第17話 決勝ラウンド前

「すみませんでした。メインの火器担当が最終ラウンドに参加できない失態を」


 ラウンド2を無事突破して試合終了の後。ブルゴが、いつものリアルで会う時の話し方に戻りリーザたちに頭を下げた。しかし見た目はアバター状態のままであるため、黒肌のいかつい大男が、自分より小さい少女相手にへこへことしがないサラリーマンのように平身低頭の姿勢で謝られると、ヴァーチャル側のプレイヤーたちがリーザたちを奇怪な目で見てしまう。


「いやリゼさんを助けたんだから、それで大金星だよ」

「たしかラウンド3では『司令官』として参加できるんでしょ。あたしらの誘導と連絡頼んだよ」


 ブルゴのように途中脱落したプレイヤーは、そのまま終わるわけではない。ラウンド3は『陣地戦』というフィールドに点在している拠点を多く確保したチームの勝利という競技なのだが、途中離脱したプレイヤーはここでフィールド全体を見渡し、どこが有利になるか味方に連絡と指示をすることができる『司令官』にジョブチェンジできる。

 これは途中離脱した人と欠けたチームとの格差を減らす救済措置で四人全員無事でラウンド3で進むと、『司令官』は選ばれないのだ。そのためラウンド2でゴールできると確信してわざと一人離脱して、『司令官』になる戦略を取るチームもおり、ネットスラングでは『二階級特進』と呼ばれるほど、離脱も戦略の一つとなっているのだ。


 しかしこのルールというよりも、撃たれた人間が何事もなくただの失敗として片付けてしまうのが奇妙に感じてしまう。


「ええ、ですが。やはりラウンド3に進みたかったです。プロも参加する大会で優勝できる可能性があるなんて、夢のようですし。優勝杯をその手で掴みたかったんです」

「ブルゴ殿。あんたも意外と野心あったんだ。GWGの大会に興味なかったから、てっきり」

「あと賞金で新しい重火器欲しかった」

「意外と強欲だねブルゴ」

「も、申し訳ないです。リゼ殿の優勝に便乗するつもりでは毛頭なかったのでしたが、ラウンド2優勝が近くなると、急に物欲が……。で、ラウンド3なのですが自分の代わりにこのマシンガンを融通したい。と思っていたのですが、これはバーチャル専用ですし。ニナ殿では運ぶことすら不可能と……残念です」


 持っていたGAAMを画面越しに渡そうと突き出したものの、さすがに二次元と三次元の超越は不可能であると悟ったのか、ブルゴはがっくりとうなだれた。ただ、仮にもらったとしても、リーザは戦時中でもマシンガンは重すぎるからと撃った経験がないため無用の長物になるところでもあったのだが。


「ところで、ミーシャリ殿はどちらに」

「トイレ休憩だってさ」

「私たちも休憩しない。長時間VRに居続けると体に悪いし」

「うむ。では試合開始までまた会いましょう」


 バイバイと二人が手を振ってサヨナラすると、画面が真っ暗になった。


 静かになったな。


 待機室には人がいる。しかしあの二人がいる空間しか味わえない賑やかさが、急に恋しくなった。

 腹も空いたし、たしか会場に屋台が並んでいたからそこで何か食べに行くか。


 待機室から会場に出ると外も人も赤い夕焼け染まっていて、屋台にぶら下がっているランプも夕焼けになって灯されていた。老若男女が談笑し、焼ける匂いはソースと食べられる肉であふれかえっている。そしてリーザと逆走するように会場に向かう人たちは先ほど行われていた試合のリプレイを大画面で興奮する。


 リーザが百年前生きていたころとは真逆のだ。


 そして通り過ぎる人たちは誰も、リーザのことをラウンド3まで進んだ人間だと気づかない。

 みんなあたしのことを、リーザコスをしているだけの人間だと思っているんだろうな。そして本物のリーザ・ブリュンヒルドだなんて知りもしない。当たり前だけどな、百年前の人間の顔を知っている人もないし。あっても写真だけ。その歴史上の、戦争に参加していた人間が、現代でゲームの大会に参加しているなんて思わない。


