21 復讐と簒奪の百年女王

 ――本当の歴史は、どうなっているのか。

 その疑問を解明するためにアルヴィはクロエと情報交換をしているつもりだった。

 が、いつの間にか復讐の手伝いをさせられそうになっていた。


「俺が興味があるのは、世界の探求と研究だけだ。それに、その選択は得策とは思えない」


「なぜです……?」


「この世界にはもう、百年前の王族が割って入る隙間はない――少なくとも俺にはそう見える」


 アルヴィには魔法貴族としての人生経験もある。

 その中で分かったこともいくつかある。

 五つの国々は友好を装いながらも、常に牽制しあっている。

 それぞれの国は支配するシステムを盤石に整え、国に謀反を起こすことさえも難しい。

 アルヴィが魔法貴族を抜け出そうとしたのも、そうした理由が大きい。

 真正面から権力と対峙するのは面倒なことが多すぎるのだ。

 いかに王族と言えど、クロエ一人がどうにかできるスケールの問題ではないという訳だ。


「何を言うのです。我がシュライハズ王国は元からこの世界に存在し、裏切られ、奪われた。だから奪い返す。それは当然のことでしょう」


「しかし俺を巻き込む必要はないだろう。君一人でどうとでもするがいい」


「反逆は、国の勃興は……常に最初の一人がいたからこそ始まるのです。私が最初の一人目。二人目はアルヴィ、あなたです」


「何度も言わせるな。俺はただ静かに研究できる場所が欲しいだけだ。戦争には興味がない」


 ――制御系魔導言語の最適化。

 ――〝超魔粒子の海〟の干渉実験。

 ――魔導兵装と制御システムの統合運用実験。

 最終的にアルヴィが求めるものは、かつて手がけていた先端魔導研究の再開だけだ。

 クロエとの関係が途切れることで、この世界の歴史を知る手がかりは失われるかもしれない。

 だがそれ以上にアルヴィは、無駄な時間を過ごしている余裕などはないのだ。


「今や王族は私一人。ならば私が王となりましょう。そして国土を奪い返した暁には、その半分を分け与えます」


「……ほう」


 そのセリフに、一瞬だけアルヴィが反応する。

 アルヴィは権力にも領地にも興味はない。

 しかし研究の自由だけは、必要だった。

 自らの領地を手に入れれば、その中ではいくらでも自由に研究ができる。


「さすがは王族だ、なかなか大胆なことを言う。しかし俺は、乗るつもりはない」


 クロエの提案には決定的な問題があった。

 百年前の王族が国を取り戻すというのは、ほぼ不可能だろう。


「私はあなたの能力を見込んでいるのです。あの魔銃という武器……あんな発想は、普通の人間にできることではありません」


 クロエは引き下がらない。

 復讐と、執着。

 端正で美しい少女は、その瞳に燃えるような感情を宿していた。

 その迫力に、さすがのアルヴィも気圧されてしまう。

 アルヴィはあえて露骨にクロエが嫌がりそうなことを言った。


「あの魔銃は異端の魔導具だ。神聖な魔石を粉々にし、爆発させて銃弾を射出する外道の武器だ。俺のような異端者が君の側近になる訳にはいかないだろう」


 禁忌と、異端。

 その単語はクロエを諦めさせるには十分な力を持っている――はずだった。

 しかしクロエは今一つ理解できていないようだ。


「それがなぜ異端なのですか? 新しい魔石の使い道を発明したことを称賛されるというなら分かりますが……?」


 王や魔法同盟は、魔石を聖遺物のようなものとして考えている。

 ――魔法とは、神聖不可侵なものである。

 ――魔石とは、神話の時代から伝わる聖遺物。そうやすやすと使うなど、ありえない!

 魔石を磨り潰して使うなど、厳格な権力者が知れば怒り狂うだろう。

 しかし百年前の王族――クロエの反応は全く違うものだった。


「ふうむ…………百年前はそうではなかったという訳か」


 その意外な事実に、アルヴィは思わず驚きのため息を漏らした。


「この魔銃は、今は異端とされている」


「確かに異端と言えばそうかもしれません。しかし魔法とはマナをいかに使いこなし、役立たせるかどうかが重要です。むしろ、敵国がそうした知恵を持っていないということであれば……なおさら貴公を手に入れたくなってしまいました」


「くそ、余計なことを言ってしまったな……」


「どうしても駄目ですか、アルヴィ。私は国を取り戻さなければならない。裏切り者に復讐を果たさなければならないのです。もし我が配下になるのならば、我が国の技術参謀として迎え入れましょう」


「それ以前に、プランを教えてくれ。どうやって国を取り戻すのですか」


「それはこれから考えます。アルヴィ。あなたも手伝いなさい」


 アルヴィはふと気づく。

 この剣と魔法の世界に。

 歴史が奇妙に歪曲され、科学的な思考が放棄された世界に。

 ただ一人、クロエ・スカーレットだけがアルヴィの研究を必要としているのだ。


「ある意味では一考の余地はあるやもしれんが……」


 アルヴィの反応を見て取ったのか、クロエはさらに続ける。


「今決めました。あなたが私の配下になるまで、この屋敷に居座るとしましょう」


「ま、待て……なぜそうなるのだ。そんなことを許可したつもりは――――」


 その時、屋敷の門の方から声が聞こえた。


「おーいアルヴィ、食後のデザートはどうだい? というか、何でここ数日引きこもってるんだよー?」


 陽気な声の主はミハイロだった。

 ミハイロはまだクロエのことを何も知らない。


「友よ……実にややこしい時に来てくれたな。クロエ。一つ提案があるのだが」


「何でしょうか」


「とりあえず服を着よう。その肌着だけでは色々と支障がある」

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