いつもの日常が変わる事

 美月は金曜日の午後、早退した。

 そして病院で告げられた病名は、『ストレス性胃炎』だった。これ以上無理をすると胃潰瘍になってしまう恐れがあるので、薬を処方された。

 美月ぐらいの年齢の子はいろんな悩みを抱え込んでしまう事があるからと言われ、誰か仲の良い友達にでも話を聞いてもらうのがいいとも言われた。


 そしてその日の夜。

 夏海から『大丈夫?』と、一言だけメッセージが届いた。

 それだけで美月の目は潤み、『大丈夫。ありがとう』と、すぐに返事をした。

 すると夏海から、『無理しないでゆっくり休みなよ。体調が良くなったら、ちゃんと話そう』と、返事が来た。


 ***


「白石、休まなくてよかったの?」

「うん。薬ももらったし、大丈夫。それに今週はさ、私が放課後の見回りだから」

「生徒会の人なら他にもいるじゃん。気にせず休めばよかったのに。まぁ、そういうとこ、白石らしいけど」


 早退した日に、黒瀬からも容態を心配するメッセージが届いていた。だから美月は、病院での事を告げ、話を聞いてくれた事へのお礼も改めて伝えていた。

 その事があるからか、黒瀬からは心配そうな眼差しを向けられていた。


「私らしいんだ?」


 美月が軽く笑うと、黒瀬が首を傾げた。


「何か、良い事あった?」

「夏海とね、ちゃんと話せそうなの」

「そっか。よかったな。どおりで元気そうなわけだ」


 美月の報告に、黒瀬は自分の事のように喜ぶと、嬉しそうに微笑んでくれた。


「だからね、今日の生徒会のお仕事は、私らしく頑張ります」

「でも無理だなって思ったら、ちゃんと早退しろよ? うーん、そんな白石が頑張るなら、俺も今日の部活、いつもより頑張りまーす」


 お互いの言葉に軽く笑い、穏やかな時間は過ぎていった。


 ***


 放課後になり、美月は自分の担当している場所の見回りをしていた。


 よし。あとは2年の教室で終わりだ。


 美月はいつも、自分の学年の教室を見回るのを最後にしていた。理由としては、最後に自分のクラスを見回り、そのまますぐに帰り支度ができるから。そして同学年の子から、少しでも長く居残りができて、感謝される事もあるからだった。


 そうして、いつも通り何事もなく見回りを終え、美月は自分の教室へ向かった。


「あっ! 白石さん、遅かったねー」

「なんで奈々さんが、うちのクラスに?」


 何故か、奈々が美月の席に座り、他にも見知らぬ女生徒が3人、それぞれ空いた席に座っていた。その女生徒達の上履きの色が違う事から、先輩だという事だけはわかった。


「なんでって、用があったから待ってたんだけど? それぐらい言わなくてもわかるでしょ?」

「……言われなきゃ、わかんないけど」


 どうにもみな同じような表情を浮かべている事から、美月に対して何か不満があるのがわかった。

 けれど、奈々以外は初対面で、美月はその不満がなんなのか、見当が付かなかった。


「この前、授業中にさ、黒瀬の気を引く為だからって、わざとあんなわかりやすく具合が悪いフリしてたんでしょ?」


 あぁ、そういう事。


 奈々は楽しそうに口だけで笑みを作り、周りの先輩からは冷ややかな視線を向けられる。

 けれど美月は心底どうでもよくて、早くこの話題を終わらせる事だけを考えていた。


「本当に具合が悪くて、たまたま隣の席の黒瀬が気付いて付き添ってくれただけ」

「へぇ〜。でも全然元気じゃん。本当にさ、裏表激しいんだね」


 それはそうでしょ。休日をはさんで薬も飲んだし。

 ただの嫉妬の捌け口にしたいだけの相手に、私の行動に関して、謝りたくもない。


 そう考えた美月の口調は、キツいものになった。


「そう思いたいなら、勝手にそう思ってていいよ。少しはすっきりした? 私、帰りたいんだけど」

「あのさぁ、黒瀬くんはさ、みんなの憧れなの。だから、抜け駆けしないようにって、みんなで決めてるんだよね」


 みんなって誰?

 あなた達だけでしょ?


 黙って話を聞いていた先輩の1人が口を挟み、美月は苛立つ。


「私はそのじゃないので、知りません」

「お前、さっきからなんなの!?」


 それはこっちのセリフ。


 はいはいと流して終わらす予定が、黒瀬に対しての勝手な振る舞いを聞き、徐々に膨れ上がっていた美月の怒りが頂点に達した。


「私の行動が気に障ったんでしょうけど、それだけで人を責めるのはどうかと思います。それに、黒瀬はそんな事、望んでますか? 彼が誰と共に過ごそうが、あなた達に関係ありませんよね?」

「大人しく謝っておけばよかったのに。白石さんって、案外たくましいんだね」


 奈々は嘲るように笑うと、立ち上がった。


「じゃあ、はっきり言ってあげる。あんた、目ざわりなんだよね」


 奈々が忌々しげに吐き捨てると、それを合図に先輩達も立ち上がり、美月を睨みつけた。

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