第16話 ラウンド2「素早く脱出せよ」

 ラウンド1が終わって一息つく暇もなく、ラウンド2のフィールドへと連れていかれた。ラウンド2は『迷宮からの脱出』。地図が表示されない状態で、一番早くゴールに到着したチーム十組が決勝のラウンド3に進める。ただし、チーム四人(脱落者を除いて)全員揃わなければ一人ゴールしても決勝に進めるわけではない。しかもラウンド3の決勝は生き残ったプレイヤーしか参戦できないという。いかにチームのメンバーを生き延びさせて、次の最終ラウンドに勧めるようゴールするかが鍵になる。


「正直ボクは足手まといだからね。こんな狭い空間じゃあ狙撃銃は使えないし。もっているハンドガンは護身用にしかならない。まったくなんで迷宮なんだ」

「Random」


 ここで一人不満を垂らしたのがミーシャリであった。


 GWGには殲滅戦のほかに複数の競技があるが、オールマイティー大会のラウンド2は、複数ある競技の中の一つをすることになる。前回大会のラウンド2は二戦続けて殲滅戦であったため、最終のラウンド3では定員四人に満たないチームが多発した。


 『迷宮の脱出』では、出会い頭による戦闘が多くなる。そのため先手必勝と銃の取り回しが鍵となる。その点で言えば小さなアバターに室内などの狭い空間内での取り回しが楽なサブマシンガンの構成であるニナは非常に有利だ。逆にブルゴのような大柄で狭い迷宮の通路では身動きが取りにくく、迷宮の壁は抵抗値が最大であるため数と貫通力の暴力で殴るマシンガンや狙撃銃は非常に不利である。


「とにかくここは私とリゼさんにまかせて、体が小さければ弾も当たらない」

「ニナ、気を張らないで。さっきのラウンド1で脚が当たったでしょ。まずはあたしが前に行く」

「もう平気だって」

「万が一のことがある。この壁を破壊して突破するようなことがあったら」

「壁の抵抗値は最大になっているから。いきなり壁がドカーンって穴が開くことはないから」


 ニナが心配しすぎだよとなだめて、結局ニナが先頭、最後方にリーザという隊列を組んで迷宮を進んでいくことになった。ただニナの言うように大会規定でも、迷宮を脱出する際は壁の破壊・登頂をしないこと。犯した場合はペナルティがあるとされているで、そんな危険を冒すプレイヤーはいない。

 それでもリーザの不安が消えることがなかった。あのラウンド1から調子が狂ってしまっている。大統領に会うためには、戦争の経験がある自分が最終ラウンドにまで進まないと勝てる確率が低くなる。


 が、いざ自分以外、ニナやブルゴが危険に晒されてやられるのに拒否感を感じてしまっている。甘い考え、効率を考えればと自分に言い聞かせるものの危険に晒したくない思いがある。

 なにより過去の自分はそれをしていた記憶があるというのにだ。


「あんたさ、仲間を信頼していないの」


 前にいたミーシャリが唐突にリーザに問いかけた。


「大事にしたいよ」

「彼女と大柄の彼、見たところ付き合い長いんでしょ。たまたま空きがあったボクに信頼が置けないのならともかく、付き合いの長い二人は信頼しないの。自分は危険なことを率先してするのに、仲間が危ないことをしようとしたら止める。ちぐはぐじゃない」

「あたしは自分でなんとかできるから」

「君自身は軍にいたから有能かもしれないけど、ボクらもGWGの経験者なんだよ。ある程度対処できる。それに負けて悔しくても、しょせんこれはゲーム。やられたとしても死んでおしまいになるわけじゃない。死に急いでも、いいと思うよ」


 ゲーム。

 リーザ自身、このゲームに思い入れや負けた時の屈辱は重きにおいてない。かつて戦時中のように手段を選ばず生き延びなければという危機感もない。安心安全平和な世界の中のゲームでしかない。リーザが抱えているものを伝えても、現代に蘇った経緯を信じなければありえないと言われるが終いなのだから。


 曲がり角が見えると、最初にニナが身をかがめて角の先を覗き込む。「クリア」と安全が確保されたとハンドサインを上げて進む。迷宮のゴールは、中心地のどこかといあるだけ。しかしどちらが外か中か迷宮の中を歩くと方向感覚がわからなくなる。規定にあるように迷宮の壁は高く、表面は大理石で作られているのかつるつると表面が滑って掴めるところがない。高所から見渡せるところがあればいいのだが、リーザが戦争中でも体験したこともないなんとも難易度が高いものだ。

