第1話 ドライマティーニで乾杯

 新入生ペネロペ・イートンの朝は程よく冷やされた酸味の強いオレンジシュース、ふかふかとした焼きたてのパンケーキ、じわりと染み込んだバターとメープルシロップの食欲を掻き立てられる香りとツンとしたインクの臭いで始まった。インクの臭いは新聞紙や雑誌ではなく、昨夜書いたばかりのメッセージカードから放たれており、封筒に入れても少し臭う。


「なぁにそれ?」


 ペネロピの母レイチェル・イートンがボサボサ頭のプラチナブロンドにネイビーのティーシャツ、グレーのスウェットという起きたままの姿で淹れたてのインスタントコーヒーとパンケーキを持って正面に座ると、まっさらな白いブラウスにシルバーホワイトの光沢のあるタイに森に深い影を落としたかのようなスプルースが落ち着いた印象のフレアスカートという、エイヴォン・シュティール女子学園の制服姿に見を包み、無難な形の良いポニーテールでキチンと纏め、サイドをゆるく巻いたヘアセットも春らしいピーチカラーのリップとチークをポイントにしたメイクも完璧に済ませたペネロピは自慢げにイエローのメッセージカードをレイチェルに渡した。


「秘密のパーティーの招待状! みんな行くの」

「あなたも行くの?」


 不思議そうに尋ねたレイチェルにペネロピは「どういうこと?」と視線で訴えれば、レイチェルは一言謝罪の言葉を入れてから少しずつ話し出した。


「ちょっと意外って言うか・・・・・・招待されるだなんて思っていなかったのよ」

「あたしはカリグラフィーが得意だって言って投稿してる作品を見せたの。そしたら招待状の宛名をぜーんぶ書いたら、お礼に来ていいって!」


 そう言ってピンクにフラミンゴのプリントが施された可愛らしい正方形の小箱に、カラフルな招待状をひらひらとさせてから詰めるペネロピにレイチェルは呆れた眼差しを送り、溜息を一つ吐いた。


「あら、それは上手く働かされたわね。随分策士じゃないの」

「ちょっと、私立に入れたのはママよ? そんなこと言うなら、なんであたしを私立校に入れたの?」

「教育は別。あなたは頭がいいから」

「おかげでいつも必死だよ。みんな週末はいつもパーティーなのよ?」


 不満顔でパンケーキに怒りをぶつけるようにフォークを強く押し当てるペネロピの様子をレイチェルは見てみぬ振りをしようと決めてコーヒーを啜るが、ペネロピのぽつりと零した「パパは賛成なのに」という言葉を聞き逃すことは出来なかった。


「いつでも正しいのはパパなのね」


 かぶりを振ってコーヒーを飲み干して、いつの間にか食べ終えていたパンケーキが乗っていた食器を片付け始める。気まずい空気が流れる中、「早く食べて学校へ行きなさい」というレイチェルにペネロピは口角を下げて冷め切ったパンケーキとぬるくなったオレンジジュースを初めて口にした。


 *


 昨夜戻ってきたばかりの故郷マウンリッシーの町並みをコーヒーショップで購入したクロワッサンとコーヒー片手に楽しみながら、エイプリルは今日から始まる学校生活の不安を忘れようとしていたのだが、自宅前にロミオの姿があった。肩には教科書やファイルなどが詰まっているのであろう重たそうなリュックサック。ポール・スチュアートのコートとブルックス・ブラザーズのストールの下には見慣れた学院指定のワイシャツにシルバーホワイトのネクタイ、スプルースのスラックスというルヴォア・ラトウィッジ学院の制服を身に着けていた。


「ロミオ?」

「やあ、おはよう」

「おはよう。何か用?」

「昨夜の様子が気になって。辛そうだったから」


 どこか期待が込められている眼差しと、優しげに緩められた口元にエイプリルは短くそう、とだけ返し取り出したスマートフォンを操作して自宅の門が開ききる前にくぐり抜けた。


