10 野営、アルゴリズムたき火

 五種類の魔石を集め、村に戻るうちに日が暮れてしまった。森の暗闇が、二人を包み始める。村に戻るには、ここから数時間は歩かなければならない。


「困ったなあ……もう夜だよ」


「問題ない。当然予測済みだ。こんなこともあろうかと、野営用の道具一式を持って来たのだ」


「そうだろうな。君はどこまでもぬかりないからね」


「今のところ全ては想定の範囲内というだけだ。最初から、この程度の時間がかかることは織り込み済みだ」


 アルヴィは鞄の中から野営用の布や、固定用のペグと紐を出した。


「では野営をしよう。ミハイロも手伝ってくれ。そこに生えている木に、この紐をくくりつけてくれ」


 手際良くテントを設営するアルヴィに、ミハイロはまたも驚きを隠せない。


「わ、分かった。ところで君は王都で魔法貴族として暮らしてきたんだろう? 一体どうすればそんなことができるんだい?」


「この数年、追放されるための努力を重ねてきた。野営の知識など、あって当然ということだな」


「わ、訳が分からないけども、君が狂っていることはよく分かったよ……」


「それよりも、次は火を起こすとしよう」


「そうだね、野営に火は欠かせない。そうしよう」


 ミハイロはその辺りに落ちていた枝切れや葉っぱを組み上げ、焚火の準備をした。


「アルヴィ、僕が魔法で火を付けるよ。僕もちょっとくらいは良い所を見せないと」


「魔法による着火、か……。それは面白い試みだ」


 ミハイロが魔詞を詠唱しようとする。

 が、途中でアルヴィがそれを遮った。


「ミハイロ、少し待ってくれ」


「ん? どうしたんだい?」


 アルヴィは馬糞のルガーとの対決を思いだしていた。

 ルガーは長ったらしい〝魔詞〟をさんざん詠唱し、相当に体力を消耗させていた。そうして発動したのはちっぽけな火だった。あまり効率が良い火のおこし方とはいえない。


「手練れの魔法使いならば、魔法で火を起こした方が楽だし早いだろう。だが君の体内の魔力――オドは有限だ。本当に魔法が必要になる時のために、取っておいた方がいい」


「そ、そりゃそうだけど。じゃあどうするんだい?」


「ここは炎の魔石を使うべきだ。俺の実験も兼ねてな」


 アルヴィはナイフで魔石の表面を削り、パウダー状にしたものを薪の中に入れた。


「相変わらず恐ろしいことを……アルヴィ、これで本当に火がおこせるのかい?」


「俺の仮説が正しければ、火はおこるだろう。君はただ炎のイメージを持ち、焚火に向かって〝燃えよ〟と呟けばいい」


「……え、そんなことでいいのかい?」


 ミハイロは半信半疑と言った表情で問い掛ける。

 しかしアルヴィには確信があった。


「ミハイロが僅かでも魔法の炎を出現させれば、連鎖的に魔石が反応して炎を増幅させるだろう。増幅した炎はさらに枯葉や枝に火をつける……という訳だ。これだったら〝オド〟の消耗は少ないはずだ」


