第5話 バレノン危機

 努力して結果が出ると、自信になる。


 努力せず結果が出ると、おごりになる。


 努力もせず結果も出ないと、後悔が残る。


 努力して結果が出ないとしても、経験が残る。


                         発言者不明とあるメモ帳より



 ザラマンダーエアサービスは一般の知名度こそ低いものの、とある方面においては最も信頼できるエアキャブとして、着実に実績と信頼を積み上げていた。それと共に胃痛に悩む人々も着実に増やしていたが・・・。


 それを運営するターシャ・ティクレティウスCEO事ターニャ・フォン・デグレチャフは会社の経営状況を記した帳簿を見、ご機嫌だった。ヴァイス部長もグランツ課長も民間のやり方にだいぶ慣れてきた。そろそろ自分が直接指揮をしなくても、後を任せ、暫く自分は長期休暇を取っても良いだろう、とターニャに思わせるぐらいには。そしてつい最近自分の表立った出国の許可も下りたところだった。


「セレブリャコーフ君、貴君はどこが行きたいところがあるかね?」


 ターニャは元副官で現在は秘書をやっているセレブリャコーフに尋ねる。と言うのも長期休暇となると自分独りでは物寂しいが、誰か連れて行こうにも当てがなかった。セレブリャコーフ君には悪いが、同伴してもらうつもりだった。

 出張扱いをするにしても、上司の鞄持ちなど面白くないに違いない。少なくとも自分が同じ立場だったら面白くない。せめて行きたいところがあるなら、そこにしようとの考えだった。

 まあ、前世でも今世でも仕事を真面目にこなし、バカンスなどしたことが無く、何処に行ったら良いか分からない、と言うのも有ったが。


「私は社長が行かれる所なら、そこが私の行きたい場所です」


 セレブリャコーフはまるで新たな戦地に向かう、とでも言うように敬礼して答える。


「セレブリャコーフ君、何か誤解があるようだが、私はバカンスを取りたいと思っているだけだよ。せっかく普通・・のパスポートがとれたのでね。

 かといって私はその手の知識には疎い。そこでセレブリャコーフ君の知識を頼っただけだよ。ああ、すまないが、バカンスにはセレブリャコーフ君も同伴して欲しい。勿論出張扱いだ」


 孤児院で育ち、8歳にして士官学校に入り、その後は戦争、戦後は合衆国の士官学校に入り、任官後異様な速さで昇任し、直ぐに退職、会社を立ち上げ、バルバロッサ作戦を側面から支援している。確かに自分が敬愛してやまない戦闘団長殿は、その手の知識が少なくても仕方がない。セレブリャコーフは敬愛する戦闘団長殿の為に頭をフル回転させる。


「それではバレノン何かはどうでしょうか?大戦の影響も少なく、首都ベイトールはリゾート都市として、中東のパリスィーと呼ばれているところですよ」


 セレブリャコーフは少ない知識の中で、最近リゾート都市として人気の都市を挙げる。


「ベイトールか・・・」


 ターニャは悩む。中東とかテロと戦争と難民のイメージしかないが、確かに大戦後しばらくは栄えていたはずだ。一応将来必要になるだろうと、設置している事務所からも平和な報告が上がってきている。

 この時代アジアはまだ発展してないし、旧大陸はまだ復興途中だ。


「ふむ、悪くはないか。セレブリャーコフ君、二人分の航空券とホテルの手配を頼む」


「はっ、了解しました」


 おいおい、セレブリャーコフ君、我々はもう軍人ではないのだよ、と注意しようと思ったが、バカンス前に些細なことで怒ることもあるまいと、ターニャはそのまま黙っておいた。


 


「どうしてこうなった」


 最初は自分が考えていたことは杞憂だったと思わせるほど、ベイトールは発展し、治安のよい都市だった。1ヶ月間滞在し、さあ帰ろうという時に、現大統領に対する反乱がおきてしまったのだ。現地に小さいながらも事務所を置いておいたのは正解だった。まあ、この程度の事、大戦時の末期に比べれば大した事はない。事務所の中でターニャは今後の作戦を考える。



