6 ミハイロ

「今日はつまらん奴とつまらん時間を過ごしてしまった……」


 対決の後、アルヴィは農場主のボダムから受け取った金でパンを買い、屋敷に戻った。

 そろそろ別のものを食いたいところだが、研究が軌道に乗るまでは我慢することにした。


「とりあえず今日は休むとしよう。あまりに徹夜をするのも体によくない」


「おーい、ここにいるのかい?」


 アルヴィがパンを食おうとしていた時、屋敷の扉がノックされ誰かの声が聞こえてきた。


「こんな時間に誰だ……?」


 アルヴィに心当たりはない。

 この村に知り合いなど、それこそ農場主のボダムと馬糞のルガーくらいなものだ。

 アルヴィは食事を中断し、扉を開けた。

 一人の少年が立っていた。ほっそりとした色白の少年だ。手には大きめの鍋を持っていた。


「やあやあ、初めまして。僕はミハイロ。この村の武器屋の息子さ。どうぞよろしく!」


 今日はやけに新しい人間が俺のところにやってくるな……と思いつつもアルヴィは挨拶を返そうとする。


「俺は――」


「おっと、自己紹介は不要さ。君のことは知っているとも。君はアルヴィ。偉大にして勇敢な、我らの魔法貴族だ」


「今はもう貴族ではないがな。ところで君は、俺に何か用があるのか」


「……何から話をしたものかな。そうだ、まずは君があの憎きルガーを懲らしめたところからだ。村の誰もが、あのルガーには困り果てていた。かと言って領主の息子だからどうすることもできなかった。しかしアルヴィ。君は驚くべき鮮やかさでルガーをやりこめた! 僕は草むらから一部始終を見ていたけど、ルガーが馬糞にキスをするラストシーンは、思わず拍手をしそうだったよ。村を代表して言わせくれ。よくやってくれた!」


「なるほど……確かに奴は面倒だ。気持ちはよく分かる」


「村の住民が下手に領主の息子に楯突いた場合、一家全員が追放されたり、無実の罪を着せられることもある」


「そいつはひどいな……」


 アルヴィはあくまでも「訓練としての魔法対決」を受けたにすぎない。実際は嫌がらせの口実なのだが、それを逆手にとってやり返した。

 村の人々からしたら実に胸のすく出来事なのだろう。


「という訳でこの鍋は、お近づきのしるし。そしてルガーをやっつけた賞賛のあかしさ」


 ミハイロはそう言うと、すっと屋敷に入り、手にしていた鍋をテーブルの上に置いた。

 鍋の中からは、何とも言えぬ旨そうな香りが漂っていた。


「俺にか?」


「もちろんさ。これは母のお手製の羊肉の煮込み。君の話をしたら、お母さんが作ってくれたのさ。こんな辺境に来たばかりってことは、ろくなものを食べていないんじゃないかって心配していたよ」


「それはありがたい。では、料金を払わないとな」


 ミハイロは金を出そうとしたところを制止する。


「おいおいアルヴィ、何を言ってるんだい? 貴族だからって金をもらおうとか、そういう話じゃないんだよ」


 ミハイロは鍋の蓋をあけた。瞬く間に旨そうな肉の匂いが部屋に立ちこめた。


「いつもパンばかりじゃ力が付かないだろう」


「……感謝する。ちょうどパン以外のものを食べたいと思っていた」


「いいのさ。うちもたまたま多めに肉が手に入ったんだ。大事なのは助け合いさ。もしどうしてもって言うなら、うちの武器を買ってくれたまえ。うちは武器防具のオーダーメイドも対応しているから」


 金属パーツを加工してもらうには、ちょうど良いかもしれない……とアルヴィは思う。


「ちなみに金属の細かい加工なんかはできるのか?」


「まあ程度にもよるけど、大体はできるよ。鎧に装飾とか入れるからね」


「なるほど……もしかしたら何かを依頼する時が来るかもしれないな」


「その時は頼むよ。辺境の武器屋なんて、中々儲かるもんでもないしね。……さあ、食べるとしようか。と、その前に……」


 ミハイロは鞄の中から瓶を取り出した。

 瓶の中には、黄金色の液体がたぷたぷと揺れていた。


「それは……?」


「蜂蜜酒さ。ふふふ。家からこっそりと持って来たのさ。これで僕らは共犯だ」


 ミハイロはコップに蜂蜜酒を注ぎ、アルヴィに渡した。


「……まったく、君は中々面白いやつだな。突然やって騒々しい奴だ、とはじめは思ったが、悪い奴ではなさそうだ」


「そうとも。僕は善良な君の友人さ。……って、友人てことで良いよね?」


「そうだな……」


 ふとアルヴィは思いだす。

 前の人生で研究者だった時は、孤独な青年期を過ごしていた。まさに狂った研究人生を爆走していた。

 魔法貴族であった頃も、対等に過ごせる仲間はいなかった。そもそも家を抜け出すつもりでいたので、友を作るつもりもなかった。

 それが今、何の因果か友ができた。不思議なこともあるものだ。

 反応が薄かったアルヴィを見て、ミハイロが不安げな顔になる。


「あれ、アルヴィ? ぼ、僕らは……」


「もちろん、俺達は友だ。……ちょっと感慨にふけっていた。貴族であった頃は、対等な目線で語り合える友はいなかったからな」


「おお……そうなのか。確かに貴族同士でも勢力争いとか社交とか、面倒だって噂は聞いたことがあるなあ。それじゃあ、僕が君の初めての友達ってことになるのかな?」


「そうなるな。君が初めての友人だ」


 正確には二度の人生を通算して、初めての友達ということになる。


「わお。そいつは嬉しいな。では、僕らの友情を記念して乾杯といこうじゃないか」


 ミハイロとアルヴィが蜂蜜種をかかげる。そしてコップをかちんと鳴らした。


「「乾杯」」

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