第37話「我々は君のことを歓迎するよ」

──パチパチパチ……!


 足達はまるで称賛でもするかのように拍手を送ってきた。

『いやぁ……。なかなか見応えがあったよ。一名負傷者が出てしまったのは不本意だったがねぇ……』

 信じられない。

 そこは、マコたちを閉じ込めた相手──制服警官たちが座っているべき場所である。そこに足達の姿があり、困惑してマコは首を傾げた。

「足達教官……?」

「どういうことだっ! なんで、あんたがそこに居る!?」

 清澄はマコとは違って逆上していた。顔を真っ赤にして、モニターの中の足達を怒鳴り付ける。

『いやぁ、ハッハッハッ。まぁ、そう怒るなよ……』

 怒り狂う清澄に向かって、足達はヒラヒラと手を振った。

『これはね、学習なのだよ。分かるかな? 我々は警察組織に属する一構成員なのだよ。感情のいらぬ木偶人形と一緒さ。その意味がわかるかね?』

──分からない。

 清澄もマコも、首を傾げた。そもそも怒りで、足達の言葉を理解する気持ちすらなかったのかもしれない。

『これはね。警察官としての在り方を、君たちに知ってもらおうという体験なのだよ。我々警察官は……国家権力を持った我々が、市民たちにどう見えているか。どうあるべきか。それを市民の立場で知ってもらおうという取り決めさ。権力が歪めばどうなるか……これで分かっただろう? 一般市民は、怯えるしかなくなってしまうのだ』

「そんなことのために、私たちを閉じ込めたんですか……?」

『そんなこと? まぁ、そうだろうとも。我々にとっては、「そんなこと」程度の認識なのかもしれない。しかし、国家権力を前にした善良な市民は決して「そんなこと」では済まされないことなのだよ。恐怖や不信感、嫌悪感……そんな市民が抱いた負の感情すらも、我々警察組織にとっては揉み消すことなど容易いことなのだよ』

──本当にそうなのだろうか。

 そんなことができるのだろうか。

『我々は、どうあっても道を踏み外してはならない。市民のために、身を粉にして働くべきだ。そのことを早いうちから知ってもらうために、シミュレーションの一つとして今回の催し物が行われたわけだ。新人を集めて、これは定期的に開催されていることなのだよ』


 足達の後ろに、お面を被った制服警官たちがぞろぞろと並び始める。みんな素顔を隠していたお面を取ると敬礼をした。

『ご苦労様です! 城田さん、伊吹山さん!』

 敬礼をした彼らは、一斉に警察手帳を掲げて身分を明らかにしてきた。

 確かに、偽造などではない──本物の警察手帳に見える。

──ということは本当に、マコたちをこの建物の中に閉じ込め、殺し合いをさせたのもまた警察組織ということなのだろうか。


 並んだ警官たちの代表として、髪の長いロングヘアーの婦警が前に出て口を開いた。

『私たちも、前回、あなた達と同様にここでこの試験を受けたわ。本当にとても恐ろしい体験だったわ……。大きな力を持った者は正しきことにその力を使わなければいけない。お陰で、そんなことを学ばせてもらった、素敵な機会だったわ!」