 とりあえず、前を進むニナの後を進む形でリーザが最後尾でライバルプレイヤーが来ないかGA―64を構えながら進む。


「リーザ・ブリュンヒルド!!」


 角を曲がった瞬間、ばったりとまさかの出会いがしらに遭遇した。途端男は自分の名前を叫んだ。背の高いサングラスとベイリーの中折れ帽の男。あのマークスマンライフルを持ったリーザスレイヤーだった。

 男が持っていたのは前と異なりドラムマガジンが装着されたサブマシンガンGADSMグラドニアアームズ・ドラムサブマシンガンを持っており、サングラス越しでもわかるほど鬼気迫る様子で引き金を引く。


 バキュン。バキュンと背後から二発の銃弾がリーザスレイヤーの手と銃身にヒットし、手を放してしまった。


「ぼーっとしないで」


 M1970を構えたミーシャリに手を引かれて、脱兎のごとくその場から離れる。しかし後ろに控えていたリーザスレイヤーのパーティーもこの機会を逃すまいと代わり撃ち返す。


 このままやられっぱなしは、性に合わない。と片手と顎で銃身を支えながらフルオートで銃弾を放つ。通常アサルトライフルを携帯および射撃をする際は両手で支えなければまともに照準が合わない。リーザはこれは承知のうえであり、あくまで威嚇射撃の体で放っていた。


「逃がすかぁ!?」

「バカ、伏せろ。ダメージが蓄積されるぞ」


 リーザ憎しと追いかけようとするリーザスレイヤー以外の三人(いづれも前にいたリーザスレイヤーたちではない)は何かから守るように身をかがめていた。もしかしたらと、ライフルの砲身を迷宮の壁に向けて引き金を引く。

 チュンチュンチュンとレーザーの弾丸が迷宮の壁を反射して、リーザスレイヤーより後ろにいるチーム三人に被弾し、そのうちの一人が消失してしまった。

 やはり、跳弾を恐れていたのか。


 通常のGWGに設置されている壁は抵抗値が低く銃弾が壁に刺さる、もしくは貫通という形で跳弾は発生しにくいのだが、迷宮の壁の抵抗値が最大であるため、銃弾が跳ね返されやすく跳弾を起こしやすい副作用を発生させている。跳弾は反射の影響で威力は減ってしまうのだが、蓄積ダメージというダメージが積み重ねられるとゲームオーバーになるシステムにより、多くの銃弾が被弾してしまうのは避けたい自体。

 しかしリーザがフルオートで放った跳弾が、次々と被弾し仲間の三人は動けない。


 しかし厄介なのは、今追いかけてくるリーザスレイヤーだ。

 怒りに任せてGADSMをフルオートで全弾を撃ち尽くすということをせず、セミオートで最小限にリーザを狙って銃撃してくる。

 止まった状態で反撃するならまだしも、逃げながら撃つのは非常に難しい。体勢も崩れ、後ろを向きながら足を動かすとなると身動きがとりずらい。その点リーザ一人のために前に進み続けるリーザスレイヤーの方がよっぽど有利だ。


「死ね。死ね! 死ねええいい!!」


 リーザスレイヤーが叫びながらリーザに向けて弾丸を放つ。リーザが曲がり角に曲がった入れ違いに他のプレイヤーに被弾しても、むしろ好都合と言わんばかりに残りの弾を消費するためにオーバーキルで叩きこむ。

 そして曲がり角を曲がるまでの時間を利用してリロードをして、リーザに狙い撃つ。


「クソッしつこい」

「リーザは消えろ! 俺に恥をかかせた償いをしろ!」

「自分から喧嘩売って、謝罪とか頭おかしいの!?」


 しかしリーザの反論も、相手には右から左へと通り抜けてしまう。


 方向もわからないまま、とにかく逃げ続けていると足元が勾配になった一本道が見えてきた。


「リゼさん、早く来て、早く!」


 先行していたニナに呼びかけられると、ブルゴが腰を下ろしてあぐらをかいた状態で、持っていたGAAMを構えていた。


「ブルゴ死ぬぞ! 下がれ!」

「All or nothing」


 リーザスレイヤーの弾が直撃するかもしれないというのに、ブルゴの顔には怯えがない。まさに不退転の覚悟が現れていた。

 「あんた仲間を信じてないの」

 先にミーシャリが言った言葉が思い出された。ブルゴが覚悟しているんだ。

 リーザは足を速めて、ブルゴを追い抜く。


「死ぬなよ」

「Oder Fire!!」

「糞が!!」


 赤い閃光が炸裂音と共に迷宮に鳴り響く、反撃に出たリーザスレイヤーの弾丸はマシンガンの重たい弾に押されてしまう。四十発もあるマシンガンの重厚な音色が最後の音色を奏でると、辺りは一気に静かになった。