 通常、魔法は精神力を消費しながら〝魔詞〟を詠唱し、体内の〝オド〟や大気中の〝マナ〟を錬成して出力するものだ。

 ミハイロが普通に魔法を発動させるのであれば、生命力である〝オド〟を大量に消費することになる。


 しかし魔石を使った場合は違う。最小の〝オド〟で魔力の種火を作り、それをマナの結晶である魔石に着火させるのだ。


「た、確かに理屈は分かる。でもそんなこと考えたこともなかったよ……」


「詠唱も集中力もほとんど必要はない。ただ炎をイメージし、詠唱するだけでいい」


「分かったよ。アルヴィがそう言うなら信じてみよう――――燃えよ、炎!」


 ミハイロの短い詠唱。

 肉眼では何も起こらなかったかのように見える。

 だがミハイロの〝オド〟は発動し、薪の中に微細な魔力の種火が現われた。

 種火が魔石の粉末に触れた瞬間、ごう、という音とともに魔法反応が起こった。

 魔力による火炎が薪を包むように発生した。

 その炎は、アルヴィが予想したとおり薪に着火した。


「すごい! 本当に火がついたよ! しかも全然疲れていない! 僕は〝オド〟をほとんど使っていないぞ!」


「実験は成功だな。……シンプルなアルゴリズムだが、成功すると中々面白い」


「ん? アルゴリズムって……?」


「何でもない。忘れてくれ」


 アルゴリズムとは物事の処理や、計算をする時の手順や段取りのことだ。

 かつて研究者だった時は、先端魔導を実行するためのプログラムを組んでいたこともあり、思わず単語が出てしまったのだ。

 だがミハイロとしては、まったく耳馴染みのない言葉だけに引っかかるものがあった。


「アルゴリズム……そんな呪文があるのか? アルヴィ、君は本当にただの魔法貴族なのかい? その並外れた知識は恐ろしさすら感じる……まるで『アルゴリズム』という名の悪霊が危険な知識を君の耳元に囁いているかのようだ」


 ミハイロはじっとアルヴィを見つめる。

 あまりにも真剣なまなざしに、笑ってしまいそうになる。

 ――どこまでミハイロに打ち明けたものか。

 一瞬アルヴィは迷ったが、正直に話すことにした。

 誤魔化したところでミハイロはさらに追及してくるだろうし、話をしてみて反応を見るのもまた一興と思ったからだ。


「間違いなく俺は魔法貴族だ。だが同時に別の人生の記憶がある。ある日突然、記憶が蘇った」


「別の人生の記憶……?」


「そうだ。ここより遙かに文明が発達した、こことは違う世界だ。……信じて貰えないならばそれでも構わない」


「だとしたら、アルヴィはアルヴィではない、別人だということかい?」


「いや、魔法貴族としての人生もしっかり覚えている。二人の人格が一つになったという感覚だ」


 アルヴィはかつての記憶について、かいつまんで説明をした。

 この世界の人間が持っている知識で文明が発達した世界の話をするのは中々骨が折れたが、一応は理解して貰えたようだ。


「な、何てことだ。納得できるような、信じられないような……」


「これ以上は説明のしようがない。なぜなら俺は嘘をついている訳ではないからな」


「だよなあ……。アルヴィが僕を騙そうとしているなら、もっとまともな嘘をつくはずだ。それにしても、魂と意識、記憶の転送だなんて……むしろ悪霊の仕業と言われた方が理解できるほどだよ」


「分からなくて当然だ。前の人生でも俺は相当な異端だったからな」


 その実験については「ガルツ・ジョーウィン」であった時も似たような反応をされていた。自らの意識や記憶を転送するなど、正気の沙汰ではないと。

 やはりマッドサイエンティストはどの世界にいても異端、ということなのだろう。

 が、ミハイロは一転して表情を明るくした。


「それでもいいのさ。意味が分からなくとも君は我が友だ。そんな秘密を僕に打ち明けてくれたんだ。友情が深まったというべきだろうね!」


 ぐーっ、とミハイロの腹が鳴る音が聞こえた。


「安心すると、腹が減るという訳だな」


「そういうことだね。道すがら拾っていた木の実に野草。家から持ってきたパンもある。夕食にしようじゃないか」


 二人は火を囲みながら、夕食を取った。

 ひとしきり食事を終えると、ミハイロはおほんと咳払いをして立ち上がった。


「魔石も見つかったし、気温も風もちょうどいい。今宵はとても良い夜だ。アルヴィ。君のために歌を歌おう」


「それは面白い。聞かせてもらおうか」


「そうこなくっちゃ。僕の歌声をお披露目しよう」


 少年ミハイロ。

 エンドデッドという北の僻地に住む、武器屋の一人息子。

 将来は村を出て吟遊詩人になるのが目標だ。

 その夜、アルヴィはミハイロの以外な一面を知ることになる。

 ミハイロは、恐ろしく音痴だった。


  *


 夜と朝の境界のぼんやりとした時間帯、アルヴィはテントの中で目を覚ました。


「ミハイロ、起きるんだ」


「うん……? なんだいアルヴィ。まだ夜じゃないか」


「しっ、静かに。モンスターだ」


 ――どすん、どすん。

 大きな足音がアルヴィ達の横を通り過ぎていった。

 テントの中にいるので姿は見えない。が、音だけではっきりと分かる。足音の主はひどく巨大だ。そして大量にいる。


 足音とともに、たき火の炎が大きく揺れる。

 モンスターがたき火の前を横切る。大きな影がテントに落ちる。

 その影を見たミハイロが、声を潜めながらアルヴィに告げた。


「アルヴィ……僕らは、オークの群に囲まれている……!!」

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