エピローグ「Children of 「Kid」」

 サンセットの宇宙港近くにある酒場に、穏やかな音楽が流れている。


 宇宙を駆ける賞金稼ぎ、レナ・ノービリスは、その、どこかもの悲しいメロディに耳を傾けながら、酒場のカウンター席で、マスターが淹れてくれたホットミルクをこくん、と飲み込む。


 熱過ぎず、温くもない適温で、砂糖少々を加え、いくつかのスパイスの風味を効かせたホットミルクは、身体に染み渡る様な味だった。


「なるほど、な。なかなか、他じゃ聞けない話だったぜ」


 そんなレナの隣にいるのは、毒蛇(ヴィーペラ)団の3人組だった。

 そのリーダーであるアヴィドはレナから、キッドと呼ばれた伝説の宙賊の最後を聞き終え、ビンのまま口をつけていたビールの残りを一気に飲み干した。


「ある無法者の伝説に」


 その隣では、プシャルドが似合わない神妙な顔でショットグラスのウイスキーを店の床に注ぎ、トントがすすり泣いている。


「で、姉さんよ。キッドの賞金、俺たちに譲(ゆず)るっていうのは、本当かい? 」

「ええ、本当よ」


 レナは、アヴィドのその言葉に微かに不快感を覚えながらうなずいた。


「正直、とてもとても癪(しゃく)に障るけれど、アンタたちがいなけりゃ、私もウィルくんももちろん、この星の人たちだって助からなかったかもしれないわ。だから、キッドの賞金を受け取るとしたら、アンタたちよ」


 だが、アヴィドは肩をすくめて見せた。


「ふん。ま、ありがたく……、と言いたいところだが、さすがにそいつは受け取れねぇや」

「そうだぜ、姉さん。俺たちゃ、抜け目は無いが、野暮じゃねぇ」

「んだんだ、金は大事だけど、俺たちにも誇りってもんはあるんだな」


 レナはその言葉に、意外そうに驚いた様な視線を向ける。

 そんなレナに、アヴィドはにやりと笑みを浮かべる。


「俺はな、この際、伝説は伝説のままにしといた方がいいと思うぜ」

「ああ、アニキの言う通りさ。この宇宙に、1つくらい「生きた伝説」があってもいいさ」

「その方が、面白いんだな」


 それから、毒蛇(ヴィーペラ)団の3人組は、カウンターに代金を置くと、「さて。俺たちはそろそろ退散させてもらうとするぜ」というアヴィドの言葉を最後に、店を去って行った。


 入れ替わりに、1人の少年が酒場に姿を現す。

 ウィルだった。


 ウィルは軽く毒蛇(ヴィーペラ)団の3人組に会釈し、アヴィドたちは軽く手をあげて答えながら去って行く。

 アヴィドたちと入れ違いになったウィルは、そのまままっすぐ進み、レナの隣に座った。

 注文を取りに来たマスターに、ウィルは、レナが飲んでいるのと同じホットミルクを注文する。


 レナは、しばらくの間、ウィルの方を見なかった。

 ウィルもまた、レナの方を見ようとしない。

 2人は、黙ったまま、前だけを、そこにはいない誰かのことを見つめていた。


「ウィルくん。……どうして、アウスさんを撃ったの? 」


 やがて、レナはウィルに視線を向けないまま、そう質問する。


「親の、仇だったから? 」

「それも、ある。……けど、それだけじゃない。難しいよ」


 ウィルもまた、レナに視線を向けずに答えた。


「僕、じーちゃんがキッドだって、本当はずっと、気づいていたんだ。……だけど、憎いなんて、一度も思ったことはなかった。僕の両親がキッドに殺されたのは、僕がまだ赤ん坊だったころで、何も覚えていないから。……僕が知っているじーちゃんは、僕を育ててくれた、親代わりのじーちゃんなんだ」

