第16話「銃声」

 農場のベッドは決して最上品質のものではなかったが、それでも、レナはぐっすりと眠ることができた。

 ウィルが作ってくれたホットミルクのおかげで気分が落ち着いて、いい眠りを取ることができたからだ。


 だが、翌朝。

 レナは、銃声を耳にして飛び起きた。


 バン、バン、バン、バン、バン、バン。

 銃声は、6回鳴り響いた。


 その音で跳ね起きたレナは、まずは素早くベッドの影に滑り込んで身を隠し、次いで、枕もとに置いたまま眠っていた自身の銃を手に取った。

 レナが手に取ったことで自然に銃の電源が入り、レナが安全装置を解除しさえすればいつでも中性子ビームを発射できる様になる。


 銃声は、もう、聞こえてこなかった。

 その代わり、外の方から男性のくぐもった声が聞こえてくる。

 何を話しているかは分からない。


 レナは銃の安全装置を解除すると、そっと窓に忍び寄り、鎧戸(よろいど)を少しだけ開いて外の様子を確認する。


「……ったく、朝から、驚かさないでよ」


 それから、レナは疲れたように天井を仰ぎ見た。


 銃声の正体は、アウスがウィルに射撃の訓練を施している音だったからだ。


「ボウズ、もう一度だ。だいぶ良くなっているが、お前にはまだまだ上達の余地がある」

「わ、分かりました! 」


 安楽椅子に腰かけたまま激励(げきれい)の言葉を発するアウスに応え、ウィルは再び、訓練用の的に向かって発砲する。


 その銃声を聞きながら、レナはのんびりと服を着替えた。

 カウボーイスタイルの衣服に身を包み、銃の収まったホルスターをしっかりと身に着け、髪を整え、軽く口紅を唇に引く。


 それからベッドの乱れなどを直し、脱いだ衣服をきれいに畳むと、レナは部屋を出て1階へと向かった。


 階段を下りる辺りで、また、銃声が耳に届く。


「違う、ウィル! 早撃ちってのそういうもんじゃない! もっと上があるんだ! 」

「そんなこと、分かってる! でも、うまくいかないんだよ! 」

「はっ、いいだろう、ウィル。久しぶりに手本を見せてやる」


 レナが家から外に出ると、ちょうど、ウィルと場所を交換したアウスが、的に向かって射撃を行おうとしているところだった。


(あのおじいさん、まだあんな風にしっかりと立てたのね)


 レナは少し意外な思いを抱きながら、壁に背中を預け、アウスの射撃を見物させてもらうことにした。

 安楽椅子に座っていることが多くなったと聞いていたし、近くに杖も置いてあったから、あんな風に銃を持って構えることなど難しくなっているのではないかと、レナはそう思っていたからだ。


 だが、老人は的を正面に見すえ、鋭い視線で睨みつけながら、軽く足を開いて構えを取っていた。

 衰えた肉体からは想像もつかない闘気を身にまとい、姿勢を微動だにもさせない。


 そして、ゆっくりと、的を敵に見立て、その敵の動きを見極めるようにしながらその手を腰のホルスターへとのばす。


 ホルスターに収まっているのは、今時珍しい、実弾タイプのリボルバー拳銃だった。

 6連発式で、火薬の力で鉛弾(なまりだま)を撃ち出す、昔ながらの銃だ。


 それは、老人の手が銃のグリップに触れた刹那(せつな)のことだった。


 気がついたら、老人はすでに照準をつけていた。

 バンバンバンバンバンバン、と、連続した途切れることのない銃声が轟(とどろ)き、老人が片手で構えた銃口に閃光が生まれる。


 放たれた弾丸は、6発、その全てが的へと命中した。

 最初に放たれた4発は全て的の中央、後の2発は的の中央から数ミリ外れた場所に命中した。

 的の中央を外れた2発はぽろぽろと地面へと落ちていったが、中央に命中した4発は、前の弾丸の尻に後の弾丸が突き刺さり、その衝撃で的の鉄板に食い込んで張りつき、命中の衝撃で潰れた弾丸が塔の様に突き立っていた。


 その光景を見て、レナは驚いて双眸を見開いていた。


 それは、普通の人間にはまず、できない様な芸当だったからだ。


「すごい! 全部、的の真ん中の丸の中に当たってる! 」

「はっ、お前も練習すりゃ、このくらいできる! 今見せてやったみたいに、練習だ、練習! 」


 アウスは銃をホルスターにしまうと、瞳を輝かせているウィルにそう指示し、それから、銃を構えていた時とは別人のようなヨボヨボな歩き方で安楽椅子まで戻っていった。


「大したものですね、アウスさん」


 安楽椅子に腰かけ、ふぃー、っと溜息をついたアウスに、レナは腕組みをしながら声をかける。


「的の中央部分に全弾命中、しかも、4発は全く同じ着弾点に。……いったい、どれくらい練習されたんですか? 」

「なぁに、大したことじゃねぇ。それに、俺の若いころなら、全部同じ場所に当てられたんだ。まったく、年は取りたくないもんだぜ」

「それでも、やはり大したものです。私も射撃はそこそこできる自負はあるんですが、この最新式でも、ああはできませんね」


 アウスはレナがちらりと見せたノービリス・グループの最新式の銃を見て、にやりと不敵に笑う。


「新しい銃は、そりゃぁ、性能はいいさ。だが、古い銃には古いなりの良さがある。使い込めば使い込むほど、手に馴染んで、言うことを聞いてくれるんだ。銃はひとりでに弾丸を発射したりはしねぇ。全部、持ち主がやること、持ち主次第銃は生きたり死んだりする。そこに、古いも新しいも関係ねぇ。……なんなら、お嬢ちゃん」


 それから、アウス老人はだらしなく相好を崩した。


「俺が直々に教えてやろうか? ただし、レッスン1時間で太腿5分、触らせろぃ」

「すけべジジイ」


 そのアウスの提案を、レナはもちろん、睨みつけながら断った。

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