第3話 元カノ(社会人×社会人ノンケ)

「気持ち悪い!!」


 バチンと、その言葉と共にあたしは顔を叩かれた。目の前には、あたしに生理的嫌悪を抱いている女性がいた。


「加奈子(かなこ)、あんた気が狂ってるんじゃないの? わたしのことが性的に好き? 何なの一体?」


 彼女は怒りを露わにしながら、ずっと鳥肌を立てている。あたしが思わず手をかざすと、体をびくっとさせて後ろへと後退する。


 今、彼女との間に何が起こったか?


 それは至極単純であり、ある意味で複雑な事。


 女性であるあたしは、今日、女性である彼女に告白したのだ。


 彼女とは中学校からの知り合いで、いつも二人一緒に楽しく遊んで、どんな時でも二人一緒だった。異性への恋愛相談にも乗ったし、受験勉強も同じ学校に入れるように泊まり込みで勉強もした。


 そして時は流れて大学生の卒業式の帰り。外は真っ暗であり、イルミネーションが眩しくそして美しく広がる所にいる。


 他に人はいないまさに最高の雰囲気、あたしは今までひた隠しにしてきた思いをその彼女にぶつけたのだ。


 だけどその結果がこれだ。


 軽蔑され、叩かれて、拒絶される。考えうる最悪の中の最悪の結末だった。


 せめて断られても、今までの関係が戻らなくても、そこまで言われるとは思ってはいなかったのだ。


 あまりにもショックだったのか、何故か涙はこぼれなかった。


「い、いやぁあ!!! 助けてぇ!!」


 そして挙句の果てには、その場から逃げ出されしまった。あたしが何をしたって言うんだろうか。あたしがそこまでの仕打ちを受ける罰でも犯したの?


 頭の中にいろいろな思考が巡りすぎて、もうわけが分からなかった。だけど彼女が逃げ出した直前だった。


「い、いやぁああああ!!!!」


 まるで神があたしの気持ちを汲んだかのように、彼女への恨みが天罰として振って来たかのように、彼女は走ってきていた車に引かれてしまった。





★★★★★★★★★★




「加奈子? 加奈子? ねぇ、聞いてる?」


「え、あぁ聞いてるよ? 今日のご飯の話でしょ?」


「そうそう、今日は一日で病院から退院できるから帰ったらハンバーグ食べたいな」


「はいはい、了解しました。明子(あきこ)お嬢様!!」


 時は流れて、あたしはある病院で車いすに座る女性を押していた。女性の名前は宮森明子(みやもりあきこ)という、そしてあたしの彼女である。


 笑顔がとっても可愛い、あたしの女神であり、今は一緒に同棲している。


「もしかして、告った彼女の事でも思い出してた? ひどいよね、こんな美人さんを振るなんて。その点、わたしは加奈子を独占出来て幸せだなぁ、へへ」


「もう、引率してるだけだから」


 彼女中学からの『もう一人』の知り合いであり、今は定期的に病院に通っている。その理由は以前彼女が事故で頭を強く打ったことが原因だ。今はその後遺症が残らないようにケアをしている。


「へへへ、でもでも加奈子が一緒にいてくれるだけ幸せだよぉ、ちゅっ」


「ちょっと、手にキスなんて他の人が見てるでしょ?」


「いいじゃんいいじゃん!!」


 この子はあたしの事がめちゃくちゃ好きらしく、所かまわずスキンシップをしてくる。恥ずかしいけど、すっごくたまらないものがある。


「支配してるって感じ……」


「何か言った?」


「うぅん、何でもないよ。あ、担当の先生の部屋だ、加奈子ここで待っててね。診察内容を聞いてくるから」


「はぁーい!! わたしの旦那様!!」


 二人で話しているうちに、担当医の先生がいる部屋に到着した。そしてあたしはそのまま加奈子を外で待たせて、入室した。



「はい、川上加奈子さん、こんにちは」


「こんにちは」


 中にいたのは眼鏡をかけた研究者のようなきれいな女性。あたしは彼女に手招きをされて、そのまま席へと座る。


「随分楽しそうね、いい結果を出してるみたいじゃない、彼女は」


「えぇ、先生には感謝しきれません。あの事故から救ってくれただけじゃなくて……、本当の彼女にしてくれたことを」


 あたしは体をゾクゾクと振るわせると、鞄から封筒を差し出す。中には溢れんばかりの札束を入れていた。


「確かに。しかし毎回律儀だね。でもこれでまた『脳内チップ』の研究費にでも当てられそうだ、ふふ」


 そう言って封筒を受け取った手とは反対の手の中。そこには小さな何かのチップが握られていた。そう、これこそがあたしの最大の遺産だ。思わず体が熱くなる。


「どんな気分だい? って聞くまでもないか」


「えぇ、今すっごく幸せです。だってあたしを拒絶して勝手に事故を起こしたド畜生のクソ女の脳内を弄って、告白前の記憶はそのままに、あたしに『性的な好意』を抱かせる。ふふ、興奮するに決まってるでしょ!! あははは、あたしが支配してる気分ですもの!! アハハハハ!!」


 あの女の認識を弄る。これでほど愉快なことはあるだろうか。あたしは心の底から喜び、そして体を湿らせながら、狂気の顔で笑った。

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紅色の華~百合短編集~ フィオネ @kuon-yuto

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