「なら、あなたは、自分の親を撃ったっていうの? 」


 レナは、ウィルに鋭い視線を向けた。

 自分自身が見届けたあの瞬間に、決して納得していないという意思が込められた視線だった。


「うん。……そうなる、かな」


 ウィルは少しだけ視線を伏せ、それから目を閉じた。

 頭の中で自分の気持ちを整理しているのか、それとも、アウスのことを思い出そうとしているのか。

 それから目を開いたウィルは、言葉を選びながら、言う。


「じーちゃんは、ずっと苦しんでいたんだ。キッドとして、たくさんの人たちを殺して、傷つけた。僕の両親も……。そのことで、ずっと、毎晩、うなされていたんだ。そして、ずっと、その罪を償(つぐな)うことを願っていた」


 そこでマスターがウィルの注文したホットミルクを持って現れ、それを受け取ったウィルはホットミルクを一口、口に含んでじっくりと味わいながら飲み込んだ。

 レナは、黙ったまま、ウィルが説明を再開するのを待った。


「僕は、じーちゃんの魂を、背負った罪を、少しでも軽くしてあげたかったんだ。じーちゃんは、償(つぐな)いの1つとして僕を育てた。もちろん、僕にああしてもらうためではなかったんだろうけど、でも、僕はじーちゃんのおかげで、こうして生きていられるんだ。……だから、じーちゃんの最後の望みを、叶えてあげたかったんだ」

「ふぅん……? 」


 レナはまだ納得はしていないぞという視線をウィルへと向けながら、しかし、若干表情を和らげて、自分の分のホットミルクをこくんと飲み込んだ。


「それで、あなたは、これからどうするつもりなのかしら? 」

「宇宙に、旅に出たいと思う」


 レナからの問いかけに、ウィルは酒場の天井を、その先に広がる宇宙へと視線を向けた。


「じーちゃんは、僕に、じーちゃんの全てを教えてくれた。じーちゃんが、じーちゃんの罪を作って来た技術を、僕に教えたんだ。……じーちゃん、言ったんだ。ウィル、お前はその力を、俺みたいに使うな、って。誰かを傷つけ、奪うんじゃなくて、守るために使えって。僕は、そんな風に生きたいと思う。……じーちゃんの分まで、罪を償(つぐな)うんだ」

「キッドの分まで、ウィルくんが罪を償(つぐな)う? 」


 そのウィルの言葉に、レナは驚きに目を丸くする。


「ウィルくん、それって、あんまりにもお人よし過ぎない? あなた、やりたくもない親殺しをさせられたあげく、自分から進んで、自分以外の罪を背負って生きようだなんて」

「でも、僕は、そうしたいんだ」


 そんなレナに顔を向けたウィルは、真っすぐにレナを見つめながら、はっきりとそう言った。


 その言葉に、レナは、「へぇ……」と感心しながら頬杖を突き、首を傾けながらウィルの方を見つめる。


「呆れるしかないわね。つまり、あなたはどこまでも「キッドの子供」ってことね。育ててもらったからって、親の罪を自分から好んで背負って生きようだなんて。ここまで素直で真面目でお人好しな子、見たことないわ。……しかも、行き当たりばったりで、宇宙に出る、何て言っても、アテも無し」

「ぅっ……」


 痛いところを突かれたのか、ウィルは言葉に詰まってしまう。

 レナは、ふふふっ、と思わず笑っていた。


「そんなお困りのウィルくんに、とっておきの、いいお話があるんだけど? 」

「えっと、どんなお話? 」

「船員を募集している船があるの。銃の腕が確かで、MFの操縦もできて、お掃除にお料理もできる、素直で真面目な子が募集条件のね。ちなみに、先着1名限定の募集ね」

「それって……? 」

「うふふ。……どーお? 私のところで働かない? 」


 レナは、冗談めかしてはいるものの、本気でそう言っている様だった。

 ウィルは少しだけ悩んだ様子だったが、すぐにレナの誘いに応じることを決めた。


「えっと……、これから、よろしくお願いします、お姉さん」

「ええ。よろしくね、ウィルくん」


 そうして2人は、お互いの拳と拳を軽く突き合わせた。

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Children of 「Kid」(完結) 熊吉(モノカキグマ) @whbtcats

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