デート日和1

 この世界の1週間は7日である。

 クロウアリスの授業は5日間あり、週末の2日は休みとなっている。そして、この2日の休日をどのように使うかは個人の裁量に任せられている。勉強しても良いし、修行しても良い、人脈形成のために社交界に顔を出しても、商売を始めても良い。ここで自堕落な生活を選んでしまうような人間は、そもそもクロウアリスには存在しない。

 だが今は入学間もない時期、慣れない新しい生活で疲れが溜まっている。素直にただ休むのもアリである。


 今日はクロウアリスに入学してはじめての休日だ。

 エンティーナは、帝都にあるヴィエント家の屋敷へと向かっていた。サマンサを連れてきたは良いが、入学や準備で忙しかったため放ったらかしになっていた。

 屋敷には一組の老夫婦が管理人として駐在していて、サマンサはそこに預けている。そのまま使用人として仕事を覚えながら、勉強をして来年の入学に備えるのが良いだろう。

 事前に手紙で屋敷に戻ることを伝えてある。朝起きて身支度を整えて寮を出て、屋敷のある北西地区へと足を向ける。距離的には馬車を拾っても良い距離だが、地理を覚えるために歩いていった。


 屋敷の前では、使用人服を着たサマンサが待ち構えていた。歩いてくるエンティーナの存在に気がつくと、花が開いたように表情が明るくなる。


「お待ちしておりました!」


 何だ、可愛いな。想像以上に元気な様子に、エンティーナも心が和らぐ。手荷物を渡すと、屋敷まで案内してくれた。つい最近まで伯爵令嬢だとは思えない堂々とした使用人っぷりである。

 そもそもが、美人を見慣れている王子を籠絡しただけあって、見た目の可愛らしさは流石である。艶のある綺麗な濃いブラウンの髪に大きな目、小柄で細い線の身体は庇護欲をそそる。


「ブラニさんに教えていただいて、料理を学んでいるんです。今日の夕飯は、一品だけ私が作らせていただきますね」


 ブラニ・ルルメニゲは、管理人の夫婦の妻の方だ。エンティーナとはあまり会ったことはないが、大柄でよく笑う人だ。旦那の方はジルゲ・ルルメニゲと言い、背が低くておとなしい。

 ふたりとも50を過ぎた夫婦で、長年ヴィエント家に仕えてくれている。

 

「料理はしたことあるの?」

「焼き菓子を作るくらいなら、弟に作ってあげたことはあります」

「じゃあ今度はその焼き菓子作ってよ」

「もちろんです!練習しておきますね」


 ふさぎ込んでいないか不安だったが元気そうで良かった。

 数年間使われていないはずの屋敷だが、ルルメニゲ夫妻の手によって隅々まで丁寧に掃除がされていた。

 出迎えてくれたブラニが深々と一礼をする。


「お久しぶりですお嬢様。大切なお屋敷、しっかりとお守りさせていただきました」

「ありがとうございます。どこもかしこも綺麗になっていて驚きました」

「本日はお泊りで、寮へお帰りは明日でよろしかったですね?」

「はい。地理を覚えたいので、少し近くを歩いておきたいんですけど」

「さようでございますか。そうだ、それならサマンサもお供なさい。3時までに戻ってきたら夕飯の準備には間に合いますわ」

「そうしましょうか。サマンサ、案内してくれる?」

「もちろんです。お任せください!」


 ブラニに地図を借りて、私服に着替えたサマンサと二人で街を歩く。帝都の賑わいは大陸で1番だ。通りは人でごった返しており、馬車、荷車が何台も歩いている。

 店から漂う香辛料の香り、呼び込みの声、大道芸人の作り出す歓声、どれもビーツアンナには無い規模だ。


「凄いわね。さすが帝都、大陸の中心と呼ばれるだけあるわ」


 改めて見回ると、そのスケールに圧倒される。


「私もここへ来てから毎日お使いで外出してますが、本当に毎日がこんな感じなんです。年中お祭りをやっているみたい」

「1番大きな通りはここじゃないんでしょう?」

「はい。凱旋通りと呼ばれるところが1番です。馬車が4台並んでも大丈夫なんですよ」


 かつて魔族との戦いに勝利した初代勇者様たちが、パレードを行ったとされる大きなとおりだ。超が付く一流の商会しか出店できない、大陸最大の商店街とも言われている。

 ヴィエント家の屋敷は北西地区の、貴族や大商人の屋敷が建ち並ぶ高級住宅地にある。近所には貴族の財布をアテにした店が並んでいる。貴族の財布を狙ってるだけあって、洗練されたデザインの店構えだ。椅子から扉の取っ手まで、手間をかけた作りをしている。


「美味しそうなお店が有るわね。サマンサ、お昼は食べた?」

「まだです。あそこ、ちょっと気になってたんです……美味しそうです」


 そこは川沿いのサンドイッチのお店で、店の前にベンチが並んでおり、美しい川の景色を見ながら食べることが出来るようになっていた。

 エンティーナはレタスとハム、トマトのシンプルなものを、サマンサはタマゴサンドを頼む。それにポテトを揚げたものを買って二人でシェアをする。

 ベンチから見た景色は美しかった。川を見ながらカップルが仲よさげに話し、荷物を載せたボートが行き交う。人々の生活の音に川の流れる音が混ざり合い、心が和らぐ時間を生み出していた。


「美味しいです……どうやって作るんだろう」

「野菜が新鮮だわ。どうやってこの鮮度を維持しているのかしら」


 帝都は広く消費も多い、近隣の畑では野菜需要は満たせないため、遠方から仕入れてくる必要がある。だがそうすると鮮度が維持できない。

 魔法で凍らせて鮮度を保つことは可能だが、そうすると輸送コストが跳ね上がる。必然的に値段が高くなる──が、このサンドイッチはそこまで高くはない。

 何かしらの企業努力があるのだろうが、一体どんな工夫がなされているのか。


「レシピが気になります。私でも作れるでしょうか」

「なに?もしかして作ってくれるの?」

「もちろんです!最高の一品を用意してみせます!」

「楽しみにしてるわ」


 サマンサは笑顔で答える。その表情を見たエンティーナは、心が癒やされていくのを感じた。

 思えば最近はストレスに感じることが多かった。

 いきなりの婚約破棄、ドーリエ伯爵領での実戦、魔物の姿をしていたとはいえ人を殺めたのはあれが初めてだった。その後はサマンサを連れて帝都まで急ぎ、学院での新しい生活だ。他の貴族や王族、勇者との出会いは気を使う時間だった。

 疲れた気持ちが溶け出し、川の音に流れていく。時間とともに身体が軽くなるのを感じる。


(またに会いに来よう。)

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