想い人へ明かす事

 電話から聞こえる夏海の声は微かに震えていた。そして、今日だけは1人になりたいと呟いた夏海に、美月は静かに返事をした。

 少しだけ会話をし、美月は日曜日の午後、夏海と会う約束を取り付けた。そうでもしないと、彼女はずっと1人で泣き続けてしまうだろうと、予測して。



「お待たせ。待たせちゃった?」

「いや、俺も今来たとこ」


 休日の朝だからか、公園には元気な子供達が遊んでいる。その微笑ましい姿を眺めながら、美月はベンチに座り、黒瀬も自然とすぐ隣に腰を下ろした。


「予定、いきなり変えちゃってごめんね」

「いいよ。白石とこうして朝早くから会えたわけだし」


 すぐ横を見れば黒瀬の顔があり、美月は嫌でも意識してしまった。


「どうしたの?」

「黒瀬の顔が近くて、照れただけ」


 美月は素直に言葉にしたのに、黒瀬が顔を背けた。


「そういうのさ、卑怯だから」

「何が?」

「素直すぎるのも、問題だなって」


 ちょっと頬を染めた黒瀬に、美月は自然と頬が緩んだ。


「隠し事、しない方がいいんでしょ?」

「そういうのは……、うん。しない方が、嬉しい」


 動揺する黒瀬の様子をずっと見ていたかったが、美月は本題を切り出した。


「それじゃ、私の本当の気持ち、聞いてくれる?」

「うん。聞かせて」


 黒瀬が真面目な表情になるのを見ながら、美月は話し始めた。


「夏海とね、ちゃんと話せて、気付いたの。私ね、夏海も黒瀬も手放さない。2人とも大切にし続ける。これが私のわがままだったとしても、それぐらい私にとって、夏美も黒瀬も、かけがえのない存在だから」


 そして息を深く吸って、美月は黒瀬に想いを告げる。


「私、1年ぐらい前から黒瀬が好きだった。でもね、夏海が黒瀬を好きだって知って、私は夏海との関係が壊れるのが怖くて、自分の気持ちに蓋をした。そしてそのまま、黒瀬が告白されてるのを見ちゃって……」


 それが、私の隠し事に拍車をかけた。


 そして美月は、忘れられない言葉を思い出す。



『友達が俺を気にしてるって言いながらさ、俺にわかりやすく近づいてくるの……やめてほしかった。自分が好きならそのままを伝えてほしかった。だからごめん』



「黒瀬がその子に対して言った言葉は、私に向けられてるって、思った。だから自分の想いが知られたら、黒瀬との関係も壊れるって思って、更にきつく蓋をした、はずだった」


 黒瀬は口を挟まず、美月をずっと見つめ続けていた。


「それなのに黒瀬が私の気持ちに気付いて、逃げ出した。しかも告白までされて、戸惑った。でも、今は違う。気付いてくれた事も、告白も、全部嬉しかったって、心から思える。あの日、告白してくれて、本当にありがとう」


 美月の言葉を聞き終え、黒瀬は表情を緩めた。


「俺、白石にちゃんと好きって思ってもらえてる自信がなかった。だから、ちゃんと白石の口から聞けて、ほっとした」

「えっ? 気付いてたんじゃないの?」

「なんとなく、気にしてくれてるのはわかってたけど、その程度かなと思って」


 黒瀬の発言からそんな感情が伝わるはずもなく、美月は驚きで彼を見つめた。


「だからさ、俺なりに考えて、白石にもっと意識してもらえるように頑張ってた」

「……もしかして、放課後の勉強の事?」

「正解」


 どおりで授業中教えていた内容ですら、放課後も同じところを繰り返し間違えてたんだ。


 まさか黒瀬がそんな事を考えていたとは思わず、美月は戸惑う彼をじっと見つめた。


「幻滅した?」

「全然。黒瀬がそんな風に努力してくれてたの、気付かなかった」

「気付かれないようにしなきゃ、意味ないから」

「それもそうか」


 ふむふむと美月が納得していると、黒瀬の意地悪な笑みが見えた。


「あとさ、俺が告白した次の日から、ちょっとだけ俺の事、気にしてくれてたよね?」

「え? あ、あれは……」


『そういう事だから、覚悟してね』


『俺を、もっと知りたくなる覚悟』


 黒瀬から言われた言葉を同時に思い出し、今度は美月が動揺した。


「あれは?」


 きっとわかっていて聞いてくる黒瀬を、美月は睨みつけた。


「覚悟してね、なんて言われたら、どんな事言われるのか、気になるでしょ……」

「何、その可愛い顔」

「そっ、そういうの、言わなくていいから!!」


 よく、冷めた表情をしていると言われる美月は、可愛いと言われる事がなかった。夏海だけが可愛いと言ってくる事があるぐらいで、その言葉はいまだにむずがゆく感じる。


「だって白石は可愛いから。それに気付けたのは、花咲のおかげなんだけど」

「夏海?」

「そう。俺がさ、白石を好きになったのって、入学してひと月経つぐらいだったんだ」


 黒瀬は、その時の美月でも眺めているような眼差しを向けてきた。


「高校の中庭の桜が満開で。その桜が散り始めているのを、何人かの生徒が楽しんでた。俺はそれを眺めながら、渡り廊下を歩いてたんだ。その時、強い風が吹いて、視界が花吹雪に覆われた」


