目が覚めると、幼馴染に膝枕されていた件

久野真一

目が覚めると、膝枕されていたんだけど

 夢だ。と思った。明晰夢めいせきむという奴だ。

 俺は人より明晰夢を見やすいらしく、時折こんな事がある。

 

まことは、甘えん坊ね」


 かーさんの優しげな声。

 幼い頃、俺、山中誠やまなかまことは膝枕されるのが好きだった。

 甘えたがりなガキだったのだ。

 それは、夕香ゆうかも知らない黒歴史。


「だって、かーさんの膝枕、気持ちいいもん」

「夕香ちゃんが知ったらなんていうかしら」

「夕香ちゃんには秘密。恥ずかしいし」


 当時の俺は幼稚園年長組。

 それが「恥ずかしい」とは、さすがに思っていた。


「夕香ちゃんなら、知っても笑わないわよ」

「そうかもだけど。恥ずかしいの!」


 我ながらなんてガキだったんだろう。

 母親に膝枕してもらいながら、こんなこと。


「誠はなかなか親離れ出来ないかもしれないわね」

「来年は親離れしてるよ!」

「この体勢で言ってもね……」


 仕方ないんだからと微笑みながら言うかーさん。


 結局、小学校に入ってから、ようやくそんな癖は治ったのだった。


 しかし、なんだかやたら落ち着く夢だ。膝枕の感触はまるで本物みたいだし。


「こういう、まー君も可愛いかも」


 唐突な夢への乱入者。

 それは、毎日のように聞く声。夕香のものだ。

 なんで、こいつの声が……と思っていると。

 ふと、急速に意識が覚醒するのを感じる。


◇◇◇◇


 見上げると、とても馴染み深い顔があった。

 微笑みながら、俺の事を見下ろす綺麗な顔。

 短く切りそろえた髪に、優しげな瞳。


「夕香……?」

「おはよー。まー君」


 いつもながらゆっくりとした口調だ。

 それに加え、いつも所作がゆったりで、微笑みを絶やさない。

 「癒される」と男女ともに人気があるのが、和月夕香。

 しかし、こいつは、怒りという感情を置き忘れたんじゃないかとよく思う。


「おはよう、夕香。って……え?」


 と、周りの様子がおかしいのに気がつく。

 窓の外からは夕日が差し込み、周囲には人っ子一人居ない。

 おまけに、床が間近に見える。

 そして、俺の頭がこいつの膝に乗っている。


「なあ、これ、どういう状況だ?」

「膝枕してるつもりだよ?」


 のんびりと首を傾げてやがる。


「いや、なんでお前に膝枕されてるんだよ」

「覚えてないの?」

「覚えてって……そうだ、午後の授業!」

「丸々寝落ちしてたよ」


 相変わらず微笑みながら、残酷な事実が告げられる。


「あー、すっげえ憂鬱だ」

「先生たちは、たまにはいいんじゃない?って笑ってたよ」

「さらに憂鬱なんだが。クラスの奴らは?」

「女の子たちは、寝顔、可愛いね、だって」


 俺のコンプレックスの一つが童顔なことだ。

 女子どもは、そこがいい、とかいいやがるが。


「男子どもは?つか、部活の奴らは?」


