27 マッド・マッド・マッド

 翌日、アルヴィとクロエは地下の実験室にいた。既に臨戦態勢のアルヴィは目が爛々としている。いっぽうでクロエはまだ、アルヴィの目論見を知らずにいた。


「それでアルヴィ、あなたの答えとは何です?」


「モンスターを殲滅する。以上だ」


「結論が早すぎます。言っている意味が分かりません」


「……そういえば税のいざこざは、君がここに来る前の出来事だったか」


 アルヴィはクロエに、状況を説明した。

 領主がモンスターの討伐分として、税を上げたこと。

 元々ミハイロの家は武器屋だったが、経営が苦しかったこと。

 しかしアルヴィは、ミハイロの父ゴードンに金属パーツを注文し、間接的に資金援助をした。それによって滞納していた税金を払い、問題は解決したはずだった。


「領主は人々に税を課す。税にはモンスターの討伐代金も含まれている。そして領主への金払いが悪い領民は、魔物討伐ギルド〝ブラッククロウ〟のボス――ドドイドが取り立てを行う。

 だが問題がある。ドドイドは金の支払い状況とは別に、領主の権力をバックにやりたい放題やっている。それが昨日の事件で明らかになった、という訳だ」


「……よく分かりました。それにしても領主もなかなかの男のようですね。よく領地の経営が回っているものです」


 クロエは皮肉を交えて領主を讃えた。


「アーバム、という男だ。村に来たときに一度挨拶をしたきりではあるが……あのルガーの親父ということは、その人格も推して知るべしだな」


「……で、その話がどうしてモンスターの殲滅になるのです。というか、我々の戦力では難しいのでは?」


「領主とブラッククロウが領民を虐げる構図を崩すには、それしかない。モンスターを殲滅すればドドイド達の仕事はなくなり、別の土地で稼ぐしかなくなるだろう。クロエ、君ならばその程度の理解力があると思ったのだが?」


「そ……そうではありません。理解はできますが、あまりにも力業ではありませんか? その方法について私は疑問を呈しているのです。一帯のモンスターを殲滅する見込みはあるのですか」


「良い質問だ」


 アルヴィの目がいっそうと輝いた。

 学生に講義をする教授のするような口調で応えた。


「モンスターとは何か。ゴブリン、トロル、ミノタウルス……種類は様々だが、一定以上の知性を持ち、人間と敵対する存在だ。これが野生動物と最も大きく異なる点だ。野生動物は生きるために人間を襲うこともある。しかしモンスターは、人間を襲うを主な目的とする。そして――これを見てくれ」


 アルヴィは実験室に貼られた地図を指さした。


「これは……?」


「エンドデッドの森の周辺地図と、モンスターの分布を可視化したものだ」


「この点が、モンスターがいる印ですね。でも色と大きさが異なるというのは……?」


「点の大きさはモンスターの数を示す。大きい程多く、小さければ少ない。また色はモンスターの脅威度を示す。青い色ほど弱く、赤くなるにつれて強力なモンスターになる」


「つまり赤く、大きな点が最も危険という訳ですね」


「理解が早くて助かる」


「それにしても……」


 クロエはため息とともに、アルヴィが作り上げた地図を眺めた。


「我が国でも敵性モンスターの研究や調査は行なっていました。しかしここまで精細な調査を行なっていたとは。確かにこれだけの情報があれば、精密な作戦を立てられるというものです。やはりあなたを我が配下に出来たことは、幸運でした。……では、この地図でどういう作戦を立てましょうか」


