「そうだ」とマクスウェル。「それに、取り決めを破ったのはアッシュって奴だ」

「自己弁護じゃないか? それって」

「何?」

「ぼくたちが騒いだのは事実だ。それで、連中がやって来たのも」

「だったら、お前は」ぼくの言葉にマクスウェルが立ち上がった。「何もしなかった方がマシだったって言うのか?」

「〈ミグラトリー〉は上手くやってきた」

「上手く?」マクスウェルは鼻で笑った。「あんな生活が?」

「これまでずっと人を生かしてきた」

「生かした。それだけだ。それ以外に何があった? 何もない。おれたちにはもっと可能性が在ったはずなんだ。ただ宇宙に浮かんでいるだけじゃなくて。それなのに、あいつら……」

 マクスウェルは捲し立てた勢いのまま窓の外を指すが、そこには残骸しか残っていないことを思い出すと、言葉を詰まらせた。

「〈ミグラトリー〉は夢を見せるだけだった。どこにも存在しないものを在ると見せかける。スクリーンやホログラムを使ってな。本物なんてどこにもない。見せかけの幸せだけ。手に入ったものはなんだ? 何もない。何も、だ」

 マクスウェルは空の両手をぼくたちに突き出した。

「おれたちが怠けていたっていうのか? 違う。おれたちは必死だった。おれたちなりに必死で生きた。なのに、この手には何も残っていない。いいか、カイル。〈ミグラトリー〉はおれたちを生かす装置なんかじゃない。あれは、自分を維持するために、おれたちを使い潰しにしてきただけだ。おれたちから一方的に時間と体力を奪って――」

「……それって、『ウォルターの言葉』だろう」

「何?」

 マクスウェルはいいながら、ぼくに詰め寄った。

「ちょっと、カイル」とフランシスが割り込もうとしたが、ぼくもマクスウェルも彼女のことは眼中になかった。

「いいたいことがあるなら、お前も死人に頼るなよ」

「お前――」

 マクスウェルはぼくに掴みかかった。

「お前だって……死に急いでるのは後悔してるからだろう!」

 ぼくとマクスウェルが睨み合う中、〈プロテージ〉が腕を上げるのが見えた。

「大丈夫だ」とエディが〈プロテージ〉を静止する。「あんたたちの理屈にはないだろうが、あれも愛情表現だ」

「わたしたちの常識でも大概だけどね」とクレアが続く。

「二人とも」とフランシス。「その辺にしておいたら?」

「ぼくたちはその調停に生かされていたんじゃない」今度はエディだ。「その点においては、ぼくもマクスウェルと同意見だ」

 エディはぼく、それからマクスウェルに視線を移した。

「だけど、ぼくたちのメッセージが連中を呼び寄せたのも事実だ」

「お前はどっちの味方なんだ」

 マクスウェルの矛先が、エディへ向かう。

「どちらもだ」全員の視線がエディに集まる。「ぼくたちの間には最初から、今も線引きはない。違うか?」

 ぼくの襟首を掴んでいたマクスウェルの腕から力が抜けていく。

「お前のこと、八方美人ってタイプだとは思ってなかったが」

「ぼくは理性でいってる。先にも話したが、彼女とは利害が一致している」

「それで?」

「単純な話だよ。手助けなしと、どちらに勝算がある?」

「気になること」とフランシス。「あるんだけど」

「わたしも」とクレアも続く。

〈プロテージ〉は二人を見た。

 クレアとフランシスは視線を交わし、フランシスが先に口を開いた。

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