第8話「毒蛇(ヴィーペラ)団」

 レナが酒場に入っていくと、店内にいた人間たち全員からの視線を一度に集めることになった。


 レナは19歳の、顔立ちが整い、立ち姿もスラっとしていて姿勢がよく品のいい美しい女性だったから、酒場にいた人々からの視線を集めるのは当然のことだったかもしれないが、何よりも、レナの格好はその酒場には少し場違いだった。

 レナはおしゃれなレストランによるつもりで船を出てきたから、上流階級のパーティなどに出ても恥ずかしくない様な上質な衣服で身を包んでいたからだ。


 もちろんレナは、良く知らない土地で行う女性の1人歩きが危険を伴うということはよく理解していたから、動きやすい服装をしている。

 古い時代、北米大陸という場所で「西部開拓時代」と呼ばれていた時代の衣服をモチーフとした、いわゆる「カウボーイ」(この場合はカウガール)をモデルとした衣服だった。


 宇宙船の船員たちが仕事帰りによって行く様な、着飾らない雰囲気の大衆酒場とは全く不釣り合いな格好だった。


 レナは周囲から視線を集めても、少しも物おじしなかった。

 自分が場違いな格好で歩き回っているということはすでに街を探索する中ですっかり理解していたことだったし、今は何より、何でもいいから夕食にありつきたかった。


 しかし、そこでレナは、小さな幸運に遭遇することとなった。

 意外にも、その酒場で食べた料理は、とても美味しかったのだ。

 レナは何という料理か知らないものだったが、スパイスの効いた料理はレナにとって物珍しく、十分に楽しめるものだった。


 店内の雰囲気も、野暮ったいことを我慢すれば悪くはなかった。

 掃除はきちんと行き届いていて清潔だったし、少し古いタイプのステレオからはカントリーミュージックが流されていて、店を明るくしてくれている。


 ただ、食後にちょうどいいデザートがなかったことだけが、心残りだ。


 ようやく人心地がついたレナは、そこでようやく、「キッド」の情報収集に乗り出すことにした。


「マスター。ちょっと、いいかしら? 」


 カウンターの奥ですました顔でグラスを磨いていたマスターにレナがそう声をかけると、マスターは作業の手を止め、レナの目の前までやってくる。


「何でしょうか、お嬢さん。ご注文ですか? 」

「いいえ。もう十分いただいたわ。……それよりも、私、聞きたいことがあって」

「聞きたいこと、ですか? さて、何でしょうか? 」


 怪訝そうな顔をするマスターに、レナは少し上目遣いになって質問を切り出す。

 計算された仕草だ。

 レナは、「自分が美人である」という特徴を生かす術を、すでに心得ている。


「ねぇ、マスター。私、こう見えても賞金稼ぎなの。それでね? キッドっていう名前の、大物の宙賊を探してここまで来たんだけれど、ここまで来て行き詰っちゃってね。マスターなら、何か知らないかしら? このお店、船乗りさんたちがたくさん来るみたいだし、そういううわさ話も入ってきやすいんじゃないかしら? 」

「……。さぁて、どうでしょうかね」


 しかし、マスターはレナの愛嬌ある仕草だけでは落ちなかった。

 少し困った様な顔をして、何かを考え込んでいる。


(これは……。何か、知っているみたいね)


 直感的にそう悟ったレナは、自身の懐に手を伸ばし、財布の中から数枚の紙幣を取り出す。

 人類連合が公式通貨として発行している現金で、電子マネーが一般的となった現在でももっとも信用されやすい「一押し」だった。


「どうかしら? ご同業に先を越されたくないのよ」

「……。申し訳ありませんが、それは受け取れませんな」


 しかし、マスターは首を左右に振った。


「実は、すでに先約がおりまして。その先約に優先的に「キッド」の情報をお知らせするということになっているのです」

「そんな固いことを言わずに、お願い」


 レナは両手の平を合わせ、頬のそばに寄せながらかわいらしく首をかしげて見せたが、マスターはその誘惑にも困った様な顔をするだけだった。

 よほど義理堅い人物なのか、あるいは、その先約とやらがよほど多額の報酬をマスターに支払っているかのどちらかだろう。


 その時、店の一画で、笑い声が上がった。

 3人の男たちが集まって酒盛りを行っていたテーブルだった。


「がっはっはっは! あの姉ちゃんも断られてやがるぜ! 」

「へっへっへ、まぁ、あんなに若い姉ちゃんですからね、当然っすよ兄貴! 」

「んだな、んだな! 」


 その男たちが笑っているのは、どうやらレナのことであるらしかった。


 1人は、スキンヘッドにした頭部にハートを矢で射貫く絵のタトゥーを施した、筋骨隆々とした粗野な大男。

 もう1人は、モヒカン頭で、目つきの悪い、笑い方も下品な感じのするひょろ長いやせこけた体躯を持つ男。

 3人目は、背は低いがよく肥えた小男で、凶悪そうな印象はないが、鈍感で感覚が少し鈍そうな男だ。


 レナは、その3人を知っていた。


「あら? これは、これは、ご同業じゃないの」


 レナはその3人の方を振り返り、目を細め、挑発するような笑みを浮かべた。


「ほぅ? 俺たちを知っているかよ、お嬢ちゃん」


 そんなレナに、スキンヘッドの大男は不敵に微笑み返す。

 レナも負けじと、髪をかきあげ、美しい脚を見せつけるように組みながら不敵な笑みを浮かべる。


「他の賞金稼ぎをハイエナみたいにつけ回して、後から獲物を横取りするので有名な、毒蛇(ヴィーペラ)団の3人組。リーダーのアヴィドさん、そして、その子分のブシャルドさんに、トントさん。あなたたちも、キッドを狙っているのかしら? 」

「ああ、もちろんさ。高額の賞金首だ、狙わねぇ理由がねぇぜ」


 スキンヘッドの男、毒蛇(ヴィーペラ)団のリーダー、アヴィドはレナの挑発的な言動にも悠々とした態度で、ウイスキーのグラスを口に運んで傾けた。

 カラン、と、グラスの中の氷が音を立てる。


「お嬢ちゃんも、キッドを探している様だな? お互いに獲物を争うのもつまらねぇ、どうだい、取引でもしないかい? 」

「取引? 」


 レナは、予想もしていなかったアヴィドの言葉に、怪訝(けげん)そうに眉をひそめた。

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