「作戦など、ない」


「…………ない? ない、とはどういうことですか?」


 クロエがぽかんとした顔になる。


「このマップはただの趣味だ。モンスターの生態に興味があったので、魔石を拾うついでにデータを収集していたにすぎない」


「ただの趣味?」


 クロエは心底理解できないという顔になる。

 しかしこれがアルヴィの本性だ。

 探求心が赴くままに調査し、資料を作る。

 アルヴィにとって生きることは「未知」を探究することそのものなのだ。


「そうだ。趣味だ」


「い、意味が分かりません……」


「このマップから得るべき情報はただ一つ、モンスターの総数だけだ。エンドデッドのモンスターの総数は約九百体。モンスター一体あたり余裕をみて三十発の銃弾をブチ込むと計算すると、二万七千発の銃弾が必要になる。その程度あれば、致命的なダメージを与えることができるはずだ」


「ま、ま、待って下さい……。あなたは何を言ってるの?」


「何を? モンスターを殲滅する方法だ。そして銃弾にはもちろん、魔弾を使う。これも改善する必要がある。銃弾を撃ちだすには、最初に〝魔詞〟の詠唱だとか〝オド〟の発動とかいう面倒な手順がある。そのギミックを全て銃弾の中に封じ込めることで、最適な武器の運用が図れる」


「だ、だから言ってる意味が…………」


「魔石を爆発させるにはオドが必要だというなら、あらかじめオドを銃弾に封入すればいいのだ。一般的な火薬を用いる銃は、トリガーを引くと撃鉄が雷管を叩き、銃弾が撃ちだされる。あれと似たような原理をオドや魔石で再現するという訳だ。オドを封入した薬莢に衝撃を与えることで、強制的にオドと魔石を反応させる。そうすれば銃弾が撃ちだされるからな。簡単だろう?」


「げ……撃鉄……雷管……? 一般的な火薬…………???」


 クロエの頭に無数のクエスチョンが浮かぶ。

 そもそもクロエは一般的な銃も火薬も知らない。

 アルヴィが暴走すると、前提知識すっ飛ばして話を進めてしまうのだ。


「そうだな。前に君と戦った時を思いだすといい。あの時に俺が使っていた武器――魔銃と同じ原理だ」


「ああ……それなら分かります。魔石とオドの爆発力で鉄の塊を撃ちだした、あの武器ですね。それをさらに改良するのですか?」


「そのとおりだ。これがプロトタイプだ」


 アルヴィは布で隠していた「それ」をクロエに見せた。

 それは、この世界では決して存在しない異形の武器だった。


「アサルトライフルをベースにした、魔導銃だ。分速500発程度の連射ができる。持ち運びも簡単にできる。まだまだ改良の余地はあるが、面制圧、精密射撃、どちらにも対応している。これを本格運用することができれば、問題なくモンスターを殲滅することができるはずだ」


「あ、アサルト……? な、何なのですかアルヴィ、あなたは……??」


「そう言えば言っていなかったな。俺には別の世界の記憶がある。かつてはマッドサイエンティスト、などと呼ばれていた。俺としては心外だがな」


「???? え? 何ソレ? 何で? ちょっとアルヴィ、ほんと勘弁して?」


 清楚で知的、美しく気高い乙女――クロエ・スカーレットの頭が、ついに爆発した。

 キャラクターの崩壊である。

 かつてミハイロがそうであったように、アルヴィの狂った挙動は人を動揺させる効果があるようだ。


「さて、王女様にも俺の実験に加わってもらう。薬莢の燃焼実験、魔石が爆発する際の放熱実験、銃身の耐熱実験。ライフルリングの加工の精度を確認する実験――」


「お、お願いアルヴィ。私の話を聞いてよお……」


「――他にもいくつかあるが、とにかくテストは入念に行なう。そして全てが終わったら魔弾の量産だ。もちろんオドの封入はクロエに頼む。魔法が得意なら、それくらい楽勝だろう。二万七千発分あるが」


「ひ、ひええええ……」


 シュライハズ王国第三王女、クロエ・スカーレットはちびりそうになっていた。

 今さらになって気付いてしまったのだ。

 自分はとんでもない化物を参謀に引き入れてしまったことを。


「約束しただろうクロエ。俺は君に力を貸す。だから君は、俺の実験に地獄までつきあってもらう」

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