「転校手続きに行かなきゃ。遅刻しちゃう」


 ロミオがエイプリルの名前を呼んだが無視を決め込んで長い坂を上っていく。常日頃も思ってはいたが、今はこの長い長い坂道がエイプリルはいつもよりも数倍増しで嫌で嫌でしょうがない。すぐに移動するために車を待つよりも今はまだ門に立っているロミオと離れたかったのだが、ロミオの「君は戻った」という言葉には無視する事が出来ず振り返ってしまう。


 エイプリルを見上げるロミオの目尻は優しく垂れ、ふさふさの睫毛に覆われた透き通るようなブルーの瞳は潤んでおり、その顔はまるで恋人を待つ人のようでエイプリルは胸がひどく痛んだ。


「あなたのためにじゃない。あなたは私の大切な友達の彼氏よ。すごく愛されてる。ただ、それだけ」


 エイプリルは強い口調でロミオに伝えるべきだと思った全てのことを伝えて、トリーバーチのロングブーツのヒール音をわざとらしく鳴らしながら坂道を足早に登り続けた。


 *


 ブラウンのデスクに置かれた、ピンクにフラミンゴのプリントが施された可愛らしい正方形の小箱。その中にはカラフルな二百通の招待状がきれいなレインボーカラーになるように並べられている。


 丸みを帯びた可愛らしいクセのある字で、レターセットに一枚一枚宛名が書かれたお手製の招待状。それはカリグラフィが得意なペネロピにカーラが任せたもので、ランチタイムに届けるよう頼んでいた。


 カーラが確認をするために手に取ると、グレイスとトレーシー、オーバンのスパイラルカールが個性的なレジーナ・フローレスも続けて手に取った。


「これ、頼まれてた招待状。どうかな?」

「うん。こういうデザインも悪くないね。じゃあ約束通り、招待するわ」

「ありがとう!」

「レインボーなんて、ポップでステキ」

「このまま配らずに額に入れて飾りたいくらいよね」

「初めてにしては上出来じゃない」


 真っ先にカーラが褒めると、それに続くようにしてレジーナやトレーシー、グレイスも褒め始め、すっかり盛り上がった三人と満足げなカーラの様子にペネロピは達成感をひしひしと感じた。カーラから渡された招待状はペネロピ自身が作ったものではあるのだが、招待状を渡されたという事実に意味がある。そのため招待状を持つ手には自然と力が入り、口は弧を描いている。


「ペネロピ、もう行っていいよ」

「よかった! ありがとう。じゃあ」


 ペネロピはうれしそうに桃色に色付いた頬を緩ませ手を振ると、半分スキップをするような足取りで下級生クラスへと戻っていく。その様子を、カーラは真夜中を思わせるブラックヘアの緩やかなウェーブヘアを弄りながらしばらく眺めていた。すると背後からグッチの腕時計が輝く細長い腕がすっと伸びてきた。


 突然の出来事に、カーラはフォグブルーの瞳をぱちくりさせる。


「ここにいたんだ。何それ? いつのパーティー?」


 振り返ればそこには眩しいブロンドをざっくり編み込んだ、ラフなハーフアップスタイルのエイプリルが立っており、手には先ほどまでカーラたちが眺めていたピンクの招待状。

 予想外の登場人物に場に緊張が走った。盛り上がっていた三人は顔を見合わせて二人の様子を伺い、カーラは驚きはしたものの何もなかったかのようににこやかに答えた。


「今度の土曜日よ。だけど、エイプリルの分はないの。みんな昨日の夜まで、あなたは演劇学校だと思っていたのよ? もう最後の招待客も決まったし、ごめんね。じゃあ、わたし達もう行かなきゃ」


 エイプリルは唖然とした。幼稚舎以来仲のいい友人なのだから、当然誘われるだろうと思っていたからだ。その様子に、カーラはにっこりと上品に笑って謝り、ぱっと立ち上がって友人たちと移動教室に向かおうとしたが、それを黙って見ているだけのエイプリルではない。


