第15話 死

 我々は、大人も子供も、利口も馬鹿も、貧者も富者も、 死においては平等である。


      ガブリエル・ロレンハーゲン ライヒの教育者・詩人・牧師


 私は神に会う覚悟はできている。 私と会見するという厳しい試練への準備が神の側でできているかどうかは別問題だが。

      ウィルストン・チャーチル アルビオン連合王国元首相



 始まりは小さな頭痛だった。コーヒーを飲めば収まる程度の。幼女のころからコーヒーを飲んでいたのだ、更に戦時中はカフェイン生成術式で直接脳に注入したりもしている。軽いカフェイン中毒かも知れないな、とターニャは気にもしなかった。

 次に違和感を覚えたのは胸だった。大戦中散々酷使してきた肺である。だが、健康診断は金をかけて十分に行っている。肺に異常が見つかった事は無い。一応医者に見せるも異常なし。大体、頭と心臓が残っていれば大抵のものが治るのは大戦で経験済みだ。もし治らないのであれば銀翼突撃賞を貰った後は、後方待機になっていたはずである。

 特に何もないのに夜中に目が覚める。なぜか不安感に包まれる。会社の業績はPMC部門も投資部門も順調。部下も順調に育っており、自分は部下の提案にサインをするか、たまに指示する程度。休暇も十分とっているし、それなりに楽しんでいる。さらに言えば合衆国は泥沼のインデンシナ半島から撤退し、代わりにコミーがアルガンで苦しんでいる。言う事無しだ。後10年もしないうちに冷戦は資本主義の勝利によって終わりを告げるだろう。


(なぜだ、お前の活躍により、世界中の人間に信仰心が生まれ、涅槃へと至る人間は増えた。だがもう一人の力を与えた人間は、以前力を与えた人間と同じように同じ人間に殺された。お前だけが成功例だ。お前と何が違う。信仰心では明らかにもう一人の人間の方が上であったのに)


 頭の中に声が響く。忌々しい存在Xの声だ。即座に打ち殺そうと思ったが、過去に肌身離さず持っていたライフルは、流石に世間体もあることから、ここしばらく持っていない。せめて枕元には置いておくべきだったかと思うも、ここは旅行先のリゾートホテルである。持ち込みはできない。


(それは、貴様達が人間を侮っているからだ。神にすがる事などそれ以外の努力を放棄した人間のたわごとだ。おまえが放り込んだ環境で、私は足掻き、努力した。一方貴様達の力を与えたもう一人の糞袋はどうだ。私より才能で勝りながら、貴様達に与えられた力に胡坐をかき、自分で考えようとせず、挙句の果てに味方殺しで殺された。最後に立っていたものは貴様達に愛されていたものではない、最後までお前たちに縋らず足搔いていたものだ!

 私以外のものは、貴様に与えられた力に胡坐をかいていただけではないのか!ただ単に神を信じよ、などと言っていただけではないのか!)


せめてもの抵抗に、ターニャは反論する。


(その無礼な言いよう、いまだ信仰心に目覚めてないと思われる。だが、お前の言う事も一理あるな。ふむ考慮しよう)


(何を考慮すると言うんだ。この悪魔め!)


 ターニャはテーブルの上の花瓶を床に叩き付けたところで間が覚める。花瓶はわれておらず。窓から朝日が差し込んでいる。


「ちっ、リゾートまで来ていやな夢を見てしまった」


 ターニャはベッドから起き上がり、着替えようとしたところで、むせかえり、咳をする。口元を抑えた手にはべっとりと血がついていた。



「・・・・・中佐殿。大隊長殿」


(なんだ、まだ昔の階級で呼ぶとは。誰か酔っぱらっているのか・・・)


 ターニャが目を覚ますと、口には酸素マスクが嵌められ、身体には何本もの点滴の針が刺さっている。身動きが取れない中、僅かに目を動かしてみる限り病院の様だ。しかもどう見ても重症患者用だ。そう言えばホテルで血を吐いて倒れたんだったな、と思いだす。

