第22話
二十四、
朝早く出立し、二手に分かれた。
まだ公けには面の割れていないボルとマルガが、城内に戻ることになった。ジクロとジナ両名の様子や救出の手立てを探ってもらう。あるいは、マルガの狙うワルラチの潜伏先を求めて、アクバの周辺を嗅ぎ回ることになるだろう。
一方、ラムルとサラは、ハーリム医師とおぼしき男を訪ねにバソラ邨に向かった。ボルの用意した
砂漠を駆りながらラムルは、ハーリムがまだ邨にいてくれることを祈る。そして、
ーーあの剣客ガイウスを
*
老人の部屋になだれ込んだ。
「ひと足、遅うごぜました……」
「ハーリム先生は、今朝がた、ホーロンへ向かわれました……」
入れ違いになったということか。サラが老人の傍らに立った。
「どうして教えてくださらなかったのですか」
サラの口ぶりが、自然と詰問調になる。
老人は目を伏せた。
「それがガイウス様との約束でごぜましたので……」
「ガイウス様との?」
少し昂奮気味のサラを抑えてラムルが訊ねた。
ハーリム医師を伴ってガイウスがリオ老の
「やはりーー」
バソラ邨に隠れ
「
「ええ、なんも聞かんほうがええと。ホーロンではハーリム様のお命が危ういやも知れぬ、とだけ。ですからハーリム様ご自身が何と言おうとホーロンに戻してはならない、と仰られたのですが……」
ラムルはサラと黙って視線を交わし合った。互いの言いたいことは察せられた。これでハーリム医師が太守
その日からハーリムは、
「亡くなる前ーー最後にガイウス様が邨にいらっしゃったときに、ガイウス様は
父の
「ガイウス様が亡くなったとあっては、ハーリム様の危うさはよりいっそう増したんでねえかと思われたがです。ここでハーリム様をお返ししてはガイウス様のお心を
老人が父から預かっていた
「
「その
「いんや、ハーリム様がお持ちになっていったようでごぜます」
「中身については?」
老人は首をふった。ラムルは思わず唸った。
ところが数日前のこと。バソラ邨に、ホーロンを通って来たという
「それが今朝、シナハが食事を運んだときに、
「医師は、危険を
ラムルの質問に、リオ老が答えた。
「ハーリム様にゃ、ホーロンに心を残されたお人がいらっしゃるようでした。お弟子さんが
と言うことはーー。
(今度はハーリムの身が危ない!)
「大変。早くホーロンに戻らないと」
同じ結論に達したサラがラムルを
「ハーリム医師も自分の立場は存じておるはず。おそらくホーロンに入るのは、日が暮れてからになる。まだ少し
ラムルはリオ老に顔を向けた。
「ご老人、
老人は頷いた。シナハに案内されて、リオ邸の
とりあえず手分けして物色してみることにする。ハーリムがホーロンに置いてきた相手とは、アシド家の青年医師リユンが言っていた、ハーリムの「
あのときは謝礼につられて渋々といった
元々、大して家具もない
「ハーリム医師は、必要なものはすべて持って出ていったようね」
サラがため息をつく。手がかりらしいものは、何一つ出てこなかった。
「すぐにホーロンに引き返そう」
「もちろん、わたしも帰るわよ」
サラが先回りして断言した。
ふいをつかれてラムルは、口をつぐんだ。
このままサラを邨に置いて、自分だけホーロンに潜入すベきではないかーー確かに一瞬、そう考えたのだ。しかし見透かされていたようだ。二人の視線が絡み合った。ラムルはそっと息をついた。
「分かったよ。サラはおれが守る」
「わたしがラムルを守る、の間違いでしょ」
サラは
薄暗い邸内は、しん、としていやに静かだった。そこにいるものを落ち着かなくさせるような不穏な気配が、辺り一面に張りつめていた。空気中の微細な粒子が色づき、常とは違った色を見せているかのようだった。森の中の暗がりで獣がじっと息を潜めているような、不自然な静寂。
かたわらのサラは、ラムルより強く何かを感じ取っているようだ。
ラムルは呼吸をゆるくとり、心を鎮めるようにした。腰に手を回して、いつでも鞘を払えるように構えると、気配の流れてくる奥へと進んだ。
老人の居室の前でシナハが、今にも卒倒しそうな表情で震えていたが、サラたちを見つけてすがるような眼で、室内を指差した。
「お久しゅう御座る。サラ・アルサム殿」
椅子に腰かけた、
その喉元には、鈍く輝く刃が突きつけられている。
剣を握っているのはーー黒獅子候の第六公子アガム・ライゴオルだった。
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