第40話 閑話 フレッド視点 頂点に立つべき者

 セレスタン王子が滞在している部屋に入ると、最初に目についたのは、大量の書類だった。執務机だけでなく、食事をするための机や、ベッドの上にまで広げられている。

 扉の横で控えていたクロヴィスに目を向けると、薄く笑った彼の目元が青黒く変色しているのが見て取れた。何となく事情を察して、俺は溜め息を飲み込む。


「休めと言ったのに、すまないな」

「いいえ、お構いなく。セレスタン王子殿下こそ、お疲れのようですが」

「仕方のないことだ。……さて、早速本題に入るぞ」


 セレスタン王子に笑顔で椅子を勧められ、戸惑いながらも席につく。目の前に広がっている書類は、予想していた通り、この国の歴史や言い伝えに関する文献のようだ。


「何の話かは、分かっているな?」


 リルと同じ色の瞳に見つめられて、頷く。この状況で話すことなど、一つしかない。


「リル……リリアーヌ王女について、昨晩の話に関係すること、ですね」

「そうだ。現状、リリアーヌの状況を知っているのは私と父上、それからピエリックとその周りの人間しかいない。ピエリックは謹慎中であるし、私も意図的に、王都への報告は最低限に留めている」

「……」

「つまり、王都に戻るまでの間であれば、これからの方向性を決め、根回しをすることが可能なのだ」


 そこからは複雑な話が続いた。元々、第一王子派と第二王子派に分かれた権力争いが水面下で行われていたこと。基本的にはセレスタン王子が優勢だったが、当の本人や国王があまり納得をしていなかったこと。そこには、リルに対する負い目と期待が含まれていたこと。……そして、今。


「この街でリリアーヌに再会した時は、神の采配に感謝したくらいだ。あれが国王になるのであれば、私は全力で彼女を支えることができるし、この国は安泰だ」

「……」

「これだけの文献を調べても、まだわからないことだらけだ。それでも彼女の、忌み子で優秀な魔法使いとしての、重要さは痛いほどに知れた」

「忌み子で、優秀な魔法使い……?」


 リルに対して忌み子という表現を使いたくはないが、ここで他の表現ができるはずもなく、彼の言葉を繰り返す。そういえば助けてくれた時、忌み子を連れていたと聞いたな。何か関係しているのだろうか。


「忌み子である意味はわかっていない。だが、神殿との関わりから歴史を辿っていくと、何らかの役割があるように思えるのだ。リリアーヌを抜きにしても、このまま忌み子が排除されるのは、好ましくない」

「なるほど……」

「だが、これは大きな問題も孕んでいる」


 このままでは、第三王女であるリルが、権力争いに加わったように見えるだろう。普段は無関心でも、関わるとなれば忌み子を毛嫌う者は多い。それはつまり、大きな争いになる可能性もあるということだ。それは何としてでも避けたいのだと、セレスタン王子は言った。


 ……まったく、あいつは。


 心の中で溜め息をつく。世捨て人のように――そして昨日知ったことだが、過去に縋るように旅をしていたリル。試練のことは知らなかったし、勿論国王になりたいとは思っていないだろう。それなのに今、あいつは最も国王に近いところにいる。


「争いを避けるためには、少しでも多くの者にリリアーヌの実力を知ってもらう必要がある」

「試練の様子を見せる、ということですか」

「東部領の試練は丁度良いからな。大勢で向かう予定でもある。あの中で魔法を使えば、納得しない者はいないだろう」

「……本当に、リリアーヌ王女を国王にするおつもりなのですね」


 不安でしかない。魔法のことばかり考えているリルに、国を治められるなどと誰が思うだろうか? 無茶をして、周囲を困らせる未来がありありと目に浮かぶ。それに何より、あいつは既に抱えているものがたくさんあるのだ。これ以上、リルに負担をかける必要などないだろう。あいつはただ、魔法のことだけを考えて笑っていれば良いのだ。

 だがリルなら、本当に自分が適任だと思えばそれを受け入れるだろう。それを、俺が嫌だと思っている。……到底聞き入れられない、過ぎた願いだ。




「ところで、リリアーヌがつけていた耳飾りだが、あれはやはりそういう意味なのか?」


 急な話題転換とその内容に、ひくっと頬が引き攣る。かろうじて口から出せたのは、「い、いえ……」という、情けないにも程があると言いたくなるような否定だった。


「傾国の宝石だろう?」

「……さすがに、セレスタン王子殿下の目は誤魔化せませんね」


 異母兄妹とはいえ、彼はリルのことをそれなりに可愛がっているように感じた。そんな妹が、俺のような子供にとんでもなく高価な装飾品を贈られているのを、どう思うだろうか。俺に妹はいないが、想像することはできる。


「私の気持ちは関係ありません。ただ、彼女に相応しい物を贈りたかっただけなのです」


 苦し紛れの言い訳であることは明らかだ。事実、セレスタン王子は苦いような、それでいて子供らしいとでも思っているかのような、複雑な表情をしている。


 ついに堪えきれなくなった溜め息をつく。自覚しながらも、しっかり向き合うこともなく、だらだらと持ち続けていたこの気持ち。このまま旅を続けていれば、何をせずとも隣にいられるのではないかという淡い期待。……今ここで、それをきっぱりと捨てるために。今度は浅く、息を吸う。


 しかし、口を開いたのはセレスタン王子の方が早かった。


「確かに、これ以上なく相応しいな。国を統べる者が『傾国の宝石』を身につけるとは、洒落も効いている」

「……はい」

「だが、どんなにリリアーヌが優秀な存在だとして、それを表す威厳を身につけたとしても。……誰もが彼女に文句を言えなくなったとしても、国王に相応しくないと、そう言われる道もある」


 このお方は、話の流れを急に変えるのがお好きらしい。突然にやりと笑ったセレスタン王子は、随分と俗っぽかった。しかし、意図は全くわからない。


「たとえば、君とリリアーヌが一緒になる、とか」

「――っ!」


 直後、提示された意味に息を呑む。全身が熱を持って、どくどくと血が流れるのを感じた。


「幼い頃から、リリアーヌだけが苦労を強いられてきた。彼女を国王に望む反面、またこの国に縛りつけておくのかという罪悪感もあったのだ」


 ほぅ、と息を吐いたセレスタン王子は、とても疲れているように見えた。父親である国王のすぐ側で、国の頂点に立つ意味を知っているからこそ、その場にリルを押しやることに抵抗を感じているのだろう。


 想像よりずっと血の通った家族仲に、俺は何とも言えない感情を抱いた。魔法が使えないことで両親に捨てられた俺は、魔力を持ちすぎたことで疎まれてきたリルに、どこか重なるものを感じていたからだ。

 しかし、それは決して悪いことではない。リルの幸せを願う人間が一人でも多いなら、それは歓迎すべきことだ。ましてや、自分の隠してきた願いに最も近い形で、話が進もうとしているのだから。


「勿論、これは君が選べるものではない。君にできるのは、リリアーヌに選択肢をあたえることだけだ」

「重々承知しております」


 気づいたときには、俺は深々と頭を下げていた。


「フレッド。君が、誰よりもリリアーヌの幸せを願っていることを、私は信じている」




 その後、ここでの話など嘘だったかのように、リルの国王決定まで秒読みとなり。俺が慌てたのは言うまでもなかった。

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