 そもそも、こうなった原因は寝不足だ。

 俺のいる天文部で、目玉として、天文クイズゲームを置いては、という案が出た。

 しかし、そんなもの作ったことのある奴は皆無。

 仕方なく、初めてやるプログラミングという奴に悪戦苦闘する羽目になった。

 そして、クイズゲームを仕上げたのが今朝のことだ。


「寝かしといてやれ、だって」

「それはそれで凹むな」


 文化祭の展示準備で部が忙しいなか、俺だけが惰眠を貪ってたとは。


「まー君は、働き者過ぎるよ」


 といいながら、髪の毛を優しく撫でられるのを感じる。

 恥ずかしいはずなんだが、抵抗も出来ずなすがままなのは、どうしたもんだか。


「ま、ここ数日は根詰めてたかもな」

「そうそう。部長も感謝してたよ?」


 夕香も一応天文部所属だ。

 興味がある時だけ見に来る、半幽霊部員だが。


「ま、目玉のクイズは完成したし、よしとするか」

「そうそう。今日はもうのんびりしよう?」


 いつものんびりなコイツが言うと、説得力あるんだかないんだか。


「で、聞きたいんだけど、なんで膝枕されてるんだよ」


 夕香とは仲良くやってるが、こんな代物は初体験だ。


「好きなんでしょ?膝枕」

「はぁ!?」

「寝言で言ってたよ?」

「最悪だ……」


 あの夢、まんまな台詞をつぶやいてたのか。


「ちっちゃい頃は誰だってそうだよ」

「妙な慰めは止めて欲しいんだがな」


 色々、死にたくなってくる。


「よしよし」


 そういいながら、頭をなでくりされる。

 しかし、妙に心地いい。

 コイツの雰囲気がなせる技だろうか。


「はあ、もうなんでもいいや……」


 好きな女の子にこうされて悪い気はしないのも事実。

 しかし、膝枕なんて、大昔、母さんにされて以来だけど。

 膝越しに体温が伝わってくるのが妙に安心する。

 頭を撫でられるのも、とても落ち着く。


「でも、膝枕も悪くないもんだな」

「そっか、良かった。おばさんと比べてどう?」

「また微妙な質問しやがるな」

「ちょっと、聞いてみたくなったの」


 相変わらず笑顔のこいつだが、少し悪戯めいた声色だ。

 俺や母さんといった、ごく一部しか気づかない変化。


「正直、あの頃の感触とかうろ覚えもいいところなんだが……」

「それでもいいから」

「ま、好きな女子にされるのは、さすがに別格だよ」


 なんでもないように、そんな言葉を告げる。


「おばさんに勝てたんだ。なら、良かった」


 頭上でガッツポーズをする夕香。


「母さんと勝負してどうするんだい、夕香さんや」

「同じ女として、そこは勝ちたいんだよ、まー君よ」


 未だにこいつの、母さんへの謎ライバル意識は理解し難い。


「ま、いいけど。この件は母さんには内緒だからな?」

「なんで?別にいいと思うけど」

「俺の中では、膝枕って子どもっぽいって感覚なんだよ」

「じゃあ、止める?」

「いや、止めないでいいけど」

 