「ねぇ、カーラ。一緒にランチしない?」

「今日はパス。だって食べ終わっちゃったもの。あなたはこれからみたいだけれど、待っててあげようか?」

「ううん、大丈夫。一人で食べれるわ。今夜はどう?」

「悪いけど、今夜は予定があるの」

「カロズバーに十時。すぐに済むわ」


 引き下がらないエイプリルにカーラは呆れたように溜息を零し、三十分なら、と渋々聞き入れたが、それでもエイプリルはどこか苛立った様子で胸の前で腕を組んでカーラに微笑んだ。


「忙しいのにありがとう」

「いいのよ、大切な友達だもん」


 カーラは優雅にその場を後にしたが、心は決して穏やかではない。なぜなら、ロミオのスマートフォンのディスプレイに表示された通知に、写真や動画のソーシャル・ネットワーキング・サービスが利用できるアプリのダイレクトメッセージでエイプリルと怪しいやり取りをしているのを目撃していたからだ。


 二人の様子を遠目に見ていたものの、ロミオは今朝の気まずさにスマートフォンを手にするが視線を隣席に座ったニクラウスに一瞬移し、再びスマートフォンに視線を移して重い溜息を吐き出す。なんとか平常心を取り戻そうとお気に入りのアーティストの投稿やメッセージアプリなどを開いていくつか操作してみたものの気が上手く紛れず、輝くハニーブロンドをくしゃりとする。


「どうしたんだよ。なんかあったなら、話してみろ」

「何もないよ。ただ・・・・・・この先が見えなくなった気がして」

「いいか? お前は最高のが目の前に置かれていても、をするぐらい余裕のあるハンサムだし、カーラはあの唆るスタイルはもちろんだが、ソーシャル・ネットワーキング・サービスのフォロワーが四百万人以上いるぐらいイケてる」


 まだ気にしている様子のロミオの肩を元気付けるように力強く叩き、「それに、俺らの学園、学院を代表するベストカップル様だろ」と含み笑うニクラウスにロミオもつられるようにして笑った。


 *


 様々な形と色とりどりのボトルがずらりと並ぶ照明に照らされたアーチ型のカウンター席で、自慢のヘルシーボディを見せ付けるようなざっくり胸元の開いたアイボリーのドレスを身に着けたエイプリルは、モスコミュールを注文し、カーラを待つことにした。エメラルドグリーンのシフォンドレスに身を包んだフェミニンスタイルのカーラが現れたのは、手元に届いたグラスが半分ほど減った頃のことで、左隣の席に腰を下ろした彼女はジントニックを注文する。


「驚いたよね、急に帰ってきて」

「まぁね。エイプリルってば、突然いなくなっちゃって。その間、電話も手紙もくれなかったわね」

「それはレッスンがたくさんあって、おまけに規則も大変で・・・・・・」

「いつまで経っても学校に来ないから、あなたの家に電話したら――“あら、知らないの? あの子、ロサンゼルスに転校したわよ”ってお母さまから聞いたのよ」


 バーテンダーが置いたグラスをすぐさまカーラは受け取り、湧き上がる怒りを胃に流し込むように三、四口ほど一気に飲み込んだ。


「どうしても、急がなきゃならなかった。必要なオーディションだったの。お願い、わかって」

「あなたのことは信じて応援してたけど、今はもう無理なの」


 エイプリルがそっと重ねた手をカーラは振りほどく。カーラの瞳は涙に潤んでおり、怒りと悲しみが複雑に混ざり合い、その両面が瞳が揺れるごとに交互に滲み出ている。


「そこを信じて。学校でレジーナやトレーシーたちと一緒だったじゃない。それを見て思ったの。取り上げる気はないけど・・・・・・」

「わたしにって言いたいの? それとも、仲間外れだって言いたいの?」

「そんなこと言ってない。ただ・・・・・・寂しいの」


 きっとエイプリル・ブラウニングほどの美女と付き合いたいと願っている人なら、間違いなく効果覿面なふるり震えた肩と、甘い声に怒りを露にしていたカーラの表情も柔らかくなり、エイプリルはふぅ、と息を吐き出して残り僅かとなったモスコミュールを飲み干す。


