第33話:交換の街3

 街を三人で歩いていた。

 そこは、あらゆるところにロボットがある機械都市だった。街を歩く人の半分がロボット、サービスを提供する店の人の半分がロボット、野良の犬や猫の半分がロボットである。


「ここがあたしの街よ」


 えっへんと言わんがばかりに自慢げに紹介するこの子の名前は、ウコである。“あんない”という初めての仕事をする興奮と自分の街を自分のことのように自慢したい気持ちとが両方あるのだろうか? 大手を広げてくるりと一周した。背中のリュックサックは軽く浮いた。


「すごい街だね」

「すごいでしょ。人がいっぱいいるでしょ」

「いや、そこじゃないんだけど」

「え? じゃあ、どこなの?」

「え? ロボットがいっぱいいるところだよ」

「え? それって、そんなにすごいことなの?」


 シューは困惑したような顔をしたが、オイラも女の子同様にそこまで驚くことだとは気付かなかった。人間の世界では機械だらけの場所もあったから、そういうことも普通なのかと思った。街を歩くロボットがたくさんいるのは初めて見たが、工場の中で動くたくさんの機械は数多く見てきたのだ。


「すごいことだよ。うん。すごいことだよ」

「そうなんだ。じゃあ、あたしの街はすごいんだ」


 ウコはすごく嬉しそうにもう一周回った。自分の街を褒められることが自分のことのように嬉しいのだろう。自分の手柄ではないにも関わらず。


「それで、ウコ、この街の案内だけれども」

「そうだ。こっちこっち」


 そう言うと、ウコは蝶のように舞いながら走っていった。シューがやれやれと早歩きしながらついて行く後についていった。

 数分の散歩。


「じゃーん!」


 そう言いながらトコが満面の笑顔で体いっぱいに紹介したのは、おもちゃ屋だった。赤い看板に「おもちゃの〇〇」と書いてあったからだ。〇〇のところはボロボロで読み取れなかった。

 他にも鉄筋コンクリートで白い塗装が少し禿げて黒茶色の素材がちらほら見えていた。誇りのかぶったショーウィンドーには何かしらのゲーム機やらカードが置かれていた。全体的にボロいし臭い。


「ここは?」

「ここは、あたしのお気に入りの人形屋さんです」


 ウコはえっへんと腰に手を置き背中を沿った。連れられて中に入ってみると、たしかに、人形が多くておもちゃ屋というよりは人形屋だった。柔らかい布の人形から硬いプラスチックの人形まで様々だ。


「見てみてー!」


 そう踊るウコはシューの手を引っ張っていった。その先にあるワゴンにはアザラシの人形がたくさん平積みされていた。その積んでいた人形たちは捨てられたゴミ箱の中の屍に見えた。


「ここでね、あたし、この人形を買ってもらったの」


 ウコは背中のリュックを前に回し、中からあのボロボロの人形を出した。それは中から綿が溢れ出て目の飾りもはち切れそうで、店に置いてあるモノと似て非なるものと思えるくらいボロボロだと再確認できた。


「あまり店の中で出さないほうがいいと思うよ」

「どうして?」

「盗んでいると思われるよ」

「え、本当?」


 ウコは素早くカバンの中に自分の人形を戻した。それはそれで盗んでいるように見える。まぁ、あんなにボロボロのものが商品とは思われないだろうが……


「それで、どうしてここに?」

「お人形さん可愛いでしょ? だから、お兄さんも買って行ったら?」

「どうして?」

「どうしてって、かわいいからよ。その……おみやげ、だっけ?」


 どこで土産という言葉を覚えたのだろうかと思うとともに、シューがそんなかわいいものを買うのかという疑問を持った。というのも、未だかつてシューが人形などのかわいいものを持っているところを見たことがないからだ。いつも可愛くもかっこよくもない同じ服やかばんや靴を身につけているだけのシューが、かわいい人形を買うのだろうか? 答えは否だ。


「可愛いから、ねぇー」


 そう言いながらシューは興味なさそうに積まれているアザラシの人形を取っ替え引っ替えしていた。そこには、大小様々、色も色々の人形が置いてあった。シューは一通り手にとった最後の人形を置いて、ウコに話した。


「ウコは、新しい人形が欲しいの?」


 もしかしてシューはウコに買ってあげるつもりだろうか? ウコの方を見ると、ウーンと考えていた。それを2人で眺めていると、少し時間がかかったが答えてくれた。


「いらない」


 ウコは物欲しそうな顔をしながら言う。それを聞いて、シューはやさしく頭を撫でながら尋ねた。


「僕のことを気にしているの? それとも、知らない人からモノを貰ったらダメだ、とお父さんお母さんに言われているの?」


 すると、ウコは首を横に振った。人形を入れたリュックサックを胸の前に守るようにギュッと抱きしめていた。


「ううん。この人形さんはとっても大切なの。お父さんにお誕生日に買ってもらったの。だから、いらない」


 そういうと、シューは納得したような顔をした。しかし、そのあとにもう一度納得いかない顔になった。


「じゃあ、なんで僕にこの人形を?」

「だって、あたし、これをもらって嬉しかったの。だから、お兄さんも喜ぶと思って」


 ウコは少し心配そうな顔をしながら、積んである人形を指さした。それを見て、シューはその指の先にある人形を手に取った。


「じゃあ、これでお揃いだね」


 そういうと、シューは女の子の持つ小さな白いアザラシの人形と同じモノを買いにレジに向かった。その歯は輝いていた。カッコつけている印象だ。


「うん」


 女の子はいい笑顔だった。

 女の子がトコトコっとシューの後を追いかける後を、オイラは追いかけた。その足は、レジの前で止まった。


「お? ウコ、久しぶりだな」


 おもちゃ屋のおじいさんはカウンター越しにやさしく話しかけていた。顔見知りらしい。


「おじいさん、こんにちは」


 ウコは元気に挨拶した。礼儀正しい。


「はっはっは。元気でいいね。いつも家族仲良くうちの店に来てくれてありがとうね。それで、今日はどうしたんだい?」

「このお兄さんが、人形を買うの」


 その言葉を聞いて、おじいさんはシューとその手にある人形を見た。すると少しばかり背筋を伸ばして、店員らしくお辞儀した。


「ありがとうございます。これはこれは。妹さんのためにプレゼントですか?」

「いえ、自分のものです」


 シューは少し恥ずかしそうだった。年頃の少年にとってかわいい人形を買うことはきついものだった。


「それはそれは、申し訳ありません」

「それに、僕はこの子の兄ではありません」

「え? でも、お兄さん、と」

「それは、知らないお兄さんという意味です」

「そうかそうか、それは失敬」

「というか、この子のことを知っているのなら、その家族のことも知っているんじゃないですか? だったら、僕が兄でないこともわかるのでは」

「いえいえ、それがわからないんですよ。新しく家族になったものかと」

「ややこしい家族関係なってますね。普通、そんなことにならないでしょ」

「いやいや、世の中どうなることかわからないですよ」

「それはそうですけど」

「では、このお人形ですね」


 お兄さんのことに関しては常識だろ? 老人はボケているのか?

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