 婦警は目を輝かせながら手をパチンと叩いた。

「ここで試験って……ここは何処なのよ……?」

 閉ざされた狭い空間──マコにはこんな場所に見覚えはない。

 婦警の代わりに説明したのは足達であった。

『警察学校の寮に建てた地下室さ……。君たちの夕食に睡眠薬を洩らしてもらってね。寝ている間に、ここへと運んできたのさ……』

──なるほど、とマコは思った。

 だからマコには暴漢に襲われた憶えも、誰かに拉致された記憶もないのだ。ただ部屋で眠っていて運び込まれたのだから、その時の記憶が残っているわけもない。


 しかし、マコにはまだ足達や婦警の言葉が信用できなかった──。

 なんせ大切な親友や仲間たちを失ったのだ。

 これが全て催し物だというのなら──。

「綾咲ちゃんは? 間石君は? 清澄君は? 佐野君は……?」

 頭に思い浮かんだ人たちの名前を口にする。

『勿論、無事だとも』

 足達は頷いた。

『処刑の映像は予め加工したものだ。実際に処刑などされておらんさ』

 足達はそう言いながら、ワイプで小さく処刑映像を画面に表示させる。そう言えばどことなく作り物っぽさややっつけ感があったが、本当に加工された映像であったらしい。

 冷静に考えれば納得できるのだが、実際にそれを知らずに見れば立派な処刑映像として認識してしまう出来である。

 映像の素人が作ったにしては、それなりの技術はあるようだ。

 マコもそれを見て本物の処刑だと錯覚させられてしまっていた。


『しかし、残念だ……。メンバーの構成を見てもらえば分かるはずなのだがなぁ……』

 足達は顎に手を当てながら呟く。

『監督者、学生……それから一般市民。このテストでは、いかに警官が身を犠牲にして一般市民を救えるか……ということを学んで欲しかったのだが、まさか本当に傷害事件を起こしてしまうとはなぁ……』

「そ、そんなの、分かるわけがないだろう!」

──本当に命懸けの状況で、清澄も必死だったということはマコにも分かった。

『分からずとも、やってはいけないこともあるものだよ』

 急に低く、ドスの利いた声で足達は叫んだ。

『もしも目の前に刃物を持った犯人が現れた時、お前は一般市民を盾にするのか!? 災害が起こった時に、我が身大事に避難誘導の任務を放棄して自分だけ助かるために逃げるのか!?』

「そ、それは……」

 足達の気迫に、清澄は何も言い返せなくなってしまう。

『そうではないだろう!? 例え自分が刺されたとしても、一般市民は逃さなければならない! 例え土砂が押し寄せて来ようとも、自分の命よりも一般市民の生命を守らなければならないのだ! それが我々警察の使命と任務であろうが!』

 足達に一喝され、清澄は反論することが出来なくなってしまう。

『貴様のその罪は、今後も一生消えんのだぞ!? 「市民を見捨てて自分だけ助かろうとした警察官」……として報道で叩かれ、世間から叩かれ、警察組織の評判を貶めて……。そんな人間など、端から警察組織には相応しくない! これは、ある意味、そうした篩でもあるのだよ……』

「篩って……それじゃあ……」

『今すぐ辞表を提出することだな。伊吹山清澄……貴様は、我々の組織には相応しくない人間だ!』

 ピシャリと足達に行って退けられ、清澄はガクリと膝を落としてしまったものである。


 鋭い眼光を清澄に向けていた足達だが──マコへと向けた目は穏やかになる。

『その点、城田君。君はギリギリ合格といったところかな。最後の一人になる前に、身を引くことを選んだのだからね』

 それはたまたま偶然のことであった。単に、清澄に反証できる力がなかっただけである。

──しかし、そんな訂正すらマコにはする気にはなれなかった。唇をワナワナと震わせ、涙を流す。

「私たちを騙していたんですね……。私は……みんなは、足達教官のことを信じていたのに……」

『……まぁ、なんと思われても仕方がないがね……。おめでとう、城田君。兎に角、学習体験はこれで終わりだ! 辛かっただろうが、よくぞ乗り越えたな!』

 足達はにこやかだった。後ろの制服警官たちもパチパチとみんなで拍手を送り、マコの頑張りを讃えたものだ。

「やめてください。私は、そんな……!」

 抗議の声を上げようと口を開いたマコに向かって、画面の中の足達は手を出して制した。

『何も思わなくて良い。何も感じなくて良い。……ただ、君は警察官としてこれで一皮剥けることができたことだろう。善良な市民のために生きる真の警察官としての素質があることが分かったのだ。素直に喜ぶと良いさ』

「いえ、私は……」

『……ようこそ本当の警察組織へ。我々は君のことを歓迎するよ』

 画面越しに足達はマコに向かって手を伸ばした。制服警官たちもそうである。みんながみんなマコを招き入れるかのように手を伸ばしてきた。

 そんなモニターに向かってマコは──。


 自然と手を伸ばしていた。

「……私も……組織の一員……」

──何だか、その言葉がとても素晴らしいことであるかのように感じてきていた。

 マコの目がグルグルと、円を描くかのように回ったのであった。

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