「前みたいに戻りたい。一緒に登校したり、ランチしたり、私の家のプールで、夜中に泳いだり。私たち、お互いが必要でしょ? そばにいたかった」


 エイプリルには押し潰されてしまいそうなほどの強い罪悪感があったが、それよりも大切な友達を失う寂しさがまさった。

 カーラはそっか、と呟き残りのジントニックを飲み干すと冷淡な笑みを浮かべた。


「仲直りしたいのは山々だけれど、その前にあなたに確認しなくちゃいけないことがあるの」


 そう言うとカーラは軽く手を挙げ、バーテンダーに合図すると、カーラの手首に重ね着けされたパールが海の泡のように静かに揺れる。


「わたしはスカーレットオハラを。あなたは?」

「私はテキーラサンライズ」

「あなた、わたしに隠し事してるよね?」

「そんなの、あるわけないじゃない」

「何かあるって、ずっとわかってた。ロミオとキスしたんでしょ?」


 エイプリルは目を丸くして驚き、すぐさま「キスだけだよ。それ以上は何も」とばつが悪そうに言った。


「隠していれば、ばれないとでも思ったわけ?」

「そうじゃない。ただ・・・・・・言うかどうか悩んでいただけ」


 悲劇のヒロインのように両手を膝の上できゅっと丸めて、涙をしっかりと溜めたアメジストの瞳を魅惑的に輝かせるエイプリルと、フォグブルーの瞳で恨めしそうに彼女をしっかり睨みつけるカーラ。


 ふたりを傍から見れば、今にも泣き出しそうな表情エイプリルが被害者のように映り、信じていた友人に彼氏を取られたカーラが加害者のように映るため、スカーレットオハラとテキーラサンライズを運んできたバーテンダーが、ちらりとエイプリルを心配そうに見て頬を赤らめる姿はカーラをますます苛立たせた。


「悪いと思ってる。でも、誘ってきたのはロミオの方で、私からはなにも。それに、あの時はふたりともすごく酔ってて」

「しょうがないから許して欲しいって言うわけ?」

「そうは言ってないでしょう! ただ、あれは事故なのよ。間違いだった」

「そうよ、あなたは大間違いをしたの。友達の彼氏を取るなんて最低よ!」


 お互い話しやすいようにとリラックス目的のアルコールは、半分自棄やけ酒のようになりはじめ、ついたばかりの二つのグラスは瞬きする暇もなく空になる。


 バーテンダーは緊迫した睨みあいをしばらく続ける二人から逃げるようにグラスを回収したが、エイプリルの長くしなやかな腕が伸ばされたことによってオーダーを取る羽目になった。


「ドライマティーニを」


 重なり合う声にカーラは、プイっとそっぽを向いてエイプリルは、決まりが悪そうに俯く。カーラは押し潰されそうな空気にそぐわない明るい声で、「あなたの破滅を願って。乾杯」と口にした。


 *


 ペネロピは帰宅後、自身の部屋で何枚かセルフィーをしてからレイチェルがまだ帰宅していないことを確認するために再度リビングやシャワールームなどを隈無く確認した後、自身の部屋に戻りベビーピンクとミックスウッドのベッドの下に隠していたマーク・ジェイコブスのショッパーを取り出した。

 このショッパーは以前、コーザ・ノストラのドレスとロリックのドレスどちらにするか散々悩んでいたが結局どちらも選ばず、マーク・ジェイコブスのドレスを購入した際に受け取ったものだ。ペネロピは買ったばかりのドレスにゆっくりと袖を通し、ジッパーが引っかからないよう慎重に上げる。


 シンプルな白い壁掛けの姿鏡に映ったペネロピはステキなドレスにうっとりとしたが、他は一切の飾りなどなく、足元は裸足でドレスの中ではタグが肌に刺ささる感覚がある。

 だが、ペネロピは憧れているエイプリルやカーラ、他のクラスメートたちのようにハイブランドに囲まれて、欲しいものは全部手に入る女の子を演じてドレスとペネロピだけが写るようにポーズを決めてシャッターを切っていく。


