告げられた事

 私の顔が赤いのは走ったから。

 私の顔が赤いのは走ったから。

 私の顔が赤いのは走ったから。


 美月は階段を上りきると自分を落ち着かせるように、心の中で同じ言葉を呟きながら歩いていた。


 そして自分が開け放った教室の扉を眺めてみれば、やっぱりまだ中にいた黒瀬と目が合った。

 美月は時折見せる、年齢よりも幼く見える黒瀬の笑顔が好きだった。そして今の彼は、まさにその笑みを浮かべていた。


 そんな顔、しないでよ……。


 余計に頬に熱が帯びるの感じながら、美月は表情には出さないように教室へ入った。


「おかえり。もっと待つかと思ってた」

「……鞄取りに戻ってきただけだから」


 黒瀬を見ないように自分の席に戻り、他に忘れ物がないかを確認しながら、美月は鞄を手に取った。

 本当はさっきの事をきちんと話し合うはずだったのに、恥ずかしさが勝り、美月の言動は冷たいものになってしまった。


「もう帰るの? 勉強の続き、しない?」

「勉強の続きって……」


 何を考えているのかわからない笑みを浮かべた黒瀬は、美月の隣から平然と声をかけてくる。

 恥ずかしさと罪悪感でどうにかなってしまいそうな美月に、このまま2人きりでいる事を選択する余裕はなかった。


「今日はもう、やめとこう」

「そっか。実はさ、さっきとは違う勉強でもしようかと思ったんだけど」

「……何?」


 悪巧みをしていそうな黒瀬の表情が気にはなったが、美月は早く話を終わらせてこの場を離れたかった。

 だから、続きを促してしまった。


「今度は白石が勉強する番。白石の事が好きな俺を、もっと知ってほしい」


 背の高い黒瀬に覗き込まれるように囁かれ、美月は言葉を失った。


「その表情かお、白石らしくて可愛い」

「なっ、何言って……!」


 理解が追いつかない美月に、黒瀬は笑いながら顔を離した。


「白石は、俺がいつから白石を好きか知らないよね? だから教えてあげようと思って」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 黒瀬の真意を話し合うつもりではいたが、美月は覚悟していた以上の言葉を告げられ、ひどく混乱した。


「これ以上待って、俺に何か良い事なんてあるの?」

「そうじゃなくて! そんな事いきなり言われても……! それに……」


 そうだ。夏海になんて話せばいいの?

 黒瀬から告白されたって、言える?

 言えるわけない。

 それなら……、私は、黒瀬の気持ちには応えない。

 夏海には話さず、私はこの恋を終わらせる。

 そうじゃないと、夏海を裏切り続けたままだ。


 美月は夏海との今後を考え、ひどく気分が沈んだ。

 そして気付けば、目の前で微笑んでいた黒瀬の笑みが、とても冷たいもの変わったように見えた。


「……またその表情かお。ごめんな。俺、もう遠慮するのやめたんだ」

「黒瀬が何言ってるのか、わかんないんだけど……。でも、ごめん、私、黒瀬の事……」


 美月は黒瀬の気持ちを拒絶する言葉を伝えるはずが、彼の責めるような視線に耐えられず、顔を背けた。

 けれど突然、美月の右耳に黒瀬の囁く声がはっきりと届いた。


「たとえ白石がまた自分の気持ちを隠そうとしても、俺はもう自分の気持ちに嘘はつかない。白石がどんな選択をしても、俺はずっと白石を想い続けるよ」

「——っ!」


 言葉の意味を理解するより早く、美月は黒瀬の吐息を感じて思わず後ずさった。そして急いで右耳を押さえて彼を見る。

 くすりと笑い声をもらしていた黒瀬は、美月と目が合うと、笑みをこぼした。

 

「そういう事だから、覚悟してね」

「覚悟って……」

「俺を、もっと知りたくなる覚悟」


 今までに見た事のない、初めて目にした甘く微笑む黒瀬を知り、美月の鼓動は早まった。


「今日の勉強はおしまい。あ、返事はまだいいから。白石はさ、やらなきゃいけない事があるよね? 『親友』ならさ、話せよ」


 満ち足りたような表情の黒瀬はそう言い残して、教室から出て行った。

 取り残された美月は、黒瀬からの言葉をずっと頭の中で繰り返していた。

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