Critical Point ⑥

 クラヴィスとシャーリーに拘束された2人は、鉄柱に括り付けられてから、特に何をされるでも聞かれるでもなく、ただただ時間だけを浪費していた。武装を解除をされ、レオに埋め込まれた通信機とロリーナの通信機も無力化され、言うまでも無く最悪の状況に陥っている。


「これは、しくじったぞと」

 離れた所で何かを話し合ってる2人を眺めて、レオは小さな声で呟く。


「っ……レオ」

 隣で目を覚ましたロリーナの弱く掠れた声が、焦って熱の上がっていたレオの思考を冷ます。のうしんとうと寝惚けた意識で虚ろな相棒は、拘束された状況をまだ把握出来ていなかった。


「なに、これ……やらかした?」

「あぁ、今全く同じこと考えてたぞと」

 今まで多少のミスやボロを出してはいたが、これまで大きな致命的なミスをしたことがなかったロリーナの心を折るには十分だった。


「おぉ! 起きたぞクラヴィス」

 圧をかけるでもなく、シャーリーは驚く程明るく後ろのクラヴィスに言う。汚い倉庫に2人を押し込めたクラヴィスは、レオに向かってよく顔を見せる。


「久しぶり、アレッサンドロ」

「やっぱお前かよ。クラヴィスって聞いて、まさかと思ってたぞと」

「お? 知り合いなのかお前ら」


 睨み合う2人の脇で目を丸くしているシャーリーを置いて、レオが振り上げたナイフの仕込まれた蹴りを、屈んでいたクラヴィスが容易く避ける。


「まだ生きてたんだなクラヴィス」

「あぁ、お陰で死にかけ……」

「いてててっ!」

 火花を散らしている2人の隣で情けない声が上がり、クラヴィスとレオが同時に声の上がった方を見る。するとそこにはロリーナに腕を噛まれて悶絶するシャーリーが、床をのたうち回っていた。

「いてーよ、見たかよクラヴィス! こいつ水差し出したら腕を噛みやがったぞ」


「あの世代が関わってるのか、例えばアマツキと言うサムライは」

 徹底的にシャーリーを居ないものとして話を続けたクラヴィスに、「おいおい」と消えそうな声で抗議をする。


「俺が多くを話す事を嫌うやつも、居るぞ、と」

 少し語尾に力を込めてレオが言い終わると同時に、オンボロ倉庫の薄い壁を突き破って、クラヴィスをしっかりと掴んだ影が反対の壁へと突進を続ける。連れて行かれたクラヴィスと共に壁を突き破り、倉庫の外へと姿を消す。


「クラヴィス!」

「……ってぇーな!」

 クラヴィスの元に走ろうとするシャーリーの前に、拘束されていた鉄柱ごとガイが吹き飛ばしたお陰で脱出したレオが立ちはだかる。ナイフを構えて全く腰を落としていないにも関わらず、鋭く早い一撃がシャーリーに飛ぶ。

「くぅぅ……いてて!」

 その一撃をロリーナから奪っていた警棒で受け止めるが、レオが纏っている電気が金属製の警棒を伝って流れ込む。レオを弾き返して両手の電気を逃がす様に振ったシャーリーは、腰から長年連れ添ったp229を抜く。

「動くんじゃねえ!」

「おいおい、ナイフ1本の相手に飛び道具は卑怯だぞ、と!」

 警告を意にも介さずに走り出したレオに、シャーリーは容赦無く、それでもって的確に足を狙って3度引き金を引く。どの弾丸も完璧な軌道を描いてレオに突き進むが、着弾直前にレオが電気を纏い、シャーリーの視界から一瞬で消える。瞬きもしていなかったシャーリーは、それでも見失った事に呆気に取られ、右から姿を表したレオの一撃をまともに横腹に浴びる。

「軽いぜ」

 横腹にレオの回し蹴りが綺麗に入ったが、体重差とシャーリーの筋肉によって、ダメージすら与えられずに捕まり、振り回されて柱に叩き付けられる。

「いっっ……あばら逝っただろこれ。クソ、なんでこんな割に合わない仕事してんだ俺ら」

 半ば愚痴を吐きながらも立ち上がったレオだったが、折れた肋のせいでまともに動くこともままならず、再び銃口を向けたシャーリーに両手を上げて降参の意を示す。

「こっちは終わった、そっちはどうだクラヴィス!」

「どこを見てる!」

 2人が消えていった穴に顔を向けて呼び掛けるシャーリー目掛け、レオの後ろに隠れていたロリーナが飛び出し、p229を鮮やかに手から剥がして奪う。

「あっ! いつの間に」

「ナイフだよ、吹っ飛ばされた時に渡した。それに気付かなかったお前の負けだぞと」

「すまんクラヴィス、やらかした!」

 レオとロリーナ対シャーリーの決着が着いた頃、穴の向こうから銃声が4回聞こえた後、再び穴から現れたガイが手負いのレオを抱えて元来た穴に消える。

「え……」

「行っちまったぞ」

 ゆっくりと後ずさって2人の後を追いかけたロリーナを見送ってから、シャーリーは奪われたp229を思い出す。

「おい待て! 俺の銃返せ!」

「また今度奪い返せば良い、今は休もう」

 埃まみれになったクラヴィスがふらふらしながら穴から這い出て来て、近くにあった鉄柱に背中を預けてずるずると座り込む。

「お前がそんなにやられるってのは珍しいな、前線から退いて衰えちまったか。はははっ」

「あいつは伝説の分隊のひとりだったから、生きてるだけでも奇跡だ」

「伝説だって? 聞いた事ないな、女たらしで夜の街では有名なのか?」

「軍属だったやつなら誰もが聞いた事ある。Hell Houndの第1部隊Cracksのひとり、イギリス王室のロイヤルガード兼女王の剣。俺たちアメリカ最高の特殊部隊が5つあってもあの分隊に勝てるか分からないってのは有名な話だっただろ」

「おいおい嘘だろ、Hell HoundのCracksは解体されて今はGhost RiderとGargoyleしか残ってないって話だろ」

「兎に角最悪だ、手貸してくれ」

 満身創痍のクラヴィスを半分以上肩で支え、九死に一生を得た2人はホテルへの帰路につく。

「もうまっぴらだ」

「これからだろ相棒、こんなもんじゃない」

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