第15話 取引と企み――


 曰く、この土地は『カナンの地』と呼ばれる豊穣の大地だったらしい。

 作物は季節ごとに応じて数えきれないほどで実り、そこに住む村人たちは一切不自由ない楽園にいるかのような豊かな生活を送っていたそうだ。


 そして村は部族の代表によって統治され、国と呼べるまで成長していった。


 しかしある時を境に不作が続き、作物の実らない大地へと変貌し、聖戦と呼ばれる富を奪い合う戦いが勃発。


 大陸を一つ丸ごと繁栄させた国は人の手によって四つに分かれ、食料を求めた争いが繰り返し行われ、住民同士で殺し合い、栄華を謳われた国がいまでは『神々に見捨てられた呪われた大地』として誰もいつかなくなったそうだ。


「それじゃあ村長さん達は――」


「その約束の地の末裔、いわゆる守り人というやつじゃな。今ではその役目も長い年月のなかで忘れ去られ、呪いによって我らはこの土地に縛られておるのだ」


「……でも、呪われてるのは土地だけなんでしょ? だったらこんな不毛な土地さっさと見限って、他の土地に移り住んじゃえばよかったんじゃないの?」


「たしかに国が滅亡する前、四百年前じゃったらそれも可能だったかもしれんな。じゃが今だどこの国も聖戦の真っただなか。他所へ移り住もうにも住む土地もなく、我らは魔物や魔獣に対抗する術を持っおいても外の情勢に疎い。おまけにやっかいなのは我らの魂にこびり付いたこの『呪い』じゃよ」


 そう言って村長さんは自分の胸を叩いて、私を見た。


「鑑定眼を持っておるエレン殿ならすでに見えていると思うが、我らが一族は神が遣わした約束を忘れ、ただ己の欲の為に利用した愚かな部族の末裔じゃ。この身に刻まれた神罰は、他の土地に移り住もうとすれば、たちまち衰弱して死に絶える呪いが掛かっておる」


 確かに鑑定眼で詳しくステータスを見れば村人たちの名前の横には『カナンの神罰』と書かれた呪いのステータスが記されてあった。


『カナンの神罰』

 ――数多の神々によって重なった呪いが世代を超えて蓄積した呪い。

 カナンの地を離れると発動し、土地から距離が離れるごとに衰弱し、身体に死んだ方がマシと思える激痛が走る。

 呪いの瘴気が魔獣を呼び寄せ、この呪いを受けてこの土地から逃れられたものは誰一人としていなかった――


 うーん、何度読んでも不吉な呪いだ。


「一族ってことは当然、他にもいたんだよね。その人たちと協力とかできなかったわけ?」


「十二あった部族は今では儂らを除いて三つほどでじゃろうな。それも――散り散りとなったことでどうなっているのかわからない始末。飢餓にやられたか、罰を逃れようとこの地を去ったか。どちらにせよ長くはないじゃろうな」


 なるほどね。外に行っても戦争に巻き込まれ、神の呪いで出たくても出られない。作物が育たないのはご先祖様の自業自得か。


「まさしく人生オワタってやつだね。そりゃ開き直りたくもなるよ」


 そう言って大きく息をつけば、村長さんがばつの悪そうな顔をして視線を逸らしてみせた。

 しかしそれも一瞬のことで、


「エレン殿。お主は約束通りこの村に恵みをもたらした。今度は我らが約束を果たす番じゃ。儂らが差し出せるものは少ないが必ず約束は果たすことを誓おう。じゃから――」


「あーごめん。悪いんだけどそれもうちょっと延期で」


「なぬ!?」


 言葉を被せるようにして申し訳なさそうに頬を掻いてみせれば、ギョッと顔を強張らせるとなる村長さんの姿が。


「あ、言っておくけどこの村の支援から手を引くとかそういうんじゃないからね。村長さんの話を聞いたら私のお願いはなおさら不謹慎な気がして……」


「だから延期と、これはまた珍妙なことをいう。あれだけの奇蹟を成し遂げたのじゃ隷属しろと言われても我らは従うが……」


「あーぶっちゃけそういう従属? とか興味ないしそれじゃあ意味ないんだよね。そういう面倒なのは私の今後の活躍を見てから貴方たちが勝手に私を推すかどうか判断してほしいな」