 制服姿のセルフィーには学校のことをキャプションに書き、ドレス姿のセルフィーには今週末に招待を受けたパーティーに行くことを書いて投稿した。ものの数秒で写真のすぐ下にあるハートマークの横に表示されている数字が二桁になり、コメントもいいねよりは少ないものの何件かは着ており、この瞬間がペネロピは一番うれしかった。ソーシャル・ネットワーク・サービスの中でだけは自分のなりたい自分になれ、それを周囲の人が見て羨ましい、妬ましい、こうなりたい、やっぱり私立校の子は違う、そう思ってくれているのだと実感できる時間の証明がなによりも幸せになれるからだ。


 *


 その夜、ロミオはカーラの家に呼び出された。メッセージには“今からわたしの家に来て。ママはパリだし、パパはオフィスに篭って徹夜なの”と書かれており、現在一人きりで広い家に居ると遠まわしに知らせる彼女に、ロミオの心は弾んだ。


 軽くノックをすればどうぞ、と声がかかり扉を開ければスキンケアを終えたばかりなのか、仄かに華やかな花の甘い香りを漂わせたネグリジェ姿のカーラがシックなダークブラウンのドレッサーの前に座っていた。


「やあ。どうしたんだ? 突然呼び出したりなんかして」

「ハァイ。実はさっきエイプリルとお話してきたのよ」


 予想外の返答にロミオの眉がひくついた。

 二人の秘密をエイプリルが話しているならすぐさま謝罪をし、許しを乞う。話していないのならば、白状してカーラへの愛を伝える。その二つの選択にロミオは悩み、しばらく口を閉ざしていたが、いつまでも沈黙できるわけでもないためゆっくりと言葉にする。


「実は君に・・・・・・言うべきか迷ったけど・・・・・・話があるんだ。言わなきゃってわかってたけど、どういったら言いか」


 カーラはロミオの言葉の続きを待ったが、一向に出てくる気配がなくこのまま夜が明けてしまうと思われたため、肩をすくめて呆れ顔になった。

 態度では余裕のある振りを精一杯するが、目には涙が溜まり今にも溢れ零れそうになっており、硬く握り締められた拳はぷるぷる震えている。


「そう、いいわ。わたしから話してあげる。エイプリルとキスしただけじゃなくって、超えちゃいけない一線まで超えちゃったのよね? ずっと怪しいと思ってた! この話はもう終わり!」

「カーラ。君を傷つけて悪かった。挽回したい」

「どうやって?」


 背後からそっと優しく包み込まれた両手をカーラは振りほどく事が出来ず、思わずすがるようにロミオを見つめる。


 振り返れば直ぐそばにいる彼とは幼少の頃からの許婚で、幸運なことに両想いで運命的だと思い、今の今まで付き合い続けてきた長い時間で育まれた強い絆と強い思い入れがあるからだ。


「過去は全部忘れる。エイプリルとはもう目も合わせないし、一言も話さない。透明人間にするよ」



 真摯な瞳に見つめられて、怒りと悲しみに支配された心と脳は蕩け、カーラの表情も思わず綻む。けして傷ついた心やマイナスな感情はゼロになったわけではないが、チャンスを与えようと思える余裕は生まれるほどにカーラにとっては大変魅力的な言葉であった。


「それならいいかも」

「ほんとに? さっきまで、あんなに怒ってたのに」

「エイプリルから聞いたときは動揺したけど、わたしが大げさすぎたの。他に何か怒ることでもあるわけ? それに、もう過去のことなんでしょ?」

「いや、もうないよ。なにも」

「オーケー。なら、いいじゃない」


 仲直りのハグを、とロミオは包み込んでいた両手を腰に滑らせて、唇に微かに触れるだけの挨拶のようなキスを落とした。その流れるような動きで、カーラは今日のこと全てがない事になってしまえばいいとそっと祈ることにした。

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