40 逆転審問

 ――死刑。

 その宣言をされたアルヴィはしかし。

 何一つ動じていなかった。そして、問い掛ける。


「その前に一つ聞こう。魔法の発動要件とは何だ」


「くだらん。ディオレス先生の前で魔法講義か?」


「言えないのならば、俺が教えてやろう。〝魔詞〟の詠唱。体内にある〝オド〟の発動。〝マナ〟の制御だ」


「それがどうした」


「俺が生み出した機構――魔銃は、その三要素を全て兼ね備えている。定義上は魔法そのものだ」


 アルヴィは懐から魔銃を取り出し、銃口をアーバムに向けた。


「……そんなはずがあるか。魔石で鉄の弾を撃ちだすことの、どこが魔法なんだ。どうですディオレス先生。今の話、聞いたでしょう。このガキは神々の逸話を腹の底から冒涜しきっている」


「そのとおりだ。そのような魔法を、魔法同盟は認める訳にはいかない――」


「〝爆ぜよ〟」


 アルヴィが銃口を上に向け、ごく短い〝魔詞〟を紡ぎ、引き金を引いた。

 銃声が村の広場に反響した。


「俺は理論の話をしているのだ。このとおり俺は魔詞とともに引き金を引いて体内の〝オド〟を発動させた。そして魔石とはマナの結晶体だ。マナはオドに反応し、爆発する。その爆発の勢いで銃弾が飛び出した、という訳だ」


 厳密には、既にアルヴィは銃弾の改良を施している。

 魔詞の詠唱もいらないのだ。

 だが異端審問を有利に進めるため、アルヴィは敢えてそのことを伏せている。


「どうだ。これは魔法同盟が定義する魔法になると思わないか?」


 アルヴィは銃口をアーバム、ルガー、ドドイドに順番に向けた。


「もちろんこの魔石は、どこぞの王宮や教会から盗み出した『聖なる魔石』などではない。俺がそのあたりから拾ってきたものだ。魔石を収集するにも知識と研究が必要な訳だが、どのみち自然に存在する石であることに変わりはない。お前らは、そんなものをあがめ奉っている。馬鹿馬鹿しいと思わないのか」


 神をも恐れぬアルヴィの言葉に一同が絶句する。

 暴力にものを言わせるドドイドですら、アルヴィの言葉に衝撃を受けているようだ。

 まるで天と地がひっくり返ったかのような驚きようだ。


「特にルガー。お前は俺が何度教えても理解ができないようだな。いいか。俺が生み出したものは、紛れもなく既存の魔法理論に基づいた、れっきとした魔導具だ」


「そ、そんなはずがないだろう! 魔法同盟のディオレス先生が言っておられるのだぞ! 大体その態度は何だ! 魔石を、神々の物語を崇める者の態度ではない! やはりお前は異端なのだ! 異端といったら異端なのだ!」


「これは審問なのだろう。ならば、俺の話が異端だと言い切れるだけの論拠を持ってくるのだな。俺もまた、神々の物語に基づき魔詞を紡いでいるのだ。異端などと言われる筋合いはない」


 もちろんそれもアルヴィの方便だ。

 体内に存在する〝オド〟を発動させるためには「イメージ」が重要で、その「イメージ」を強化するために、この世界の住民は「神々の物語」をベースにした魔詞を詠唱する。

 それほど人々は、神々の物語を信じ切っているのだ。

 だが先端魔導を理解するアルヴィには「神々の物語」は不要だ。

 この世界の人間に合わせるために、表向き魔詞を「詠唱してみせている」にすぎない。

 とは言えアルヴィはこの世界の人々の認識の上では、紛れもなく正しい魔法を行使しているのだ。


「まったく、ここまで懇切丁寧に説明してやっているのだが……それでも俺が異端と言うのか」


 アーバムは予想どおりの反応をしてみせる。


「当然だ! お前は神々を信じてなどいない。魔石をそのように扱うなど、古今の神々の物語には存在しない! ディオレス先生、この男、アルヴィは異端者で間違いないですな?」


「間違いない。そのような魔導具も詠唱も、通常はありえないものだ。神々を冒涜していると言えるだろう」


「アルヴィ、お前の罪はそれだけではないぞ。ここ最近、魔物が増えている。邪悪な魔導具がモンスターを呼び寄せていると見て、間違いないだろうな」


 アーバムは平然と嘘を重ね、異端審問を強引に終わらせようとする。

 魔法が発動する要素も、アルヴィの論理も、アーバムにとってはどうでもいいことだった。

 アルヴィを合法的に消す。

 それだけがアーバムの狙いなのだから。


「今度こそ異端審問は終わりだ。ディオレス先生が、異端と言ってる以上、貴様は異端なのだ! よって死刑に処する! やれ、ドドイド」


「ったくよ、前置きが長いんだよ! こんなガキ、異端審問なんてすっ飛ばして、さっさとブッ殺しゃいいものをよ! ああめんどくせえ!」


 ドドイドが大剣を抜いた。

 だが同時にアルヴィは二丁の魔銃を取り出す。

 アーバムとドドイドに銃口を向け、威嚇する。


「止まれ。動けば撃つぞ」


「てめえ……何のつもりだ」


「警告だ。次に撃ちだす銃弾は、モンスターを殲滅した時と同じ量の魔石が入っている。これが何を意味するか、お前らには分かるだろう?」


 撃たれた者の頭は吹き飛ぶだろう。

 魔銃の威力を警戒した全員が、その場で固まった。


「まだ審問は終わっていない。次は俺の番だ。アーバム。お前は魔物討伐ギルドと共謀し、村にモンスターをけしかけることにした。領民から高額の税を徴収する口実にするためだ。お前の目論見は既に暴かれている。この事実を認めるんだな」