「あいつは、倒したの?」

「いや、リアル側だと撃たれたら職員が回収するまでその場に動けなくなる電流が流れるはず。たぶんどこかに逃げたのかも」


 閃光が目くらましになってしまったのか、リーザスレイヤーの姿はなかった。撃ってくる気配もなく、ニナの言うように逃走したのだろう。


「ブルゴさぁ、あのイカれ野郎に全身穴だらけになるかもしれなかったのに、怖くなかったの」

「……This is game. Also No die」

「死なないから平気だってこと?」


 ゲーム、ブルゴたちはそう理解している。でもまだあたしの感覚として撃たれる=死と繋がってる。


「平気なわけないじゃん」


 落ち込むリーザにニナが反論してきた。


「レーザーの直撃したら、めっちゃ痛い電撃くらうのに。意地張りすぎ。GWGをバーチャルでやると味方を庇って無茶したあと、心拍数跳ね上がってプレイ不能になったことあったじゃん。なりきりプレイもほどほどにしないと、今サングラスの下の目を晒すから」

「もしかして、そのサングラス。キャラアクセじゃなくて不安隠しのため?」

「…………」


 図星を突かれたようで、ブルゴは何も言い返さずその場に座ってまま黙ってた。

 まったくあたしだけじゃないんだな。意地張って仲間を守ろうとするの。あたしがニナに同じようなことしたら、ああやって怒られるのだろうな。どっちも同じように怒られるだけか。


 しかし問題が解決されたわけではない。リーザスレイヤーから逃げるのに必死で、どこまで迷宮を進んだのか感覚がわからなくなってしまった。しかも後ろには一本道が残っている。


「どっち行く?」

「元の道に行くとあいつが待ち構えているかもしれないし、この一本道を進んでみよう」

「Let’go」


 消去法でとりあえず後ろの一本道を進んでいくことになった。

 進んでいくとわかったことだが、一本道は階段のない螺旋階段のような形状をしていた。道中が壁に囲まれているためどこに向かっているのかすら見当がつかないまま進んでいく。

 奥へ奥へと進んでいくと、異変があった。

 両脇の壁が低くなっていた。

 進めば進むほど壁は低くなり、狭かった視界が開けていく。そして螺旋の坂を上り終えると、壁がすべてなくなり広いフィールドが姿を現す。


「迷宮が……全体が見える」


 螺旋の坂は低い塔であり、遠くの左右と奥にも同じ螺旋の塔が見えた。この塔はゴールまでの道順を見つけるための仕掛けだった。

 そして中心より右側。リーザたちが今いる塔からちょうど直線上にゴールと思われる広場が見えており、その中に小さな影が六つほどぽつんと立っていた。おそらくすでにゴールしたチームであろう。


 まだそれほどのチームしかゴールしていない、今のうちに向かいたいところであるが、手前の迷宮の道が塔からの死角となってしまい、今いる場所からゴールまでの行き方がわからない。リーザスレイヤーのじゃまさえなければ、と悔やむ。


 と、ゴーグルの中にメールが送られてきた。GWGの最中はチーム内でしか連絡やメールの交換はできず、外部からの連絡は絶たれている。中を開ると手書きの迷路が現れた。迷路の間には赤い線があちこち引いてある。そして赤い線の終点は渦巻きを巻いたところで終わっており。最後にBULGと書かれていた。


 もしかして、迷宮の地図!?


「さすがブルゴ殿」

「すごっ……今まで逃げてきた最中の道中も記入している」


 冷静なミーシャリも思わず驚嘆の声を上げた。

 あの猛烈な砲火で、逃げ回っているだけの中、ブルゴは道を覚えていた。そしてさっきの不退転の決意で臨んだマシンガンも、自分を捨ててではなく確実に生き残れると踏んでの行動だったのかとブルゴの肝の強さに脱帽とした。

 でなければ、さっき追い越す際に地図を渡していたはずだ。


「只者じゃないと思っていたけど、ブルゴあんたすげえよ」

「そりゃそうだよ。私のGWGの師匠なんだもの。ブルゴ殿はそんじょそこらのゲーマーより最強なんだよ」


***


 ブルゴからもたらされた地図と塔からの測量のおかげで順調に迷宮を踏破していく。


「クリア」「クリア」


 今度は前にリーザが、後ろにブルゴ・ミーシャリ・ニナの順番で進む。道中ほかのチームと鉢合わせになり銃撃戦になることもあったが、相手は数発。多くて十数発程度しか撃ってこずしばらくしたら別のルートに向かっていく。