「しかしなんでまたそんな面倒なことを……」


 そう言って訝しげに眉をひそめて村長さん。


 いやー計画が失敗したからぶっちゃけるけど、私としてはあの奇蹟でこの村が助かってみんなハッピーエンドって結末が理想だったんだよねぇ。

 そうすればここの村人たちを心置きなく私の目的に使うはずだったんだけど、どうやらまだ解決してないみたいなんだよねぇ。


「解決してないというと――」


「私はあの奇蹟でアンタ等の食糧問題を解決する気満々だったってこと。でも神様パワー使ってもあんまり効果ないみたいだし、これに関しては今後の課題かもね」


 皿に盛られた果実をバクッと食べる。

 鑑定眼を使用すればそこには『リュンガ(祝福済み)』と出るあたり一概に効果がなかったとは言えないようだが、彼らの食糧問題を解決しないと約束を果たしたことにならない。


 アイドルという事業に携わる者としてはこういう『信用』が大事なのだと、素人ながらに理解してる。


「それに奇跡の力を見せれば、村人の自主性が増すかと思ったけど、まだ他人任せの救いを待ってる人もいるみたいだし。まだ村の問題が解決していないと知れれば、村人が今度は暴動を起こすかもしれない。それじゃあ意味ないじゃん?」


 だからさ、と前置きを口にすればもう止まれない。

 うずうずと野心をたぎらせた私は我慢できないように身を乗り出すと、呆気にとられる村長に向かってとある折衷案を口にしていた


「この村でライブさせてくんない?」


「は?」


「ここの住人には生きる希望がないと思うの。外にも出られず、作物も育たない。明日生きていられるかわからない笑えない状態でこんな無茶を言うかもしれないけど、やっぱり笑顔ってのは必要だと思うのさ!!」


「う、うむ。確かに生きる希望は大事じゃが――、その、エレン殿? 我々は世俗から離れ外の流行に疎いのじゃが、らいぶ、とはいったいなにをするものなんじゃ?」

 

 あーまぁこういう反応になるよね実際。

 どう説明したもんか。

 とりあえず『私が舞台の上で歌って踊るための機会が欲しい』と噛み砕いて説明すれば「なるほどつまり、収穫祭のようなものを開きたいということですかな?」という返事が返ってきた。


「うーんまぁそんな感じかな? 食糧問題が解決した後でもいいから村人全員集めてぱぁーッとガス抜きさせてあげたいの。だから、あそこの祭壇みたいな大広間でライブする許可を頂戴」


「それくらいならば願ってもない事。エレン殿には返しきれない恩がありますからな。そのくらいのことであれば村の皆も協力してくれるでしょう。何をなさるかはわからんが、状況を打破する機会に繋がるのなら協力しましょう」


「まぁ、村長さんとの食糧問題の改善も私なりに試行錯誤はしてみるし、最悪、私が買いつけって形で当面は村の人たちを支援すれば問題ないしね」


 なにせアイテムボックス持ちなんで。

 まぁどのくらいの容量があるかは知らないが、きっとあのヲタ神のことだからそこそこ入るだろう。


(しかし、買い付けかぁ。まぁ私がこの世界でどう生きていきたいか見てみたいって言ってたし、いずれライブ行脚でいろんな国まわるつもりだったけど戦争中なのかー)


 正直、そういった争いごとに巻き込まれるのは面倒だなーと思い、そして話の中で気になったある話題が頭の片隅によぎり、声を上げる。

 そう言えばさっきから気になってたけど……、


「ん? そういえばシロナは? さっきからはしゃいでる子たちの姿にあの子の姿が見えないようだけど。村長さんどこにいるか知らない?」


「あ、いえ。あの子はその――我々から隔離しているのです」


「隔離? あの子は村の一員なんでしょ? 一度村を出た身とはいえ、なんでそんな冷遇するわけ?」


 それはその――と視線を泳がせ、


「あの子は元々、村の人間ではない。その災厄の子として生きてきたものですから」


 なにそれちょっとキレそう。

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アイドルデビューは異世界で!! ~【異世界活性】村おこし。神に貢がせ【投げ銭】無双? 世界に笑顔を届けます!!~ 川乃こはく@【新ジャンル】開拓者 @kawanoue

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