第34話:交換の街4

 そして、オイラ達は人形屋……もといおもちゃ屋の前で可愛い人形を持った無表情な少年と立っていた。このコントラストが滑稽に見えて、笑いをこらえるのに苦労した。その少年は無表情のままウコに尋ねた。


「さっきの人、知り合い?」

「うん。知り合いだよ」

「なんか、少し変わった人だね」

「そう?」

「だって、ウコちゃんのことを知っているのに、僕のことを家族と間違えるんだよ。変だよ」

「そう? ときどきあるよ」


 あっけらかんと言うウコにシューは疑問の顔を向けた。腑に落ちないようである。オイラも不思議に思ったが、人間はそういうものだと勝手に納得してしまったが、納得するだけ損だったようである。


「ときどきあるんだ」

「そう。ときどきあるの」


 オイラ達は別のところを向かおうとした。オイラ達が歩き始めようしたら、向かいの肉屋の店員が話しかけてきた。


「あら、ウコ。元気だった?」


 そういう肉屋のおばあさんに向かってウコはスキップしてい向かった。おそらく知り合いなのだろう。


「おばあさん、こんにちは」

「元気だった?」

「うん」

「それはよかった。ところで、あの人は?」


 肉屋のおばちゃんはオイラの横に立つ少年に顔を向けていた。シューは自分に向けられた顔に向かって軽く会釈した。


「この町の案内をしているの」

「あらあら、すごいじゃない」

「でも、慣れなくて」

「それは大変ね。私も慣れないのよ」

「そうなんだ。たいへんだね」

「そういえば、さっき人形屋から出てきたけど、新しい人形を買ったの?」

「ううん。違うよ。前に買った人形さん持ってるよ」


 ウコは慌てて自分の人形をリュックサックから出した。人形をおばちゃんの顔の前へ押し上げて、大切な人形を雑に手放したと思われたことが心外だと言わんがばかりに顔を膨らましていた。


「あらあら、大事に使ってくれているのね。ありがとう」

「どういたしたして」

「お父さんに買ってもらったときは嬉しそうだったもんね」

「うん」

「このお人形さんも嬉しいでしょうね」


 そう言うおばあさんに別れを告げてウコは戻ってきた。愛嬌があって好かれるタイプなのだろう。


「あのおばあさんも変わっているね」


 シューはボソッと言った。気になるところがあったらしい。


「どこが変なの?」


 ウコは聞いた。オイラも不思議に思った。


「だって、まるで自分の店で買ってもらったみたいな言い方だよ」


 シューは答えた。オイラが思うに、それは考えすぎだよ。


「え? そうだよ」


 ウコは答えた。

 え? そうなの?

 オイラ達は首をかしげ、シューは驚いて声に出した。


「だって、あの人肉屋でしょ」

「そうだよ」

「じゃあ、人形は売っていないでしょ?」

「そうだよ」

「じゃあ、なんで?」

「だって、前は人形屋さんだったもん」


 ウコは聞かれたことにそのまま答えた。何が不思議だろうとオイラ達をきょとんと見る。

 なるほど、世知辛い世の中というか、不況のあおりか。

 シューも納得したように頷いた。


「なるほど、肉屋の前は人形屋だったんだ」

「そうだよ」

「じゃあ、昔は向かいと人形やが2つあったんだね」

「ううん。違うよ」


 オイラ達は首をかしげた。それを見て女の子も首をかしげた。互いに理解できていない。


「だって、前は人形屋だったんでしょ?」

「そうだよ。そこで人形屋だったよ」


 ウコはさっきのおもちゃの店を指さした。オイラ達はますます首を深くかしげた。


「あのおじいさんの店で働いていた、ということ?」

「違うよ。あのおじいさんは、前は肉屋だったもん」


 オイラ達はさらにさらに深く首をかしげた。女の子は首をかしげなかった。互いに首をかしげ合ったときと違い、これはこれで理解し合えていなかった。


「どういうこと?」

「だって、おじいさんとおばあさん、お仕事を交換したもん」



 オイラ達は、ウコの家に招かれた。そこはアパートの一室で5LDKだった。

 仕事を交換したという疑問は疑問で置いといて、ウコの案内に継続的についていったのだ。


「お邪魔します」

「どうぞ」


 娘の帰宅をとても嬉しそうに迎える夫婦が、オイラ達に気づいて事情を語ると、この家への宿泊を提案し、シューは断ったが家族3人に半ば強制的に押し切られた。まあ、オイラはノリノリだったんだけどね。

 ウコのお母さんが食事の準備をしているあいだ、ウコを足に座らせているお父さんとテーブルを挟み世間話をした。


「ウコちゃんがお父さんに買ってもらった人形を大切にしていましたよ」

「そうなんですか。ありがたいです」

「そして、人形屋さんでおすすめされましたので、お揃いのものを買ってしまいました」

「すいませんね。うちの子が迷惑だったんじゃないですか?」

「とんでもない。助かりました」

「それは良かった」

「それはそうと、実は気になることがありまして」

「といいますと?」

「いえね、その人形屋のおじいさんと向かいの肉屋のおばあさんに関してですが……」

「ああ、先月に仕事を交換した2人ですか?」


 ウコの母の返事で、シューの言葉を途切れた。胸につかえていた疑問にドンピシャの内容だったからだ。


「その2人がどうしたんですか?」


 ウコの母は確認するように再度同じ事を言う。

 それに対する質問にシューは口に力を入れた。子どもに聞いてもらちがあかないということで、大人に対してここぞとばかりに聞くようだ。


「仕事を交換しているのですか?」

「そうですよ。この街ではよくあることです」


 普通に答えられた。肩透かしを食らった気持ちだ。シューがいき込んでいたのをピエロに見えるくらい、あっさりした返事だった。


「仕事を交換することがですか?」

「はい。仕事を交換することというか、交換することがです」

「それはどういうことですか?」

「例えば、僕はウコの父親と交換されて、今のウコの父親になっています」


 ……

 オイラはびっくりして頭を椅子にぶつけた。シューを見ると。眼光が開いていた。頭を硬いものにぶつけたように驚いていたのだ。


「父親を交換?」

「はい。3か月前に交換されました。だから、先ほどの人形を買ったのはお父さんというのは僕のことではないです。僕はそういうことをした記憶はございませんし、私が来た時にはすでにその人形はありました」

「では、本当の父親ではないのですか?」

「何を言っているんですか?今の本当の父親ですよ」

「それは本当の父親とは言わないでしょ」

「なるほど。おそらくあなたは前の父親が本当の父親と言いたいのでしょう。しかし、前の父親も人形のことを知らなかったようですので、その方も交換されたのだと思いますよ」

「そんな。そんなことが」

「この街ではよくあることですよ」



 ピンポーン

 インターホンが鳴ったので、会話が中断された。ウコを足から下ろした父親が、動けないオイラ達の横を通って、玄関まで歩いて行った。玄関ではなにやら話をしていたが、オイラ達は聞く余裕がなかった。体が震えてきた。


「おーい」


 父親はみんなを呼んだ。母親はキッチンから顔を出した。家族のよくある光景だろう。

 オイラ達は安心した。交換がどうとかというおぞましい価値観に疲弊していたなかでは、このよくある光景はありがたいものである。


「どうしたの?」

「今決まったことなんだが……」


 母親の質問に対して、父親は続けた。


「今から、父親をこちらと交換したから、よろしく」


 そこには、人型のロボットがあった。


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