3.浜岡と瀬崎

 私はあれから、何人の罪人を裁いてきたのだろうか。瀬崎を裁いてから私はこの仕事を退職するまで、数えきれない程の人の死に立ち会ってきた。罪を犯した者への罰。被害者、遺族への罪人による贖罪。人間とは慣れる生き物なのだろうか。回数を重ねるにつれてなのか、それとも、死刑執行という大義名分があるからなのか。私はボタンを押すことに抵抗感を感じたのは瀬崎の時だけだったような気がする。もう何十年も昔のことだが、瀬崎がいた一年は忘れる事が無かった。

 私は病院のベッドに横たわっていた。口には呼吸器。腕には点滴の針が刺さっている。癌だったそうだ。見つかった時点でステージ4。その後も全身に転移が見つかり、先が長くないのは分かっていた。


「瀬崎、お前もこんな気持ちだったのか。」


おそらく声にすらなってないのだろう。だが、それでいいのだ。

幸せであったではないか。家族に恵まれ、最後の時も最愛の人たちに囲まれて、手を握ってもらえている。何も思い残すことはない。音が聞こえなくなっていく。力が入らない。視界に入る光も少しずつ減ってきている。

あぁ、もしまた生きることができるのなら、海に漂うイカではなく、人として生きたい。そんな事を考えながら、私は闇に包まれていった。


「看守さん!」

男に呼ばれ、私は目を覚ました。周囲は闇。その中に一人、男が経っている。


「看守さんってば!」

「瀬崎、か?」

「そうですよ、さっきからずっと呼んでるのに。無視するなんてひどいじゃないですか。」

「いや、しかし、ここは。」

「さあ~。僕は天国とか地獄とか分からないですけど、少なくとも天国ではないと思いますよ。僕がいるくらいですから。」

「それはそうだが、なら何故私はお前と同じところにいるんだ。」

「なんでって。そりゃあ看守さんもたくさん殺したんでしょ。」

「何を言っている。私はお前のようなことは・・・」

闇の中に静寂が流れる。瀬崎は私の顔をじっと見つめている。

「殺したじゃないですか。僕たち、罪人を。」

「そんな、私は、ただ仕事で、いや、お前たちのような罪人を裁くために・・・」

「そうじゃないんですよ。法はあくまで人間自身が作り出したルールです。看守さんが刑を執行してもそのルールでは罪にならないですけど、人を殺したことに違いは無いんじゃないですか?」

「私は正義で行ってきたんだ!なのに何故、お前と同等の扱いなのだ!!」

「そこが間違ってるんですよ。正義なんてものは主観にしか過ぎない。立場が変われば正義が悪になるなんてことは多々あることでしょう。」

戦争じゃあるまいし。そんな使い古されたような言葉をまさか、瀬崎自身から聞くことになるなんて。しかし、瀬崎のいうことはその通りなのかもしれない。私は多くの罪人の命をこの手で奪ってきた。経緯がどうであれ、結果は人を殺してきたという事実は変わらない。頭が痛くなる。

「看守さんは何人の人を殺してきたんですか?僕よりは多いですよねきっと。お互い大罪人ですね。」

死にたくなった。死して尚、死にたくなることがあるのだろうか。私はひどく項垂れた。

と、同時に私はあることを思い出していた。瀬崎の刑を執行する直前、この男に問いかけたことだ。


「瀬崎。何故お前は人を殺した。」

瀬崎は口元を少し緩めてこう話しだした。

「僕なりの正義だったんです。家に帰ると彼女が浮気をしていた。クリスマスにですよ。何が何だか分からなくなって、ただひたすら憎くなった。あの男が、裕美が。自我が保てなかった。言い訳にしか聞こえないだろうけど、二人を殺さないと自分が保てなくなると思った。だから殺した。僕の立場になると、あの時のあの行動が、僕の正義だった。それだけです。」

理解ができなかった。いや、瀬崎自身、理解してほしいという気持ちはないのだろう。

「そうか。」

私はこう言うことしかできなかった。

瀬崎は自分の正義に基づいて、彼女とその男の犯した罪に罰を与えたのか。それが罪となったのは法というルールの中で生きていたから。私も法というルールの中で生きていたが故に、人を殺しても罪にはならなかった。ただそれだけのことなのか。また視界から光が失われていく。


「ばいばい。看守さん。」


瀬崎は、彼の中の正義では執行官であり、罪を裁いた。私は法の外ではただの大罪人で、たくさんの命を奪った。

立場や視点が変わるだけでこうも違うものなのか。


死んで尚、湧いて出てくる感情が絶望か。もしまた生きることができるのなら、やはり海を漂うイカになりたい。そして、そのまま食われて次の命への生贄になりたい。それが私が殺した者達への贖罪になるのならば。


病室に心停止のアラートが鳴り響いた。



               ― 完 ―

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大罪人と執行官 りい @Ry_codo969

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