7 えっち貴族、あるいは最狂魔工士

 食事を終えた頃、ミハイロが話を切り出した。

 蜂蜜種の酔いが大分回ってきたせいだろう、元々饒舌だったのがさらに饒舌になっている。


「いいかい、アルヴィ! 君は偉大な魔法使いになるんだ。エンドデッドにも魔法講師がいるんだ。君も先生に教えてもらってはどうかな。そうすれば魔法貴族に戻れるかもしれない。ちなみにディオレス先生って言うんだけど」


「ディオレス先生の話は、ここに来る前から聞いている。母からも、魔法同盟の先生のところに行けと。だが俺は行くつもりはない。王都でも散々魔法の訓練をして駄目だった訳だからな」


 魔法同盟とは――。

 秀でた魔法使いは、戦場を圧倒的な火力で蹂躙する。

 魔法使いとは貴族であり、英雄である。

 一方で強力な才能を持つ者が平民から現れた場合、世界の脅威にもなり得る。

 そこでこの世界の国々は共同で〝魔法〟を管理する組織を立ち上げた。

 それが魔法同盟、という訳だ。


 魔法同盟は子どもに正しい魔法の教育を施すと同時に、魔法適性が高い子どもをスカウトする。そうすることで、世界の秩序を守ろうとしているのだ。

 もちろんアルヴィは、魔法同盟に用はない。

 むしろ研究の邪魔だとさえ思っている。


「魔法の理論は既に頭の中に入っている。その上で魔法ができないのだから、どうしようもない。俺はエンドデッドで一生を終えるべきなんだ」


「何と言うことだ! 友よ。君はこんなところで一生を終えるべきではない! 君は先生の書庫を見たことあるかい? すごいんだよ。古今の魔法書に、歴史書が山ほどあるのさ。あの先生なら、君の魔法の才能を開花させられるかもしれない。ぜひとも行ってみるべきだ! 君は、偉大な魔法使いになるんだ!!」