 そうしてうろついていると前の方に黒く長い袋を担いだバルド店長を見つけると、店長もリーザを見つけると、その巨体を揺らして駆け寄ってきた。


「リゼちゃん! やったな最終ラウンド3まで勝ち上がるなんて」

「店長、店で大会を見に来る客の相手しなくていいの」

「ラウンド2へ進出した時点で店じまいよ。大事な店員が優勝するかもしれないってのに店にいられるかっての。それと餞別も持ってきた」


 店長が担いでいた袋を肩から外すと、出てきたのは最初に店長の店に来た時に自慢で見せてくれたL/Z30 だった。


「決勝で使ってくれ」

「いいの? 店長の自信作でしょ」

「決戦に向かうリーザが、GA―64なんざ持っていたら締まらねえ。周りにいる奴らを見ろ、だーれもリゼちゃんのことを気づきもしねえ。ただのリーザコスじゃねえ、真のリーザならL/Z30を手にして勝つのよ」


 店長の激励に押される形で受け取ったリーザだが、持った瞬間体に馴染んだ。いや初めから自分の一部だったものが戻ってきたような感覚である。本物を模したレプリカであるのはわかっているのに。


「なんかすっごく懐かしい感じがする」

「さすが俺が認めたリーザコスだぜ、持った瞬間に出る言葉がそれとは。穴が開くほどリーザの写真を見ながら作った甲斐があるってもんよ。じゃ、俺はここのパブリックビューイングから応援しているから。優勝決めてけよ」

「席とってないの」

「この間銃改造したから金欠よ」


 じゃあなと店長が肩をポンと叩いて激励して去っていく。改めて手元のL/Z30に目を落とすと我が子が帰ってきたように懐かしく感じた。本物ではないためすり減りがないものの、店長が細部まで愛銃そっくりに仕上げてた。


 久々に頼むよ。相棒。


「ほぅ、L/Z30モデルですか。似合ってますね」


 ふっと後ろからぬるりとした声がかけられて、リーザは後ろに飛び跳ねて銃を構えた。


「失礼、本物だったら危ないところでしたね」

「ステラリアさん」


 ステラリアは両手を上げながら、苦笑いして立っていた。持っているのが玩具であると最初からわかっているのにわざと付き合っているまやかしの笑みに不審を抱きながらもリーザは銃を下ろした。


「ニナの応援に来てたんですか」

「それもあるのですが、今回から採用になったサイボーグ装甲がどんな形で使われているのか研究者として気になりましてね。GWGプレイヤーの皆さんは発想が柔軟ですから、どう試合で活かそうかと試行錯誤している様子がたまらなく素敵なんです」


 頬を赤らめて恍惚の笑みを浮かべるステラリア。自分らがねじ込んだルールに頭を悩ませているプレイヤーの様子を喜ぶとは、頭のネジが飛んでいるのではと苦言を呈したかったが、何を言っても変わらないであろうと思い少し堪えた。


「けど試合の方も楽しみだよ。特にリゼさんは期待しているよ。リーザ・ブリュンヒルドにそっくりの君になら、優勝だってできる」


 そしてステラリアから握手された後、ステラリアは店長と同じ方向へ去って行った。

 冷たかったな。それも人から伝わる感触ではなく、機械的な冷たさのような。

 後で手を洗いに行こう。


***


 ここは。トイレに籠ったミーシャリは、ある人物から連絡を受けていた、


 『ミーシャリくん。リーザをよく導いてくれた。と言いたいが、あの時ブルゴ君が庇ってこなかったら、台無しだったよ』

「申し訳ございません所長」


 言葉では謝罪するものの、ミーシャリは心の中では労いの言葉はないのかと憤慨していた。


 ステラリア所長の命令で、リアル側として参戦するようにと同時に、所長の身内であるニナが参戦するから少年に変装してくれと言われた時にはむちゃぶりここに極まれりと嘆いた。GWGのプレイヤーだったことが所長にバレてしまったことで、リーザの腕を評論してほしいとしぶしぶ休みの日なのに出勤した挙句、経験もない変装をするだなんてと、ミーシャリは頭を悩ませた。


 なんとか近くのコスプレ店で男に見えるようにショートのウィッグに、胸に晒を巻いて目立なくするように仕立ててもらい、声もいつもより低くするなんとも付け焼刃の演技をで本番に臨んだのだが。まさかリーザたちは誰も女であると気づかれることがなくここまできたのだ。

