第2話 戦争。

 ◆


 これはアレンが国外追放される四日前に遡る。


 場所はサンチェスト王国のゴーダ平原という地。


 そのゴーダ平原では万を超える人間が剣などの武器を手に殺し合っていた。


 戦争だった。


 サンチェスト王国の軍とバルベス帝国の軍が戦っていた。


 サンチェスト王国の軍の中で一際大きな天幕へ、若い兵士が入っていく。


「伝令! 伝令! 帝国の左軍が突撃! ヘーイダ軍長指揮する右軍を撃破して……この本陣のある中央軍に挟撃を仕掛けよう迫ってきています」


 若い兵士の伝令を受けた男性達が一様に苦悶の表情を浮かべた。


「く……見えておるわ」


「アードルク子爵様、右側の兵に守備を厚くせねば!」


「アードルク子爵様……このままでは」


「撤退すべきです。アードルク子爵様」


 男性達は、豪華な緑色の鎧を身に着けていた中年男性に声を掛ける。


 その中年男性はラルク・ファン・アードルク子爵である。彼はゴーダ平原周辺の地を統治している貴族であった。


「撤退は……ここを守らねば、帝国はヘルムートの街にまで達してしまう」


 アードルク子爵は苦悶の表情で頭を抱えた。


 そんな彼の前に部下の中から一人老兵が進み出てくる。


「アードルク子爵様。お言葉ですが……もう持ちませぬ。逃げ道を塞がれる前に……貴方様だけでもお逃げくだされ」


「な……逃げろと言うのか……しかも、私だけだと?」


 部下である老人の言葉を聞いてアードルク子爵は目を見開く。


 その老人は隠そうとしているようだが、表情を強張らせているのが見てとれた。


「はい。ワシらはここに残り指揮を執り……殿(しんがり)として貴方様の逃げる時間を稼いでみせますゆえ」


 アードルク子爵が周りを見ると、老人を含めて部下達は……死を覚悟したような表情で頷いて見せた。


 それを見たアードルク子爵はゴクリと息を飲む。そして、小さく笑みを溢した。


「ふ……良い部下に恵まれたようだな。だが……私は……引かんぞ。命をとしてでも帝国軍の糞どもを切り取り……道ずれにしてくれる! 馬と矛を持ってこい!」


「し、しかし、アードルク子爵様……」


「私にはもう跡継ぎがいる。……ただ、一つ心残りがあるとしたら、お前らのような良い部下を残してやれないことだろな!」


「っ! ワシも付き合いますぞ!」


「行くぞ!」


 アードルク子爵とその部下達は、出陣を決意して拳を掲げながら声を上げる。


 ただ、その時だった。


 ズドン!!!!!!


 地面が激しく砕けるような音が天幕内……いや、戦場全体に響き渡ったのだ。


 何が起こったのか? 


 天幕の外……戦場に目を向けると、アードルク子爵達が指揮していた中央軍へと迫っていた帝国の左軍の前線を吹き飛ばして大きく地面が割られていたのだ。


 次いで、地面に転がっていた岩が集まって人の形を成していく。


 岩が集まって人の形を成した物……二メートルほどの岩のゴーレムが次々に現れて……その数、百を超えていた。


 その岩のゴーレムは帝国の左軍へと襲い掛かっていく。


 そして、さらに左軍全体を覆い隠すように黒い煙幕に包まれていく。


 帝国の左軍は突然の爆発と岩のゴーレムの襲来、視界を被った黒い煙幕によって混乱をきたした。


「何が起こっているんだ?」


「あ……帝国の左軍が逃走していくぞ」


「ほ、本当か」


「た、助かるのか?」


 アードルク子爵とその部下達は天幕から戦場を戸惑った表情で戦場を見ていた。そして、彼らの元に赤い鎧を身に纏った黒髪の女性が現れる。


「失礼します」


「な、何者!」


 見覚えのない女性にアードルク子爵達が帯刀していた剣を抜こうと構える。しかし、黒髪の女性はひざまずき口を開いた。


「突然申し訳ありません。私は火龍魔法兵団のシズ・ファン・ブラットであります。火龍魔法兵団が援軍に来たことを遅ればせながらご報告します」


「な! 援軍!?」


「しかも……」


「あの……」


「あの火龍魔法兵団だと!」


 黒髪の女性……シズの言葉を聞いて、アードルク子爵達は驚愕の表情で詰め寄るように声をあげた。




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