「ふん、何のことか知らんな」


「おいおいクソガキが! 何の根拠もねえ事を言うんじゃねえぞ? もっとも、仮にそうだとしてもお前に関係はないだろうがよ!」


 アーバムはしらばっくれ、ドドイドは半ば認めた上で開きなおる。


「認められないというならば、アーバム。お前は全てを失うことになる」


「その武器で俺を殺すつもりか? だが殺したところで、魔法同盟が、王が、黙ってはいないぞ。お前は破滅するのだ」


「そうではない。罪を認めなければ、領主殿こそ文字通り全てを失うことになる――――」



 その時だった。

 アルヴィの言葉と同時に、おぞましい叫びが村に響いた。

『ギギギィイアアアアア――――!!!!』



「な、なんだ…………!?」


「ドドイド。お前の部下が廃城で見つけてきたモンスターが、本格的に動き出したようだな」


「馬鹿な……!! 俺はまだ解放しろと言ってねえはずだ……!?」


「お前の仲間――シーファとは話がついている」


 その名前を出された瞬間、ドドイドははっとした顔になり、アルヴィを睨みつけた。


「てめえ……やりやがったな!! だがよ。あんなモンスター、俺の手下にかかれば一瞬で殺せるんだ。ああめんどくせえ! てめえも殺す! 裏切り者のシーファも殺す! モンスターも、何もかも殺す!! そうすりゃ全部丸くおさまるなあッ!!!!」


 ドドイドは大剣を振り回し、アルヴィめがけて振りおろす。

 しかしそれよりも速くアルヴィが発砲した。

 銃弾はドドイドの靴のつま先に風穴を開けた。


「今のは正当防衛で良いよな? まだ異端審問は終わっていないからな……」


 ドドイドは痛みのあまり顔を歪ませながら叫んだ。


「ぐあああ! いてええ! てめえ……殺す! 絶対に殺し――――!!」


 だがドドイドの言葉はそこで途切れた。

 ドドイドの配下が血相を変えて走ってきたのだ。

 しかも全身が血まみれになっており、左腕を失っていた。


「な、何があった……!!」


「親分……全滅しました」


「何だと!? 相手はたった一匹だろうが!」


「お、恐ろしく強え……!! 百人以上いたのに、全員が…………うっ」


「おい、しっかりしろ、おい!! 本当に全滅だと? おい!!!」


 配下は呼びかけに答えることなく、目を開けたまま絶命した。

 ――バギギギッ、ガガッ……ドドドドド…………!!!!!

 街が破壊される音が、徐々に近づいてくる。

 あの巨大な蜘蛛――黒獣が破壊の限りを尽くしているのだ。

 かつて世界を危機に追いやったモンスターは、たった一匹でも村を滅ぼすには十分な力がある。通常の魔物討伐ギルドの手に負える敵ではない。

 さしもの領主も事態の急変に慌てはじめる。異端審問どころの話ではなくなっているようだ。


「おいドドイド! 何だこれは! まるで話が違うだろう! 何とかしろ!」


「お、俺だって知らねえよ!」


「この馬鹿ものが! 何のためにお前を雇っているのだ!」


 アルヴィを殺す。その次にモンスターを村に襲わせ、今度こそ税を上げる。

 それが領主の目論見なのだ。

 しかしこの事態を収める力はドドイドにはなかった。

 配下は全滅し、自らも負傷してしまったのだ。


「見ていられませんな。これでは異端審問もなにも、ない……」


 沈黙を保っていたディオレスが、そそくさと立ち去ろうとする。


「せ、先生……あんたは魔法同盟の講師だ。魔法が使えるのだろう! だったらあのバケモノを、倒してくれないか! 金は幾らでも出そう!」


「私は一介の魔法講師にすぎない……。モンスターを倒すなどとても……私は理論は得意なのだがね……」


 肝心な時にディオレスは及び腰になっている。その様子を見た途端、領主アーバムの態度が豹変した。


「こ、この役立たずが……!!」


「役立たずはあんたも同じだろう、領主殿」


「き、貴様……!! 最初からこれを狙っていたのか! モンスターをけしかけ、村を破壊するなど、死罪ものだぞ!」


 領主は明らかに動揺している。

 自分のことを棚に上げ、なぜかアルヴィのせいにしようとする。


「その理屈を適用するのならば、領主殿こそ死罪ではないか。あのモンスターは、ブラッククロウの配下が探してきたものだぞ」


 アルヴィはただ、そのタイミングを少し早めたに過ぎない。


「ぬう……! 小童め……!!」


 アルヴィは失笑する。

 そして勝利を宣言するかのように、領主に選択肢を突きつけた。


「さて領主殿。二つに一つだ。どちらかを選んでもらおうか。一つ目の選択肢は『罪を認めない』ことだ。そうすれば貴殿の領地はモンスターに荒らされ、民は死に絶え、お前も死ぬ。二つ目の選択肢は、罪を認め、俺を解放し、俺の異端審問もなかったことにする。さらに破壊された村の人々の建物は、お前の金で直せ。そうすれば俺が村を救ってやる。あのモンスター――黒獣を倒せるのは俺だけだ」


 こうしている間にも、あらゆる建物が圧倒的な力になぎ倒される音が聞こえてくる。

 アルヴィの言葉が嘘やはったりでないことは明らかだった。

 アーバムの顔が歪む。

 怒り、絶望、恐怖、あらゆる黒い感情が混ざり合い、言葉にならない言葉がうめき声となってひねり出される。


「早く答えろ。さもなければ全てが終わるぞ。黒獣がこの街を食らいつくすのが先か、領主殿の決断が先か――」


「ぬ……ぬ……ぬああああ…………!! おのれ、おのれ、おのれえええ―――!!!」

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