 我ながら完璧な演技と立ち回りだと思うわ。貯金が溜まって研究所外の男と結婚したら、いっそ舞台俳優でも目指そうかしら。


「しかし仮に彼女が撃たれたとしても、次のラウンド3では『司令官』となって参戦できますので、役割が変わるだけで」

『彼女が戦場にいないなんて考えられない。あのとき、途中離脱なんてしたら私がダメージ計算のシステムをハッキングして、ダメージゼロにするところだったんだよ』


 まったく末恐ろしい男だ。いやサイボーグ人間だ。しかも本気でやりかねないのがこの人間の本当に恐ろしいところである。

 かつてモンテ共和国の英雄であるリーザ・ブリュンヒルド、所長は百年の時を超えて冷凍睡眠から蘇ったと宣った時にはついに狂ったかと思った。

 しかし映像に映った彼女を見て衝撃を受けた。それに百年前のことを知ってる唯一の人間であったことも合わせてると間違いなく本物のリーザだと私は信じた。

 信じたのだが。


『ところで、彼女に変わったところはあったかい』

「仲間が先頭に立って戦うことを忌諱ききするような。戦時中の彼女がそのような行動を取るとは思えないのですが」


 そう、英雄リーザは自分の命令に従わない仲間を平気で切り捨てる非情さを兼ね備えた危機管理の高い女であると多数の記録や証言があった。例えば塹壕戦で罠であると命令を伝達したが、隣の味方分隊に上手く伝わらず塹壕を出てしまった。

 その時リーザは止めなかった。自分が巻き添えになるからと。


 しかし目の前で共に戦っていたリーザは自分に対して自信はあるものの、優勢になったら油断し、仲間が危険な目に遭いそうになるのを避けさせたり、やられたら激昂したりと証言と一致しない。


『ふむ、よくないね。きっと平和な世界で友情や友人など優しいものに触れすぎた可能性がある。人は優しくしてもらった相手を、誰かの手によって壊したくない性分があるのだよ』


 平和な世界で変わったそれならある程度理屈は通ることだろうと一応の納得のいく話だ。

 が、所長の言い方には悪い意味で含みがある。誰かの手――つまり自分が壊すのであれば問題はないような言い方である。


「ゲームだから死なないから果敢にいけと発破はかけましたので。それでリーザスレイヤーはどうされたのですか。ラウンド2、彼の役目は私たちを高所に移動して誘導するのが役目。それが本気で倒しに行き、しかもゴール手前で待ち伏せまでして。ラウンド3まで私たちには倒さないようにと協定を結んでいたはず。一歩間違えばれば、あそこでリーザは退場していてしましたよ」

『彼はちょっと血気盛んなようだ。困ったものだね。リーザに復讐する機会と支援をすると参加させたのだが、注意だけでは済まないだろうから、拘束具でも装着しておこうかな。本当はやりたくなかったんだけどなぁ』


 そう返した所長の声はさほど困ったような言い方ではなさそうで、イライラが募る。

 しかしあのテストプレイヤーのあれは並の復讐心ではない、おそらく所長が何かしら吹き込んだのだろう。たしかあのテストプレイヤー、出身が旧グラドニア王国の軍人の生まれだったわね。素行が悪いが、運動のセンスがいいのはスタントマンとしての経験だけでなく、彼の家から代々受け継いだ才能だろう。

 そして軍人というエリート職から没落した遠因である、怨敵リーザ・ブリュンヒルドが平和な世界で自分の趣味であるGWGに参加して、敗北した屈辱と合わされば。

 まったく、私と巡り会う人間はどうしてこうも厄介な人ばかりなのか。


「では、引き続き彼女のサポートと戦闘の情報を取り続けます」


 電話を切り、外したウィッグをつけてアリバイ作り代わりにトイレの水を流す。

 次が最終ラウンド、あの所長のわがまま研究に付き合わされるのがやっと終わる。GWGの大会に出られるのは内心楽しかったけど、やっぱり好きなゲームが仕事になるのは気が滅入るわ。


 最後の一仕事と、頬を軽く叩いてがんばろうとミーシャリは気合を入れてドアを開ける。

 目の前にあのリーザがいなければ。


「なに、やってたんだ。ミーシャリ

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