22 裏腹な二人

「おーいアルヴィ、入るぞー? ……おかしいなあ。もしかしてまた実験室で寝てるのか? 相変わらず、研究バカだなあ」


 ミハイロは門を叩きながら、すすっと屋敷に入る。

 普通であれば家主が出てくるのを待つものだが、ミハイロは別だった。

 これまで散々実験の手伝いをし、食事を届けたりもした。

 そして何よりアルヴィ本人が「返事がなければ勝手に入ってくれ」と言っていたのだ。それが今、完全に裏目に出ているのだ。


「しまったな。しかもミハイロは、実験室への隠し扉も知っている……」


「なぜそんなに慌てているのです? 別に良いではありませんか」


 クロエが不思議そうに問い掛ける。


「百年前の亡国の姫がここにいる。しかもその姫は、五つの国々に復讐を果たそうとしている。それを助けたのが、俺ということになる」


「それの何が問題なのですか」


「君以外の全てにとって問題だ」


 歴史は改竄され、今の権力者にとって都合良く書き替えられている。

 そこに百年前の亡国の王妃が出現したとあっては、ただひたすらに危険でしかない。

 しかも村人にとってクロエの存在はアルヴィの「異端の研究」とは違い、秘密にしておくメリットはないのだ。

 アルヴィはそのことを手短に伝えた。そしてこう結論づけた。


「正体を伏せ、誤魔化す」


「この私に嘘をつけと?」


「今はまだタイミングが悪い。それに考えてもみろ。正体を伏せながら動いた方が、不意打ちもだまし討ちもやりやすい」


「……確かにそれもそうですね」


「おーい、アルヴィ? おかしいなあ。実験室にもいないぞ?」


 地下の方から声が聞こえてきた。

 こうしている間にもミハイロは屋敷の中に入り、実験室の階段を上がってきている。

 時間はもうない。


「どう取り繕いますか」


「君は記憶を失っていることにする。旅行中の貴族か何かで、道中で魔物に襲われていた。その時の衝撃で何も覚えていない。そんな時に俺に助けられた……ということにしよう」


  *


 アルヴィは寝室のドアを開け、友を迎え入れた。


「やあミハイロ、今日も差し入れありがとう。実に助かる」


「おお、友よ。君が実験もせずに寝室から出てくるなんて驚きだよ。もしかして寝ていたのかい? だとしたらすまないね」


「いや、寝ていた訳ではない。こちらの方の手当をしていたのだ」


「こちら……? おお…………!!」


 ミハイロは撃ちぬかれたように立ち尽くした。その美しさに心を奪われているのだ。


「森で魔石を探していたら、彼女がモンスターに襲われていたので、助けようと――」


「なんと! なんとなんとなんと……!! それは大変だ!」


 ミハイロは人の話も聞かず、大げさでキザな仕草で感情を表した。

 どうした友よ……とアルヴィは内心で戸惑う。


「彼女の名はクロエ、と言うらしい。だが記憶もほとんど――」


「ぬおお、なんと言うことだ……!! クロエさん、僕にできることがあれば……何でもおっしゃって下さい! ちなみに僕は、吟遊詩人を目指して一日三時間は歌の練習をしています。独身男性十六歳です。彼女募集中です」