 1度言葉を切った黒瀬が、柔らかい笑みを浮かべた。


「それに驚いて足を止めたら、花咲の驚く声が聞こえて、思わず目を向けた。そしたらさ、白石の頭に桜の花びらで冠が出来てて」


 あ……。

 それは私も、覚えてる。


 美月は、桜が散る前に見に行こうと夏海に誘われて、中庭に行った時の事を思い出した。



『うっわ! 綺麗だったね……って! 美月、奇跡が起きてる!』

『奇跡?』

『今ね、美月の頭には桜の花びらが花冠みたいにくっついてる!』

『え? そんなまさか』

『まさかのまさか! だから奇跡! ちょっと待って。写真撮ろ』

『写真……。ちょっと待って』



 きっとその奇跡が、黒瀬を引き寄せてくれたのかと美月が思った時、想像と違った事を告げられた。


「そのままさ、動かなければ桜の花びらは落ちなかったのに、白石、動いちゃって。しかもさ、何度も飛び跳ねたよな? 花咲の残念がる声にきょとんとしながら、『夏海もお揃いにしちゃおうと思って。舞い散る花びらを集めるはずだった』、なんて言ってさ」


 その時を思い出したようで、黒瀬は楽しそうに笑った。


「そのあと、集めた花びらを花咲の頭に飾りながら、『立ってても、集められたね』なんて言って、照れたように笑った白石が可愛くて、目が離せなくなった」


 あの時の自分をそこまで見てられているとは思わず、美月の頬はどんどん熱を帯びてくる。


「1年生の時、白石と花咲とも同じクラスだったけど、白石はいつも人を寄せ付けない雰囲気があったんだ。それなのに、白石を目で追うようになれば、花咲にだけそんな表情を向けている事に気付いた。だから、白石の特別な人に……、花咲に嫉妬してた」

「えっ?」


 黒瀬の意外な告白に、美月は戸惑う。


「いつか、俺にもあんな風にいろんな表情を見せてほしいって、思った。だからさ、花咲は俺の恩人で、ライバルなの」

「……黒瀬って、やきもちとか、妬くんだ」

「そりゃあ、健全な一般男子ですから」


 黒瀬はそう言うと、美月の顔を覗き込むように首を傾げた。


「でも、好きだって言ってもらえたから、もういい。花咲に向けた白石の笑顔は、花咲だけのものだし。だからさ、これから白石の彼氏になる俺だけにしか見せない表情かお、たくさん教えて?」

「あ、ごめん。付き合うのはまだ、保留で」

「えっ!?」


 黒瀬の言葉にときめきながらも、美月はきっぱりと言い切った。

 先程まで穏やかな表情を浮かべていた黒瀬は、驚きで固まっている。


「私、夏海も黒瀬も大切にするって、言ったでしょ? 私の親友はあなたにフラれて傷心中なんです。だから夏海が元気になるまで、保留」

「……待つのはもう慣れたから、いいよ。俺も、白石が大切にしたい人は、大事にしたい。それに、白石の告白が聞けたから、花咲は恩人だ」


 そこまで言い切り、黒瀬は前を向いた。


「でも、やっぱり、これからも永遠のライバルだ!」


 頭を抱えて叫ぶ黒瀬に、美月は吹き出す。その声に、公園で遊ぶ子供達の笑い声も合わさる。

 まるで、自分だけが笑われているような、情けない表情を浮かべた黒瀬を眺める。そんな彼の顔も好きだと思いながら、美月はくすりと笑い声をもらした。

 すると、それに気づいた黒瀬が、幼い少年のように見える顔で笑った。


 美月が大好きな黒瀬の笑顔は、自分が隠し事をしていない表情を向けた時、浮かべられるものだと気付く。

 それならば、黒瀬のその笑顔が曇らないよう、大切な気持ちを隠さず、明かし続けていこうと、美月に思わせた。

 きっとそれが、お互いにずっと見続けていたい、大好きな表情かおだと信じて。



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明かす事 ソラノ ヒナ @soranohina

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