黄金 皇帝からの任務1

 トープグラム帝国 帝都レオンハルト 獅子宮殿


 アルフェクト大陸の政治的、軍事的中心地であり皇帝の居住区。

 大陸で最も大きな建物であり、ひとつひとつ丁寧に磨いた石を組み上げて造られているため、遠くから見ると太陽の光を反射して明るく輝いて見える。

 その荘厳な存在感は見る者を圧倒し、他の国からも一目見ようと足を運ぶ者が後を絶たない。


 獅子宮殿の建設は経済政策の一環として始めた公共事業でもあるので、とにかく時間をかけて造ってある。無駄に広く、無駄に豪華。

 ただの柱に丁寧に模様を掘ったり、手摺りの角に獅子の彫刻を乗せたり、使用人部屋の扉にも豪華な彫り物を入れたり、宮殿の周囲に広大な庭を作ってその中に川を引いたりしている。

 足掛け15年、延べ10万人近い人間が関わっている獅子宮殿の広さは、街一つがすっぽりと収まるほどに広い。


 つまりどういう事かというと、広すぎて宮殿内の移動が大変ということだ。

 今日、俺は皇帝陛下、つまり父親から呼びだしを受けて玉座の間へと向かっているわけだが、自分の部屋から歩くと20分くらいかかってしまう。勿論エレベーターなんて無いので階段は全て歩きだ。

 しかもこういう建物は、襲撃されたときに皇帝の元まで到達されにくいよう、通路が入り組んでいたり細くなったり迷路のようになっている。

 作った人間を恨もうにも、前世の俺なんだから文句も言えない。


 階段の踊り場に初代皇帝アル・トープグラムの肖像画が掛かっている。即位した頃に【精密画】のスキルを持った画家に描かせたものを、何代にも渡って描き映したものだ。当然かなり似ている。まるで写真のようだ。

 これの複製が何枚も作成されていて、大陸中どこへ行っても飾られている。

 俺は、この絵を見るたびに早足でその場を通り抜けたくなる。昔の自分の顔をいちいち見たくないという理由もあるが、それ以上に、今のレブライトの顔がそっくりだからだ。顔の造形から髪の癖のかかり具合までそのままと言っていい。

 魂だけがレブライトの身体に入り込んでいるはずなのに、何故か瓜二つと言っていいくらい似てる。「アル・トープグラムの生まれ変わり」。俺の容姿を褒めたたえて皆そう言う。いや、実際そうなのだが、かといって肯定したところで信じられるわけでもなく…。


 心の中で文句を言っている間に、玉座の間の前まで着いた。ここは宮殿の中央部の最上階。外から見たときに最も目立つ山頂部分にあたる。

 大きな扉の前にはカウンターがあって、数人の役人と護衛が常駐している。いわゆる秘書課のような部門が、皇帝への謁見を管理しているのだ。

 例え皇帝の第2皇子である俺であっても、ここで順番待ちをしなければならない。


「ご苦労様。15時に呼ばれてるんだけど、予定入ってる?」

「あぁレブライト様。勿論承っております。どうぞこちらでお掛けになって下さい」


 そうして役人に順番待ちの椅子(これも無駄に豪華)へ案内される。

 すると、既に1人座っている人物がいた。


「おやおや皇子。皇子も陛下にお呼ばれですか?」


 そう言うと、彼は立ち上がって一礼をする。

 ネロス・デントール。男爵家出身の高級役人の1人で、他の勇者家と関係を取り持つ外交官のような仕事をしている。

 背が高くやせ細っていて、常に病気なんじゃないかというほど顔色が悪く見えるが、もう10年以上見た目が変わらないので、最初からそういう人間なんだと思う。

 喋り方も、ぼそぼそと小さい声で囁くように話し、内容も否定的な事を話すので、どちらかというと嫌われているタイプの人間だ。

 ただ陰鬱そうな見た目とはいえ裏腹に、役人試験を歴代最高得点で合格した頭脳の持ち主である。どの世界でも、天才とは変人が多いものである。


「お前も呼ばれていたのか。まぁ俺1人ならわざわざ玉座の間に呼び出す必要もないわな」


 いくら皇帝とはいえ親子の間柄だ、ちょっとした用件なら執務室の方まで呼び出せばよい。玉座の間を使うと言うことは、それ相応の理由がある。

 俺が椅子に座ると、ネロスも並んで座る。


「はてさて、何の御用向きでしょうね」

「まぁお前がいるってことは、勇者の関係か。漆黒と紺青は何者かの襲撃を受けたと報告を受けているし、真紅の所は相変わらず王家と険悪だ。どこも有り得るから困ったもんだな」


 漆黒と紺青の襲撃は、俺のところにも報告が上がってきている。サソリの刺青を入れた組織、何かしらの続報があったのか…?

 真紅の所は何代か前から王家と仲が悪い。仲良くしてもらいたい所だが、とは言っても大きな戦争もない平和な時代だ。このくらいの諍いはあるだろうなと思う。


「何やら不穏な情勢でございますな。これが、大事の前の小事でなければよろしいのですが」


 第2皇子が国を憂いているのだから、前向きな発言でご機嫌でも取れと思うのだが、こいつはこういう奴だ。

 ただ、俺をこの世界に呼び寄せた『星の意思』が言うには、今くらいの時代に魔族からの新たな脅威があるらしい。だとしたら楽観視はしていられない。些細な変化を見逃さず、早めの対処が必要だ。


 そう考えていると、玉座の間の扉が開かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る