28 闇夜の先にいる者

 月明かりもほとんどない夜、二人は森へと向かっていた。

 アルヴィたちは三千発程度の銃弾を運んでいた。さすがに全ての銃弾を運ぶのは重量の問題があったのだ。


「本当にモンスターを殲滅できるのですか? もしそうでなければ、私の苦労が水の泡です」


「これだけの銃弾があれば、まずは全体数の三割は殺せるだろう。もし駄目だったら、またやり直せばいい」


「何と軽率な! 私は本当に死ぬかと思ったのですよ……」


「それは大げさだ。君は死んでいないだろう」


「そういう問題ではありません!! 一体何なのですか、あの実験は!? 王族にあのような仕打ちをする参謀など、聞いたことがありません!!」


「マイロード。全ては勝利のためです」


「こんな時だけ王様扱いするとは卑怯です……」


 クロエは壮絶とも言える実験と、魔弾の大量生産につきあわされた。

 アルヴィの助手として昼夜を問わず実験データを記録し、さらには二万発を超える銃弾に〝オド〟を封入した。

 オドとは生命力そのものなのだから、当然の結果だ。美しい少女はこの数日間ですっかりやつれてしまった。


「だが俺に命令したのは君だ。ミハイロを救うのだとな」


「それは私も同意ですが、やり方というものがあるでしょう」


「ところでクロエ。君は少し興奮しているようだな。もう少し静かに喋った方が良い。俺達は誰にも見られてはならないのだ。落ち着くといい。オドを制御する時のように、呼吸を整えるのだ」


「……問題ありません。索敵魔法と隠密魔法は既に発動しています。私達の周辺には人間はおろか、モンスターもいませんよ」


「ならいいが。しかしそのうち、モンスターはこちらに引き寄せられるだろうな。これだけの量の魔石があるとなれば、下手をすれば付近の全てのモンスターが集結するかもしれん」


 モンスターは魔力の源である〝マナ〟に惹きつけられる。

 アルヴィが運んでいる魔弾はおよそ三千発。その中には全て粉末にした魔石、つまり大量のマナが入っているのだ。


「流石に銃を村の近くでぶっ放す訳にはいかないだろう。流れ弾が誰かに当たらないとも限らない。とにかく森の奥、村から離れた場所に急ごう」


 そうして二人はモンスターの棲息域に向かって、早足で歩きはじめた。


  *


 暗闇だった森の中が、しだいに光を取り戻しつつあった。

 空は黒から紺色になり、アルヴィは闇夜を照らすランタンの火を消した。


「この移動時間、そして方角――。順調にモンスターの棲息域に近づいているな」


「そのようですね……おや? アルヴィ、少し待ちなさい」


「何だ。何か問題でもあったのか」


「魔法です。誰かが魔法を使おうとしているようです」


「ほう……近くに人がいるということか」


 クロエは王族であると同時に、超一流の魔法使いだ。

 魔物が発する魔力はもちろん、魔法という人工的な力の流れも察知することができる。


「それはモンスターの討伐よりも優先させるべき話だと思うか」


「分からない。ただ、何か違和感があるというか……」


 アルヴィは一瞬の間に、いくつかの可能性を検証した。

 そしてアルヴィの直感は告げていた。

 クロエの違和感には何か理由がある、と。


「一旦そっちに向かおう。君が感じる違和感は、大事にした方がいいだろう」


 アルヴィがあっさりと方針を変えたことに、クロエは虚を突かれたような顔になった。


「どうしたんだ? 俺の顔に何かついているのか」


「……意外な気分になっているだけです」


「なぜだ?」


「てっきり私は『そんな話、科学的ではない』なんて言うのかと思っていました。あれほどまでに理詰めで様々な機械を作るというのに、不思議な人です」


「研究にもそういうところがある。あるレベルまでは理詰めで考えるが、そこから先は直感やイメージが重要になることもある。君の違和感も似たところがあるのかもしれない。これまでの経験や様々な要因が、違和感になって現われている」


「確かにそうかもしれません。アルヴィ。やはりあなたは中々に面白い人ですね。狂っていますが。そのうちもっと話を聞かせてください。普通の人間にも分かるように」


「もちろんだ。ただし、俺の実験にはつきあって貰うぞ」


「え、ええ……考えておきましょう」


 二人は進路を変えて、さらに半刻ほど歩いた。

 そしてクロエは立ち止まり、すっと目を細めた。


「少し待ってください。隠密魔法を追加で発動させます」


「何かあったか」


「しっ、静かに。あそこに人影が」


 クロエが指さす方向、およそ百メートル先に人影が見えた。

 人数は五、六人くらいだろう。一人は黒いローブを身に纏っている。魔法使い、というやつだろうか。だがそれ以上はよく見えなかった。

 アルヴィは懐から筒状のものを取り出した。


「それは何です?」


「望遠鏡だ。この筒を覗くと、遠くのものもはっきりと見ることができる」


「なんと便利な……! どういった種類の魔導具ですか?」


「魔導具ではない。ガラスのレンズで光を屈折させ、遠くのものを拡大してみる道具だ。いや、その説明は後にしよう。クロエ、君の直感は当たったかもしれない」


 アルヴィが望遠鏡ごしに見た者――。

 そこにいたのはドドイドと、領主のアーバムだった。

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