 恥ずかしいのだが、それはそれとして抗いがたい誘惑があるのも事実。

 しかし、俺とこいつの関係というのも一体何なんだろうな。


「なあ、夕香。ちょっと聞いてみたくなったんだけど、いいか?」

「うん?もっと頭撫でて欲しい?」


 言いながら、また、頭を撫でくりされる。

 うぐ、気持ちいい……ではなくて。


「お前は、俺の事、どう思ってる?」


 普通なら勇気が要る質問だろう。

 ただ、俺達の場合は、ただ、タイミングを逸していただけ。


「好き、だと思うよ。でも、恋はしてないと思う」

「普通の奴が聞いたら、振られたと思いそうな言い回しだな」

「だって、恋ってもっとドキドキするものなんでしょ?まーくんはどう?」


 問われて、俺のこいつへ向けている気持ちを問うてみる。

 ドキドキ、するだろうか。むしろ、膝枕で安らいでしまってすらいる。


「ドキドキは……しないな。でも、一緒に居られないのは嫌だぞ?」

「それは私も同じ。落ち着く、のかな」


 好きだけど、落ち着く。確かに、それは俺達の間柄をあらわすにはピッタリだ。


「個人的には、そろそろ対外的には恋人にしときたいんだが」


 同年代のカップルの惚気っぷりと比較して、自分たちを異質に感じることはある。

 ただ、それはそれとして独占欲はある。

 それに、これで恋人じゃないとか、もっとヤバい関係を想像されそうな気がする。


「私も、別に対外的になら構わないよ?」


 こいつはこいつで、独自の世界観がある。

 曰く「恋人というラベルをつけたくない」だそうだ。


「じゃあ、これからはそういうことで、よろしく頼む」

「まー君、意外と独占欲強かったんだね」


 くすっと笑うこいつが小憎らしい。


「あー、そうだよ。独占欲が強いですよ」

「拗ねない、拗ねない」


 やっぱり膝枕されたまま、また頭を撫でられる。

 気持ちいいは気持ちいいが、子ども扱いされてるようでシャクだ。


「あー、もう。攻守交代!今度は、俺が膝枕する!」

「うーん。もうちょっとこうしてたかったんだけど。ま、いいか」


 そう言って、今度は俺の膝に躊躇なく頭を乗せてくる。

 うーむ、体温が伝わって来て、結構心地いいな。


 同じように、髪をゆっくりと撫でていく。


「どうだ?気持ちいいか?」

「うん。これはこれで、なかなかー。まー君もやるねー」


 そして、こいつは相変わらずマイペース。

 こうしてもペースが乱れないか。


「じゃあ、これはどうだ?」


 頬をぺたぺたと触ってみる。


「ちょ、ちょっと。くすぐったいよ……!」

「くすぐったいなのか」


 こう、少しはこいつを慌てさせる術は……と考える。

 しかし、それなら……と考えて、いい案が思い浮かんだ。


「キス、してもいいか?」

「いいよ?」


 ノータイムで即答された。

 いや、こいつだって、さすがに実際にすれば照れるはず。


「本当にするからな?」

「うん?だから、いいって言ってるよ?」


 相変わらず平然としている夕香に敗北感を感じそうになる。

 しかし、ここまで来て、もう後には引けない。

 膝枕をしたまま、ゆっくり顔を近づけて、口づけを交わしたのだった。


「で、どうだ?」

「少しだけど、なんだか恥ずかしかった気がする」


 ほんの少しだけ、顔を背けて、そんなことを言う夕香。


「よし、勝った」


 何の勝ち負けかは不明だけど、夕香にも、そのくらいの恥じらいはあったらしい。


「まー君は?」

「割と恥ずかしかった」


 たぶん、こいつが感じている数倍くらいは恥ずかしかった。


「それだと、全然勝ってないと思うんだけど?」

「少しは照れてくれた時点で、俺にとっては勝ちなんだよ」


 あっさりと「キスもいいね」とか言われたら……まあ、諦めるしかなかったけど。


「ま、いっか。これからもよろしくね、まー君」

「ああ、こちらこそ、よろしく、夕香」


 そんな、何の意味があるのかわからない挨拶を交わす俺たち。

 その後も、色々じゃれあった後、すっかり暗くなってから帰宅することになった。

 こうして、関係が変わったのか変わってないのか不明な一日が過ぎ。


 翌日。


「おめでとー、二人とも!」

「キスシーン、良かったよー!」


 登校した俺たちを待ち受けていたのは、クラスメートの熱烈な歓迎だった。


「ちょ、ちょっと待て。なんで、いきなりクラス中に広まってるんだよ」

「私は、別に言ってないよ?」

「なんか、第一容疑者に上がりそうなんだがな」


 ともあれ、こんなところで嘘はつかないだろう。となると……。


「あー。昨日の夕方だけどさ。あの二人の関係、知りたくない?て話があってだな」


 友人の一人が気まずげに俺に話しかけてくる。


「まさか、だけど……」

「スマホアプリで録画しようって悪ノリしたやつがいてな」

「お、おい。それじゃまさか……」

「俺は止めたぞ。ただ、特に、女子連中が盛り上がってしまったんだよ」


 マジか。と、俺は呆然としていた。

 色々、こっ恥ずかしい事を言った気がするけど、全部ばっちり見られた、と?


「さすがに、それは公開処刑って奴だろ。勘弁してくれよ……」

「一応、一度見たら、消すって事になったから。たぶん、大丈夫、のはずだ」

「そういう問題じゃないから」


 ふと、隣の夕香の様子を見ると、今までに無い程、顔が紅潮している。


「うう……」

「お前も、さすがに衆人環視だと思うと、恥ずかしかったんだな」


 そんな、彼女の新しい一面を知ったのだった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆


今回は、いつもより少々短めです。

ちょっとあるきっかけで、このお話のアイデアを思いつきまして。

構想から約3時間くらいでかきあげた代物です。

アイデアは生物なので、ががっと書いてしまわないと、みたいな。

テーマは「膝枕」でしょうか?


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目が覚めると、幼馴染に膝枕されていた件 久野真一 @kuno1234

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