第37話:ある街のある部屋

○ある街のある部屋



 そこは暗くても明るい場所だった。

 暖かくもあり冷たくもあった。

 要するに、ちょうど良かった。


「ねー、何しているの?」


 ある者は、机に光を灯しながら座っている少年に尋ねた。すると少年は背中を向けながらこう返事した。


「ひ・み・つ」


 両者の間に沈黙があった。それは、気まずい沈黙ではなく、心地よい沈黙だった。


「ねー、実際のところ、何をしているの」

「ん? 日誌を書いている」

「日誌?」

「その日にあったことを、紙に書くんだよ」

「へー、そんなことしているんだ」

「まあね。一応、旅の思い出に」

「前からしていたっけ?」

「いいや、最近になって始めたんだよ」

「へー。珍しい」

「何が珍しいんだい?」

「だって、君が新しいことを始めるんだよ。あの何に対しても興味がなく、いつも同じことばかりしている君がだよ」

「うるさいなー。黙ってくれよ」


 すると、再び静かになった。カリカリと筆が進む音がした。


「ねー」

「今度は何だい?」

「そこに書く内容に関してなんだけど」

「言わないよ」

「いや、何を書いているのかを教えて欲しいわけではないんだ」

「じゃあ、何だい?」

「あの、一つの提案なんだけど」

「言ってみて」

「その、オイラを主役にして書いて欲しいんだ」


 再び冷たい沈黙になったが、すぐに暖かい笑い声が出てきた。


「はっはっは。それでは日誌ではないよ」

「そうなの?」

「そうだよ。それは小説とかになるんだよ」

「じゃあ、小説を書いてよ。オイラが主役のやつ」

「また、気が向いたらね」

「あー、それ、気が向かないやつー」


 その言葉を無視して、筆を置いた。その後に、暖かい沈黙が訪れた。そして、再び言葉が聞こえた。


「ねー」


 ……

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シューとポーの歩み すけだい @sukedai

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