「アイゼンアワー大統領。直ちに、今すぐに、一刻も早く軍を派遣すべきです」


 普段は影の薄い、会議に出ていてもどこにいるかわからない男が、声を荒げて大統領をせかしている。


「それほどの案件かね。しばらく様子を見て派遣しても問題ないレベルの反乱だろう」


 実際、合衆国にとっては暴徒が暴れているレベルの事である。他に優先すべき問題があるようにしか思えなかった。

 ドアがノックされて、一人の男が部屋に入り、声を荒げている男、ジョン・ドゥ局長に一枚の紙を渡す。紙を見たジョン・ドゥ局長は見る見るうちに顔色が赤から青へと変わっていく。


「ザラマンダーエアサービスが全力で合衆国軍を支援するとの事です。合衆国軍が動かない場合、単独での行動も辞さないと・・・。ここで動かないと一生後悔に苛まれる事になるでしょう」


 ジョン・ドゥ局長はまるで世界の終わりが来たような顔をする。実際、ジョン・ドゥ局長は本当にそう思っていた。

 全く共産主義者の馬鹿どもめ、自分たちが何に手を出したか分かっていないのだろう。まあ、彼女の身分を分からなくしているのは自分たちなので、共産主義者に怒るのは筋違いなのだろうが、感情に任せず行動しなければ、こちらもやりようはあった。せめてあと1週間、彼女が合衆国に帰ってくるまで大人しくしておけばよかったのだ。もう一度世界大戦を起こす危険性を考えれば、譲歩や支援など欲しいだけくれてやったのに。

 筋違いとは思いつつも、ジョン・ドゥとしては共産主義者に対しての怒りが収まらない。


 ジョン・ドゥ局長、及び状況を知った国防省長、そして陸海空すべての司令官の説得により、速やかにバレノンに合衆国軍が派兵されることとなった。その規模は空母3隻を含む第6艦隊の派遣、派遣人員約15,000人、後方支援約40,000人という暴動を鎮圧するレベルとは思えないほど大規模なものだった。

 アメリカ軍は速やかに首都の空港と港を占拠し、結局反乱は3ケ月という短い期間で終わることとなる。


 砂漠の中にある空港に、飛行機が降り立つ、そこには大勢の人が直立不動のまま立っているが、飛行機の中からは2人しかおりてこなかった。


 タラップに1人の老人が近寄る。


「これはジョン・ドゥ局長。わざわざお出迎えしていただけるとは光栄ですな」


 太陽の光を反射し、輝く銀髪をたなびかせて、航空会社の若き社長は挨拶をする。


「いえ、ティクレティウスCEOこそ、せっかくのバカンス先で大変な目にあわれましたな。ご同情申し上げます」


「大変?ああ共産主義者共の暴動の事ですか。まあ、合衆国の素早い対応のおかげで、死者を多く見なくて済みましたよ」


 ターシャは素直な賛辞をジョン・ドゥ局長に送る。合衆国があそこまで素早く動けるとは思わなかった。自分の手を汚さなくて済んだのも良いことだった。自分は人殺しを厭う平和主義者なのだから。


 一方ジョン・ドゥは、いったい何人殺す気だったんだ、と叫びたくなる。きっと聞くにもおぞましい計画がなされていたに違いない。だがともかくこの件は終わったのだ。死者は出たが戦火は広がることなく、彼女は帰ってきた。何時までも考えていては身が持たない


「ジョン・ドゥ局長。一言申し上げるなら、これは例外的な成功と思った方がよろしいでしょう。あまり、中東に深入りしないことをお勧めしますよ」


 ターシャは純粋に今回の合衆国軍の行動に対しての好意からそう意見する。


「肝に銘じましょう」


 だが、このあまりにも速やかな紛争の解決は合衆国の傲りを生み、そして共産主義者はより狡猾になったのである。この事により、合衆国は各所で泥沼の戦争を繰り返すこととなった。



後書き


 いかがでしたでしょうか。面白いと思っていただけたら嬉しいです。

 また他にも、同じペンネームでオリジナルの小説を、カクヨム様と小説家になろう様、両方で書いていますので、是非読んでいただけたらと思います。

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