 周りにはセレブリャコーフ、ヴァイス、グランツがいる。皆涙目で自分を見ている。何となく自分を見る目で察してしまった。なぜならその眼は戦場で何度も見た、もはや助からない者を見る目だったからだ。


「私の病状はなんだ。健康には問題なかったはずだが」


 酸素マスク越しで聞こえなかったのか、誰も答えない


「聞こえなかったのか?病名を報告したまえ」


 ヴァイス部長が涙を流しながら敬礼をし、話し始める


「中佐殿の・・・、大隊長殿の病名は魔力暴走であります。今の技術では暫くの間抑え込むのが精一杯との事です・・・」


 何たることだ、存在Xの仕業に違いない。ターニャは存在Xに怒りを新たにする。


「私に残された時間はどれぐらいだ」


「2日、長くても3日だそうです」


 ヴァイス部長が涙声で答える。全くセレブリャコーフ君のような女性ならともかく、厳つい男の涙など需要などないだろうに。しかし、こう来るとは予想していなかった。まだまだ存在Xを甘く見ていたと言う事だろう。暫く考えを巡らせるも、もはやこの世界ではやれることはない。


「ヴァイス副長。今後の指揮は君がとりたまえ。すべての権限、財産を貴様に託す。セレブリャコーフ君、ヴァイス副長を補佐したまえ。グランツしっかり2人について行きたまえ」


 こうも早く死ぬとは予想外だったため、遺言などは残していないが、幸か不幸か自分には財産を残す血族がいない。それに、上官が死んで次席指揮官が指揮を受け継ぐことなど戦場では日常茶飯事だった。あれほど嫌っていた戦争での経験が役に立つとは、いやはや人生とはわからぬものだ。だが、私は死は終わりでないことを知っている。



「大佐、ティクレティウス大佐」


 自分を呼ぶ声が聞こえる。目を開き見渡すとベッドの上だった。おそらく軍の病院だろう。海軍特殊部隊め、独断でフランスに核を叩き込もうとした自分に1人に、ご丁寧に鎮圧用のガスを使いやがった。どうせヨーロッパ全土が沈むのだ、ならば最も価値の高い時に売るのが道理ではないか。


「お気分は、如何ですか」


「最悪の気分だ。折角今後のBETA戦で有利に事を進めることが出来たものを。上の連中は馬鹿なのか」


 ターシャ・ティクレティウス大佐はガスの影響を振り払うように首を振る。全くこの世界は前々回よりもくそったれな世界だ。時間逆行ならまだいい。だが、人類が地球外生命体に滅ぼされようとしているなど、市場原理が働きようがないではないか。

 ターシャー・ティクレティウス大佐は4度目の人生を送っていた。前世の知識を生かし統合参謀本部きっての切れ者との評も得ている。いまだ30代後半でありながら、異例の昇進をした出世頭筆頭。軍の内部でも彼女のシンパは多い。

 目の前の軍人もその一人だ


「緊急査問会が開かれるそうです。体調が戻りしだいご出席をお願いします」


 生かして査問会を開くと言う事は、なにがしかまだ自分から意見を聞く気があるのだろう。

 存在Xめ、まだ負けたわけではない。貴様が私を何度でも試すのなら、私は何度でも立ち向かおう。戦いは最後に立ってたものが勝利者なのだ。ティクレティウスは固く決意を新たにし、査問会へと挑む。人類の最終的な勝利を信じて。



 後書き


 WEB版を読んでない方には分からないかもしれませんが、ターニャは「ルナティック・ルナリアン」という物語で地球外生命体と戦争(通称BETA大戦)になる世界に転生させられています。どうやら、一度は負けて(喰われて)、その世界で2度目の転生をしているようです。

 一応これでザラマンダーエアサービス活動記録の物語は終了です。お楽しみいただけたでしょうか。本当は小説の13巻がもう出てるはずだったのですが・・・。まあコミックの方は月間とは思えない速度で出てますので、それを見て楽しみたいと思います。

 また良ければ他にオリジナルの小説も書いていますので、読んで頂けたらともいます。

 ここまで読んで頂いた皆様に感謝を。

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ザラマンダーエアサービス活動記録 地水火風 @chisuikafuu

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