1-1 焚き火1

•••パチン。


と焚き火の薪が割れて火の粉が舞い散った。

と同時に私の意識もゆっくりと覚醒していった。

微睡の中、ぼんやりとした記憶を辿ってみるが、自分がいつの間か眠ってしまっていた事しか分からない。胡座を組んだまま重たい瞼と顔を上げると、首と肩まわりに鋭い痛みが走った。


そんなに、長い間寝ていたのだろうか??


少し冷たい夜風が木々の間を通り過ぎる。

木の葉がざわざわと音を立て、焚き火が揺らめく。

知らない空気感と、嗅いだことのない匂い。

そんな中でも何故だろう。

この情景は少し懐かしい様な気がした。


街道から少し外れた小さな林。

木々に囲まれた小さな広場の中、我々は野営を設置した。何分、この旅は徒歩が決まりと言うことでテントだったり大掛かりな設営はなく、最低限調理できる道具と寝袋を並べた簡素でこじんまりとした野営だ。

ベッドで寝たのは、どれくらい前だろう。

慣れてきたとはいえ、やはり暖かい寝床と風呂は毎日欲しいものだ…。


「•••起きていらしたのですね」


不意に隣から声が聞こえたので反射的に振り向いてしまった。その結果、彼女は肩をビクつかせ急にそわそわし始めてしまう。


「あ、ごめんなさい。驚かせるつもりでは…」


「いや、私の方こそ。いつの間にか寝てしまった様で申し訳ありませんでした」


"教皇様"を立たせておいて、自分が座っている訳にはいかない。

と思って私が立ち上がる事を想定していたのだろう。その前に静止され、逆に教皇様が私の隣に座り込んでしまった。先程のそわそわは何処にいったのやら。まるで最初からこうなる事が分かっていたかの様だ。


「ふぅ…。教皇様を地べたに座らせてしまったので、2人から後で何されるか分かりませんね」


私は少し意地悪に言ってみた。

困った顔をするだろうなと思ったのだが、教皇様は細い笑みを浮かべていた。


見事な金色の長髪は、束ねているわけでもないのに一切乱れておらず、藍色の瞳と透き通る様な白い肌は焚き火に照らされてきらきらと輝く。

"ドゥクス教皇 エレノア"

二十の歳を迎え正式に教皇となり、"世界の記憶に触れる使命"を受けて旅に出る。純白で清楚。お嬢様とシスターを掛け合わせた様な人間だった。


「大丈夫です。前みたいに貴方に斬りかかったり、物凄い剣幕で後をついて来たりはしません。あの2人も、貴方の事を理解し、信頼しているのですよ??」


白い生地に金色の刺繍が織り込まれているローブをふわりと靡かせ、エレノアは優しく言った。

私の方が困ってしまったな。まさかこうも優しく諭されてしまうとは…。


世界の記憶に触れると言うのは、こうも人を変えてしまうものなのか。

世間知らずのシスターはもう何処にもいないのだな。


「そうですかね?? もしかしたら今の私達を見て、それこそ物凄い剣幕で斬りかかってくるかも知れませんよ??」


世界の記憶に触れると言うことは、この世界を知ると言う事。

強いて言うならば、この世界そのものになると言っても過言ではない。

ならば、エレノアと言う人物は??

彼女はどうなるのだろう??

そもそも彼女は…。


「ふふふ。それは、否定できませんね。でも私は、貴方とこうして話をするのが好きなのです。きっと許してくれます」


パチパチと火の粉が舞う。

少しばかりの沈黙。

私が何も言わずにいたからか、エレノアから話を切り出した。

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