第14話:信仰の街6

 次の朝、大きな音で目が覚めた。オイラは体を動かさず耳をすませると、雨が壁を殴る音がした。その殴る時に生じる風音も大きく、窓を震わしていた。どこかでモノが倒れた音かと思い、そのまま耳だけを起こしていると、平場の方から大きな音がした。

 オイラとシューは同時にガバッと起きた。身を整えることもなく平場の方に向かった。ドアの隙間から中を見ると、トカは誰かと一緒にいた。オイラ達は目を凝らした。そこには、栗毛で痩せこけた女性と女の子が倒れていた。ボロボロの服から滴る雫は床を濡らしていた。


「どうしたのですか?」


 シューは部屋に入っていった。騒ぎを聞きつけてきたのだ。


「この方々が駆け込んできたのです」


 トカは冷静に応えた。こういうときは冷静な方がいいのだ。


「駆け込んできた?」

「ええ。偶にあるんです、こういうことが。過酷な労働や生活から逃れてくる方が。ここにいる方々もほとんどがそうです。昨日あなたがあった人々がそうです。」

「なるほど、そういえば昨日そういう事を言っていましたね」

会話の途中に、トコは倒れている人に肩をかけようとした。

「すみませんが、女の子の方をお願いします」


 シューが女の子に手を差し伸べたが、女の子は手を出さなかった。知らない人に怯えている様子だった。


「いえ、僕が大人の方を運びます」

「いえ、こちらは私が」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


 そう言い合っている最中、ほかの人々も起きてきて、皆で協力して空いたベッドに運んだ。教会はやはり助け合いの場所のようだ。



 雨音が鳴り響く中、トカが平場のドアを開く音がした。


「先ほどの女性たちは?」

「命の危険はないと思います。お医者さんはよんでおりますが、今まで同じことがありまして、全て過労や栄養不足でした。ですので、適度な食事と睡眠で元気になると思います。いまは、着替えて寝かしているところです」


 皆は安堵した。オイラもその1匹だ。


「では、ひとまずは安心なんですね」


 そう言うシューに対して、皆は顔を下に向けた。オイラ達は不思議に顔を見合わせた。安心ではないのか?


「いえ、これからが大変なんです」


 そうトカが言うやいなや、ドアを叩く音がした。皆は暗い顔で黙り込み、トコは覚悟を決めたような顔をしてドアに向かった。


「失礼します」


 開かれたドアの向こうには、雨にずぶ濡れの警官がいた。なにかを探しているようだった。恐らくあの2人を探している。


「どうなさいました?」

「ここに誰かにげてきませんでしたか?」

「はい」


 オイラはこの返答にびっくりした。普通はとぼけるものである。どうして?


