第6話 ゴンゴ動乱

生活のための闘争といっているものは、正直なところ、成功のための闘争にほかならない

                  バートランド・ラッセル 「幸福の征服」より

 

 ザラマンダーエアサービスはここ最近ゴンゴ地域における輸送業務で大忙しだった。チョコレートの有名な国からの独立に伴う混乱が収まらなかったからだ。相手の望む場所へ、望むものを、望む時間に。本来の業務内容であり、多少部下たちは危険は伴うが、ラインや東部と比べれば何ほどの事もない。この業務に耐えられないものは、とうの昔に戦争という名のふるいにかけられていなくなっている。

 合衆国はゴンゴ産のイエローケーキを使用して多くの水道管を作っており、この地域の地下資源には重大な関心をよせていた。そんな豊富な地下資源に連邦やシナ人民共和国が関心を寄せないはずはなく、独立戦争に伴う内戦は東西の代理戦争へと様相を呈していった。

 

 そんな折、ザラマンダーエアサービスへカンパニーの代表として訪れたジョン・ドゥ局長の要求はターシャ・ティクレティウスにとって不思議なものに感じられた。


「ゴンゴに民主主義政権を誕生させたい?」


「はい。ご存じのようにゴンゴ民主共和国の内戦は解決の糸口が掴めません。合衆国としては民主的な大統領が誕生させ、これ以上の混乱を防ぎたい」


 ジョン・ドゥはこの命令を拝領したとき、大統領をうち殺したい衝動にかられた。よりにもよって闘争と火力をこよなく愛する化物に、民主的な政権を誕生させる手伝いをさせろなどとは。虎を使って、兎に芸を仕込むようなものだ。芸を仕込む前に餌と思って食べられてしまうだろう。


 一方依頼を受けたターシャの方は、アフリカに経済的な魅力を感じてなかった。民主的で平和な資本主義の国家の成立など、教育が満足にいっていない国でできるわけがない。順番が違うのではなかろうか。先ずは国民に教育を施してからやるべきことである。そうでなければ一部の教育を受けた層の独裁政権となるだけだ。


 アフリカに関しては旧大陸人が中心となって散々搾取したおかげで、あと50年はまともな政権などできない、とターシャは考えている。ならば必要なものだけ手に入れ、放っておくのが一番良い。まあ、ゴンゴに限らずアフリカの惨状に対して思うところがないとは言わないが、ビジネスは別である。


「ジョン・ドゥ局長に私が言うのもおかしな話ですが、先ずは国連を通じて教育体制を整えるのが先決では?」


 故にターシャはごく一般的な解決方法を提示する。正直、合衆国の国際評価を上げる事など政治家がする仕事だと思っているのだが、仮にもお得意様である。介入した挙句、評価を落とすような真似は注意した方が良いだろうとの親切心である。


「その国連の職員が人質になっているのです。あの地でインフラの向上や教育水準を上げるためには政治の安定が必要です」


「それは傷ましいことですが、そもそも安全を確保してから行った方がよかったのではないですか?」


 戦場カメラマンではあるまいし、そう言うところに戦闘能力を持たない民間人を送り込む方がどうかしているとターシャは思う。義務教育レベルなら別に専門の先生が行く必要もないし、軍医はちゃんとした医者だ。


 そもそもの問題として、彼らは共産主義者というわけではない、武器が欲しいだけなのだ。それを連邦が武器を供給したからと言って、こちらも対抗するから争いが激化する。どちらか一方が勝てば、おのずと利益のある方へすり寄ってくる。どうせ連邦は継続的に利益を供給できない。であれば合衆国にすり寄ってくる可能性は高いと思われた。まあ、争いが激化しているおかげで会社が潤っているので、あまり強く言うつもりはないのだが。ただ、この国に関してはそろそろ潮時だろうとは考えていた。


「いっそうのこと、暫く放っておいたらどうですか?」


 ターシャはジョン・ドゥ局長に対する善意からそう申し出る。


「しかしそれでは、国連の職員のみならず、数十万の犠牲が出ます」


「でしょうな」


 数十万の犠牲と言われて、眉一つ動かさず、コーヒーを口に運ぶ化物。ジョン・ドゥ局長は痛み始めた胃を抑えながら、依頼する。


「今回は基本的に輸送任務だけです。チョコレートの国のパラシュート部隊が作戦に従事することになっています」


 後はすべてこちらでやるつもりである。大統領が輸送機を出すのを渋らなければ、このような交渉に来る必要もなかった。今回の作戦の実行部隊にザラマンダーエアサービスを参加させるつもりはない。


「まあ、他ならぬジョン・ドゥ局長の頼みです。お引き受けします。ただ、一言ご忠告申し上げますが、モフツ・セセ・セコという人物は信用されぬ方がよいかと」


 なぜ、カンパニーが大統領にしようと画策している人物を知っている!ジョン・ドゥは思わず叫びそうになったが、鋼の意思でもって笑みを浮かべる。


「ご忠告感謝いたします」


 チョコレートの国と合衆国の合同作戦、ドラゴン・ルージェ作戦は成功裏に終わった。その後クーデターが起こりモフツ・セセ・セコという人物が大統領となる。最初は5年で民主主義に移行することを約束し、西側諸国に歓迎されたが、それが守られることはなく30年以上にも及ぶ独裁政権が生まれることになった。西側諸国の企業はことごとく国有化され、後に、モフツ政権はアフリカにおける腐敗と失敗の代名詞として扱われることになる。



後書き


 いかがでしたでしょうか。面白いと思っていただけたら嬉しいです。

 また他にも、同じペンネームでオリジナルの小説を、カクヨム様と小説家になろう様、両方で書いていますので、是非読んでいただけたらと思います。

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