 またもミハイロは人の話を聞かずに暴走する。自己アピールも挟み、前髪をふぁさっとなびかせた。どうやらそれが彼の「かっこいいポーズ」のようだ。

 アルヴィは友の豹変に戸惑う。

 が、ミハイロがこうなるのもやむを得なかった。

 クロエは人を惑わすような美しさを秘めていた。その仕草も平民の婦女子とは明らかに一線を画している。むしろそれに何も感じないアルヴィの方が、どうかしているのだ。


「クロエさんには今度、僕の歌をお聴かせしましょう」


 ミハイロの勢いに押されながらも、クロエはたおやかに応える。


「ありがとうございます。そのうち歌声をお聞かせください……」


 クロエはスカートの裾をつまみ、たおやかな微笑みを向けた。

 ミハイロは興奮のあまり、鼻から赤い鮮血を飛ばした。


「プァーン!!」


 と謎の叫び声を上げて、床に倒れ込んだ。


「だ、大丈夫ですか……?」


「落ち着くんだミハイロ。まずは俺の話を聞いてくれ」


 アルヴィはどうにかミハイロをなだめ、偽の素性を伝えることに成功した。

 クロエの記憶はない。モンスターに襲撃された精神的ショックが原因だろう。だがどこかの高貴な身分であるのは間違いなさそうだ……と。


「記憶を失ってしまったお姫さまという訳ですか。何とおいたわしや。……友よ、我が将来の恋人を救ってくれたことに心から感謝をしよう」


「何かが食い違っている気はするが、とりあえず理解してくれたようでよかった」


「それで、クロエさんはこれからどうするおつもりですか?」


「もちろん、我が国の――」


「ごほっ、ごほん! いかんな、持病の仮病が……」


 ミハイロも十分おかしいが、クロエの様子はさらにおかしい。今のは明らかに自分の正体を明かそうとしていた。話が全然違う。

 強引にアルヴィが誤魔化さなければ、危ないところだった。


「あらいけない、何だったかしら。私が言おうとしていたのは……。そうそう、裏切り者の逆賊を血祭りに……」


「ああーっと! 実験の途中だったことを思い出した!」


「友よ。さっきから急に大きい声を出してどうしたんだい? これじゃあクロエさんの美しい声が聞こえないだろう。少しは落ち着きたまえ」


「そのセリフ、今の君には言われたくはないなぞ」


 アルヴィはアイコンタクトし「話をあわせろ」とメッセージを送る。

 しかしクロエはうっすらと笑い、ツンと目線を逸らした。

 ――捨て身の攻撃、という訳か。

 アルヴィは判断の甘さを後悔した。

 クロエは最初から話をあわせるつもりはなかったのだ。

 当然、正体を明かすことはクロエとってはデメリットが大きい。

 しかしアルヴィにとってはそれ以上のダメージになる。

 権力者に目を付けられれば、静かに研究ができなくなる可能性がある。

 ――良いだろう、そちらの要求を飲んでやる。

 アルヴィは内心でため息をつきながら、部分的に譲歩することにした。


「……という訳でクロエさんは、体調が回復するまではしばらく屋敷に留まることになった。もちろん記憶が戻り次第、すぐに故郷に帰った方がいいだろう」


 と、アルヴィは言う。

 クロエに対しての裏の意味は――

(俺は絶対に臣下になどならない。数日は滞在させてやるが、傷が癒えたら出て行け)

 である。


「ありがとうございます。でも私はアルヴィさんに傷の手当もしてもらいました。せめて身の回りの世話でもして、このご恩をお返ししなければなりません」


 と淑女のような口調で言うクロエ。

 もちろんその裏の意味は――

(あなたが我が配下となるまで、絶対に諦めません。この屋敷にしばらくの間、住ませてもらいます!)

 である。二人の裏の戦いを知らないミハイロは、ほっこりとした顔で笑った。


「そっか! それは良かった。クロエさん、アルヴィに関しては僕が保証します。実験にしか興味がない男なので、決して間違いは起こりませんからね!」


「実験、ですか?」


「そうなんです。地下に馬鹿みたいな実験室があります。見てみると良いですよ!」


「へえ……それは面白そうですね」


 クロエは目を細める。やはりアルヴィが持つ能力を狙っているのだろう。


「何も面白くはない。それに友よ。君はほめているのか、けなしているのか……」


「もちろんほめているのさ! ああクロエさん。僕は早くクロエさんが元気になるのを祈っています。それからアルヴィには、そろそろ借りを返してもらおうかな!」


「借り……か。いいだろう。君には色々と世話になっているしな」


「いやったーい!」


 ミハイロは恐ろしく元気である。

 もはや誰にもコントロールが不可能な状態だ。

 もちろんミハイロの思惑は――

 (友よ。これまでの借りを返させてもらうよ。魔石を集めるのも手伝ったし〝オド〟の発動実験では体重がすごく減ったんだ! 死ぬかと思ったくらいさ! という訳で、僕とクロエさんがお近づきになる手伝いをしてくれ! まずはクロエさんと三人で街に買い物に行こうじゃないか。クロエさんのお召し物が汚れていたからね! はっはっは!)

 である。

 ミハイロはその数日後、そのまま同じセリフをアルヴィに伝えるのだった。

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