 相手チームとしても、狭く跳弾がしやすい迷宮で撃ち合いになれば消耗戦となりラウンド3へ進めず。あるいは進んでも優勝まではいけないというリスクを考えて、ほとんど大した交戦とならなかった。


「この角を曲がればあと少しか」

「リーザスレイヤーと遭遇した時にはどうなることかと思ったけど、迷宮の道筋もわかったし、ほかのチームと遭遇しても戦闘には消極的。おかげで無事に四人そろってゴールできると万々歳よ」


 もう後は余裕と言わんばかりに、リーザが最後の角を曲がる。

 突如視界が真っ暗になった。

 バババッバババッ!! 

 次に来たのは、絶え間ない弾が連射する音。いったい何が起きたのかリーザの頭が追い付かずにいた。


「待ってたぞ。リーザ・ブリュンヒルド」


 音が止むと、あのリーザスレイヤーのダミ声が聞こえてきた。暗い視界から頭を動かして隙間から覗くと、奥にはゴールと書かれたゲートが見えた。

 あたしだけのためにゴール前で待ち伏せかよ。

 憤るリーザ、それを代弁するかのようにミーシャリが吠えた。


「お前……違反だぞ!」

「ゴールで待ち伏せしてはいけないなんてルールはなかったぜ。ほかの三人は邪魔だからさっさとゴールしな。いやもう二人になったか」


 二人? そしてやっと自分の前にいたものに目を凝らすと、それは仁王立ちでリーザの前に立ちふさがっていたブルゴだった。ブルゴの体は全身を撃ち抜かれており、ダメージがあっという間に入ってしまいブルゴの体はすぅーっと消滅してしまった。


「てめえ」

「いいぜ。狙いはお前とだ。ほかの奴はいらねえ。なんせ俺はカスリーザを倒す存在、リーザスレイヤーだからな」


 リーザスレイヤーの砲身が、リーザの顔真っ正面に構えられると、リーザも相打ち覚悟で同じく照準を合わせようとした。


 パシュンパシュン

 軽い弾丸の音が対峙した二人の間に割って入ってきた。それはミーシャリのM1970の弾が二発地面に当たった音だ。


「行って! ゴールすれば、ダメージは入らない!」

「リゼさん、早く! こいつと相手にしちゃだめ」

「でも、ブルゴの仇を」

「ブルゴ殿の犠牲を無駄にしない。ここで相打ちしたら意味ない」


 ニナの叱責で頭に登っていた血がすうっと元に戻った。そうだ、大統領に会うにはこいつに構ってる暇はない。それにブルゴは。永遠に会えないわけじゃない。


 意を決して、体をニナと同じぐらいの高さに屈めながら強行突破を図る。リーザスレイヤーはそれを逃すまじと、引き金を引こうとする。


 パシュンパシュンとミーシャリの放った弾が、リーザスレイヤーの銃身と手に的確に被弾して引き金を引くことができず二人の突破を許してしまった。


「「ゴール!」」


 全速力で駆け抜けたリーザとニナ。あとはミーシャリだけと後ろを振り返ろうとすると、いつの間にリーザスレイヤーが不敵な笑みで、銃を上に構えながら立っていた。


「よく俺の脇をすり抜けたな」


 もう一度と銃を構えようとしたが、ゴールの中ではお互い攻撃することができない規則であるため反撃もできなかった。

 が、二人はそれより驚くべきことを目にした。フィールドの上空に吊り下げられた画面には、さっきゴールした人が明かりで映し出されていた。ゴールしたリーザとニナ明るい白で光って、未到達のミーシャリは薄く光り、倒されたブルゴは真っ黒になっていた。

 そしてリーザスレイヤーのチームであるが、リーザスレイヤーだけ光っており、残りの三人は光すらもなく、真っ暗になったままだった


「なっ、一人になってゴール!?」

「チーム全滅したのに」

「そうよ。クソリーザを倒すために追いかけてたら、いつのまにか俺以外全滅してたわけよ」

「…………死兵というわけね。クソ野郎」

「ラウンド3で会おうぜ」


 リーザスレイヤーは無精ひげが生えた顎をなでながら不敵な笑みを浮かべて、リーザたちの前から立ち去った。

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