第36話「選ばれし一名が、確定致しました」

「うぅ……」

 マコが顔を顰め、体を起こした。

 どうやら部屋のベッドの中で眠ってしまっていたらしい。

 衣服は何も羽織っておらず、裸の状態であった。

 先ずは何か着るものはないかと部屋の中を見回す──。

 端の方に丸めて置いてあった衣服には赤黒い血のような染みがあり、マコは何やら嫌な予感がしたものである。


 新たな衣服を見付けて着替えたマコは部屋を出た。

「綾咲ちゃん、綾咲ちゃん!」

 隣室の扉のドアを叩くが返事はない。


「足達教官! 間石くーん!?」

 マコは呼び掛けながら施設内を歩き回ったものである。

 しぃんと静まり返っていて、人の気配はまるでない。

 いったい、自分が眠っている間に何が行われていたのだろうか──。


 ふと、モニター室の扉が半開きになっていることに気が付いた。

 ゆっくりと近付いたマコは、警戒しながら扉の中を覗いた。

 男が一人──点灯したモニターを見上げて仁王立ちしていた。

「清澄……君……」

 マコは思わず緊張してしまった。


 清澄もそれでマコのことに気が付いたらしく、振り返ってニチャアと笑った。何やらこれまでと違って晴れ晴れしく穏やかな表情だ。

「やぁ、マコ君。目が覚めたんだね。……いやぁ、本当に良かった……」

「みんなは……? 綾咲ちゃんや足達教官……間石君は……」

「死んだよ……」

 短的に清澄は言った。

「死んだ……? そんな……。いったい何が……?」

 まだ意識が朦朧としているらしく、マコは霞んだ目を擦った。

 自分がどうして意識を失ったのか、今の段階では思い出せてすらいないようだ。

 そんなマコの目に、床の血溜まりが写った。

「ひぃっ!?」

 小さく悲鳴を上げて、飛び上がってしまう。

──部屋の衣服についた血も、フラッシュバックしてくる。

「血……? 誰のもの?」

 マコが尋ねると、清澄は笑った。

「僕達の、敵のものさ……」

「敵……?」

 真っ先にマコの頭に浮かんだのは、マコたちをここに閉じ込めた制服警官の姿である。お面を被って顔を隠して、マコたちを良い様に弄んでいる。そんな彼らに一矢報いることができたのであろうか。