「ふむ……考えておこう」


 この世界の魔法には興味がないが、ディオレスの書庫は気になるところだ。

 アルヴィが抱いている「ある違和感」を解明するには歴史を探るのが良いかもしれない。


「ところでミハイロ、随分饒舌じゃないか。飲み過ぎではないか?」


「まだ一杯目さ……でも、だいぶ遅くなったかな。今日はこのあたりにしようかな……おっとっと……」


「おい、大丈夫か? ふらふらではないか」


 ミハイロは蜂蜜酒を一杯飲んだだけで、かなり酔ってしまったようだ。


「君はあまり強くないらしいな」


「なんのこれしき! 僕は将来、旅する吟遊詩人になるのさ。これくらいのお酒、へっちゃらさ!!」


「吟遊詩人……? ミハイロの家は武器屋ではないのか」


「もちろん武器屋さ。でも後を継ぐつもりは……おっとっと」


 この話は後にした方がよさそうだった。ミハイロはかなり酔っていた。


「とりあえず今日は帰った方がいいな。ミハイロ、肩を貸そう。ほら」


「うう、ありがとう友よ。君はなんて良いやつなんだ! やはり僕の友だ! この友情に乾杯!」


 ミハイロはふらふらとした足取りで、出口とは反対方向に進む。


「そっちは違うぞ。逆だ、逆」


「え。違うの? おかしいなあ、こっちだと思うんだけど。あ、分かったぞ! えっちだ! えっちな部屋だな! こっちはえっちな部屋がある!」


「それは断じて違うぞ、ミハイロ。君の行く方向は、そっちだ」


「いいやこっちだ! くそー、えっち貴族め! うひゃひゃひゃひゃ……あ、あ、あっー!! アルヴィのえっちー!」


 ミハイロはえっちを連呼しながら階段を転げ落ちていった。アルヴィが追いかけるが、間に合わない。

 ミハイロが転がる先にはえっちな秘密の部屋よりも、危険なものがある。


 世界の禁忌に触れる、異端の部屋。

 そう――アルヴィの実験室だ。

 しかも都合の悪いことに、扉を開けたままにしていたのだった。ミハイロは転げ落ちた勢いで、実験室に転がりこんでしまった。


「こ、これは……!! お、おおい、アルヴィ!! これは何だい!?」


「ワインセラーだ」


「絶対違うよね!?」


「ならばえっちな部屋ということにしよう」


「もっと違うんじゃないかい!?」


「ミハイロ、君は酔っているんだ。帰ろうか」


「酔いが覚めたよ……!! 何だ、この部屋は!!」


 地下実験室と地上をブチ抜いて、巨大な窯が鎮座していた。金属を生成するための炉だ。

 フラスコにピペットなどの初歩的な実験器具はもちろん、金属部品を加工するためのグラインダーに旋盤もある。その他異様な量の道具が、実験室に整然と並んでいた。

 ミハイロは唖然としたまま立ち尽くしていた。

 アルヴィとしては「原始的な道具」と言ったところだが、これらの機材はミハイロの常識と想像を遙かに超えていた。


「何が何だか、訳が分からない。……まさかと思うがアルヴィ……君が魔法貴族を追放されたのって……」


「そうだ。俺を追放するよう仕向けたのだ。この辺境の地で研究をするためにな」


「何と言うことだ……そういう行為は、王や魔法同盟の上位の人間にしか許されていないはず……しかも自分から追放されに行くなんて……アルヴィ、君というやつは…………」


 このミハイロのリアクションこそが、アルヴィが抱く「違和感」の原因だった。

 この世界は、物事を科学的に探究することが制限されている。

 多くの事象は「神々の奇跡」だとか「天使」や「悪魔」などが原因だとされる。

 そして科学的な物事の探究は限られた人間しか行えないのだ。

 だがその割に、この世界はそれなりに文明が進んでいる。どこかちぐはぐな印象があるのだ。


「驚いたか」


「はっきり言おう。僕は今、おしっこをちびりそうだ」


「正直だな」


「だが秘密は守る! というかエンドデッドみたいな辺境は、そんなに禁忌とか異端を気にしていないしね。普通に考えて、何でもかんでも神様のせいにできるはずがないし。……という訳で僕らは友だ。友の秘密は守る。当然だろう?」


 ミハイロは握手を求める。


「ありがとう。友よ……君が困った時は俺も全力を尽くそう」


 アルヴィは握手を返す。

 そしてこれもまた、アルヴィの計算だった。

 王や魔法同盟といった権力に近い都市は、人々の信仰心は篤い。

 だがそこから距離が離れるほど、人々の禁忌の意識は薄れる。

 アルヴィの研究が露見したところでそれほど問題がない場所――それがこの〝エンドデッド〟なのだった。


「さて、今度こそ帰るとしよう。……って、これはなんだい?」


 ふとミハイロは実験室にあるものに目を付けた。

 すり鉢状の器の中にざらざらとした砂粒が入っていた。


「魔石だ」


「え? ませき?」


「そう、魔石だ」


「……や、やっぱりそうだよね。何か〝マナ〟を感じるし。と、ところで、何で粉々になっているんだい?」


「実験のため、磨り潰した」


「うわー!」


「何を驚いているのだ」


「そりゃ驚きもするさ! 魔石だろう? 神々の恩寵、マナの結晶体である魔石を…………どうしてこんなことを?」


「魔石がマナの結晶だというなら、どの時点で魔石がマナに変化するのかを実験していた。しかし、魔石はどれほど潰してもマナとなって蒸発はしないようだ」


「そ、それですり潰したって言うのかい? こ、怖い! アルヴィ、怖いよ!」


「これが俺の実験だ。何も怖くないだろう」


「というか、魔石ってとてつもなく貴重な品だよ。どうやって魔石を?」


 アルヴィは引き出しから首飾りを取り出した。母のポエットから渡されたものだ。首飾りから魔石は外されており、半分も残っていない。


「王都を出る時、母上からよこされたものだ」


「それって家宝的なもなじゃないのかい? まさか君は、お母様からもらった魔石を……」


「ああ。実験に使った。母上からは使う必要が生じた時に、使って良いといわれている」


「使い道が違うんじゃないかい!?」


「そういえば魔石の衝突実験がまだだったな」


 アルヴィは首飾りから魔石を外し、台座に固定した。台座の反対側には振り子の鉄球がある。重量は数十キロほどだろう。アルヴィは振り子のストッパーを外した。


「あっ! あっ! 魔石がああ!!」


 自分のものではないのにミハイロが驚きの声を上げる。次の瞬間、魔石は砕けた。


「なるほど、やはり衝突だけでは魔石がマナに転化することはない。最初に何らかの魔力の発火が必要になるという訳だ。これは魔導結晶と同じ特性と見ていいだろうな……」


 砕けた魔石と冷静に分析するアルヴィ。それを目撃したミハイロは腰を抜かした。


「え、え、……えええ? 何言ってるの、アルヴィ……?」


 この世界では魔法と信仰は、切り離すことができない。

 その中でも魔力の結晶である魔石は、神々の恩寵とも言われている。

 アルヴィはその神聖な魔石を、粉々に砕いたのだ。

 しかも魔石は、ルネリウス・ドーンファル家の家宝であるのだ。よもや母ポエットも、そのような使い方をされているとは思わないだろう。


「これは異端審問をすっ飛ばして、神々が助走をつけて殴りにくるレベルだ……」


「神か。一度で良いから見てみたいものだな」


「恐ろしい! 訳が分からない! 確かに約束した以上、秘密は守ろう。……だが教えてくれ。アルヴィ。君は、一体何者なんだ?」


「俺自身はそう思ったことはないが、これまではこう呼ばれることが多かった。――マッドサイエンティストだとな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る