「では、引渡しをお願いします」

「いえ、それはできません」

「どうしてです?」

「体調が悪いからです」

「それなら、こちらが責任を持って医師に見せます」

「いいえ、そういうわけにはいきません。あの方々は弱っています。ここで預かりますので、おかえりください」

「わかりました。では、また伺います」


 そう言って警官は雨の中に入っていった。ドアが閉まり、警官の姿は見えなくなった。トカは一息ついた。


「トカ、かっこよかったわよ!」

「惚れ直したぞ!」

「ワンダホー!」


 黙っていた人々は喝采を浴びせた。その祭りの雰囲気にオイラ達は困惑した。しかし、トカがかっこいいと思った。


「もう、みなさん、騒ぎすぎですよ」


 トカは少し恥ずかしげに頬を上げた。困惑しているシューに周りの人が次々話しかけた。


「お前、わかってなさそうだな」

「トカは警官を追い返したのよ」

「お前は思っているはずだ。どうして逃げてきたことを認めたんだ、と」

「甘いな。向こうは逃げてきた事を分かってきたんだぜ?」

「ごまかしたら、事態は悪化するのよ」

「なんせ、俺たちもみんな逃げてきたからな」

「おれ、また俺のことを聞かれたかと思ったぜ」

「でも、引渡しはしなかったでしょ」

「警官もそれですぐ引き下がったでしょ」

「これには理由があるのよ」

「これからが大変」

「どうしましょ」


 矢継ぎ早に聞かされて、オイラは頭がグルングルンなった。シューも肩を次々掴まれてグルングルン回されていた。


「あの人たちの代わりがいるの」

「代わりに働いてくれる人ね」

「私たちの中から誰かが行くの」

「俺たちはずーとそうしてきた」

「俺の代わりも誰かが行った」

「明日までに決めないと」

「明日になったら、また警官が来ちゃう」

「その時に一人行かないと」

「いや待て、2人ではないか?」

「バカタレ、子供は入らん」

「でも、働き手ではなく、数合わせが必要だろう」

「そのための子供たち」

「ここの子供たちも皆、だれかの代わりでここにいる」

「誰がいなくなるのかな?」

「それより大人だ、働き手だ」

「誰がいなくなるのかな?」


 みんな好き勝手に言い合っている。酔っぱらいのように変なリズムで他人事のように陽気に言い合っている。どっかに行くのが嫌ではないのか?


「みなさん、不安なんですね」


 シューの言葉で皆は静まり返った。図星だったようだ。


「そんなに喋るということは、不安で不安で仕方がないということですね。喋れないとやっていけないくらいに」


 シューの言葉が広場に響いた。雨が地面にしみるように人々の心にしみたのだろう。建物が雨をはじく音がした。


「不安でいいではありませんか」


 今度はトカの声が響いた。神のお告げののように神々しい声だった。


「人は皆、不安を感じるものです。そして、その不安を解消するために、神の救いを得るために一生懸命に神へ祈るのです」


 トカは唱えた。聖なる言葉。


「たしかにそうかもしれません。それが普通の考え方かもしれません」

「そうでしょ」

「しかし、僕の考えは違います。僕はどこまで行っても救いは無いと思います。不安はどこまで行っても不安のままなんです。でも、その不安を楽しもうと思います。神に祈ることによって安心することは、僕はやめました」


 雨の音が聞こえる。それくらい周りが静かだったのだ。


「変わった考え方をするのね」

「そうです。僕は変わっているとよく言われます。異端者です。だから旅をしているのかもしれません」

「あなたのような立派な考えの方に出会えるのはうれしいです」

「ありがとうございます……」


 トカは一呼吸おいた。そして、言いにくいけど言いたいことを言った。


「……そんなあなたにご忠告です。早くこの街から出たほうがいいです」

「どうしてですか?」

「この街にいる人間は主に2種類です。よく働くものと、よく信仰するもの。あなたはそのどちらでもありません。そういう人はこの街に馴染めなくて、生きにくいでしょう」

「ここの人たちは信仰深いのですか?」


 シューは両手を広げた。周りの人達を指さしたのだ。


「はい。働くことに挫折して、代わりに神に信仰するものたちです。挫折した人たちって、意外と信仰深いのですよ」

「そうなんですか」

「はい。だから、困っているあなたも挫折を経験して敬虔な信者になるのかなと思っていたのですが、そうではなさそうですね」

「初めから信者を増やそうと」

「あら、ごめんなさい。そんなつもりじゃないの。ただ、迷える子羊を救いたかっただけなのです。でも、あなたたちは迷っていなかった。まっすぐな信念を持っていたのです」

「どうも」

「だから、胸を張って自分の進む道を行ってください。いつまでもここにいるべきではありません」

「でも、外は雨なんですよ」


 先程までより強い雨風の音がしている。遠くで雷がゴロゴロとなっているこの状況に外へ出るのは自殺行為だ。オイラも今すぐには出て行きたくない。


「ふふ。たしかにそうね。ごめんなさい。では、明日以降、天気が良くなったら出発することにしましょう」

「それなら賛成です」


 意見が一致した。

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