「……綾咲さんのね……」

──ところが、次の清澄の言葉でマコの頭の中は真っ白になった。


「綾咲……ちゃんの……?」

「ああ」と、清澄は頷いた。

「追い詰められて発狂した間石の奴が、最後の抵抗とばかりに綾咲君を刺したのさ……。僕も必死に止めたんだけれどね……救うことはできなかったよ……」

「そ、そんな……」

 現場を見ていないマコには、それが真実であった。

 綾咲が死んだという情報を聞かされ、ショックの余り呆然としてしまう。


「……ああ、そうだ。……最後に見ないか?」

「見る……?」

 呆然とするマコに、清澄は尋ねた。

 言葉が理解できず、マコは首を傾げた。


「お~い! 頼むよ!」

 清澄がカメラに向かって叫ぶと、モニターに鯨のお面の制服が写った。

──久々に見たその姿に、マコはギョッとしてしまったものだ。

「待たせてしまって悪かったね。宜しく頼むよ』

『畏まりました。少々予想外の事故もありましたが、刑の執行は執り行なわせてもらいます。今回は二件の罪で、二名に執行を行います』

 スピーカーから響き渡る声──。

「二名の……?」

 マコは制服警官の言葉を繰り返し呟いた。


──映像が切り替わり、足達と間石の並んだ姿が写し出される。

 画面の中の間石は怯えていて、キョロキョロと視線を忙しなく動かしている。対して足達は落ち着き払って目を閉じていた。


「間石君……足達教官!」

 画面の二人に向かってマコは呼び掛けたが、こちらの声は向こうに届いていないようである。マコが必死に叫んでも何の反応も示さなかった。


 画面の中央にテロップが写る。


──ボンバーの刑。


 テロップと共に、画面外から何か黒光りする球体が投げ込まれた。それは、床をコロコロと転げた。


『ドカーン!』


 凄まじい爆発音と共に、画面が暗転する。

 それで、映像は終わりだった──。


「ある意味、二人は苦しまず、安らかに眠れたかもね。一瞬で処刑されたんだからさ……」

 映像を見た清澄は冗談めかしてそんなことを言った。

「ところで……君はどんな殺され方をするんだろうねぇ~」

 そして、ニタッと清澄が不敵な笑みを浮かべたので、マコは身構えたものである。

「どういう……こと……?」

 マコには状況が分かっていなかった。


 清澄は、後ろに隠していたとある機械を取り出して操作を始めた。

———それは、初めにここに来て足達が使用した無線機だ。

 無線機に向かって清澄は話始める。

「もしもし……」

———ジーッ、ジーッ!

『こちらは、百十番。どうされましたか?』

 無線機から警官の声が聞こえてくる。

「通報だ。犯人を捕まえて欲しい」

『どういった事件ですか?』

 警官に尋ねられ、清澄は顔を上げると不敵に笑った。

「【覗き犯】だ……」


———えっ?


 清澄のその言葉に、マコは首を傾げてしまう。

『……通報がありました。どなたを【覗き犯】として告発されるおつもりですかな?』

「彼女だよ」

 清澄はゆっくりと――マコを指差した。


 どういうことなのだろう。マコはむしろ覗きの被害者である。

 実際にそうであるし、これまでそういう風に話が進んでいたはずである――。

「現場に彼女の指紋がついていたし……映像に彼女が覗きをする姿が写ってしたし……彼女の部屋から覗き犯が使用していたものと同じお面が見付かったし……ここに彼女が覗きをしているところを見たっていう証言者の録音がある……」

 次から次へと証拠品を取り出し、清澄はマコに反論の余地を与えなかった。

──戦場で意識を失うということは──敵のあらゆる準備を許してしまうということである。全ての証拠品は、清澄の手の中に握られていた。

「そんな……私じゃないよ……」

 マコにはそう反論の言葉を述べることしかできなかった。

――当然である。マコは被害者なのだ。例え映像が残っていたとしても、体格や見た目でそれを証明することはできただろう。

「これが、犯人の写真だ。どうだ。彼女にそっくりだろう?」

 そう言って、清澄がカメラに向かって見せたのは、例の廊下の写真であった。逃げるマコの顔は黒塗りされていて、覗き犯の顔の上にマコの顔が切り貼りされていた。明らかに作られたものであることが分かった。

「作り物だよ、そんなの!」

 マコは叫んだが、清澄は聞いていなかった。体は完全にカメラの方を向いている。

 清澄はさらに怒涛の如く証拠品を提出し、制服警官に向かって説明したものである。

 マコの存在など清澄の眼中にはないのだ。

――ひたすらに、カメラの向こう側に居る制服警官のみを説得するべく、清澄は適当なことを言い続けた。


『……承知致しました。城田マコを【覗き犯】の罪として拘束致しましょう……』

「……っしゃぁっ!」

 清澄は唾を吐き、ガッツポーズをした。

 逆に、絶望のどん底に叩き落とされたマコは膝をついてガックリと項垂れたものである。


『これにより、残り一名となりました。……選ばれし一名が、確定致しました……』

 そんな警官の声は、最早マコの耳には届いていなかった———。


「なぁ。早くここから出してくれよ。あんたらの目的は分からないけれど」

『それは、なりません』

「はぁ……!?」

──ここへ来て、制服警官が渋ったことに清澄の表情が険しくなる。

「一人だけが、此処から出られるんじゃないのか!?」

『いいえ……』

 徐ろに、制服警官は自身のお面に手を掛けた。そして、それを外しながら言葉を続ける。

『善良な市民であれば、此処から出られる……そう言ったはずだが?』

──ボイスチェンジャーの効果が切られたらしい。

 聞き覚えのある声がして、マコは顔を上げた。


 モニターに写っていた顔に見覚えがあり、マコは驚いたものである。

──足達教官。

 死んだと思っていた彼の姿が、そこにはあった──。

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