第7話「惑星サンセット」

 ブリッグに積み込まれていたのは、大量の武器だった。

 この辺りの星系は人類連合による統治力が特に弱く、民間は自衛のため、宙賊は略奪のために武器を少しでも多く欲しており、女船長によると、高く売れるのだそうだ。


 貨物室にぎっしりと納められた武器の山を見たレナは、小躍りしたいような気分だった。

 宙賊5人とブリッグ1隻だけでもそれなりの賞金が出るのだが、これだけたくさんの密輸品の摘発に貢献したとなれば、当局も相当、支払いをはずんでくれるはずだったからだ。


 ベルーガに帰還したレナは、「これは、嬉しい誕生日プレゼントね! 」と、うきうきとした気分で惑星サンセットへと進路を取った。

 これは、この辺りで賞金の引き渡しを行ってくれる場所と、宙賊から得られた「キッド」の居場所が、どちらもサンセットであったからだ。


 惑星サンセットは、人類がまだ太陽系を維持しており、宇宙開拓を盛んに行っていた時代に開発が開始された惑星だった。

 その計画は当時増加を続けていた人口のはけ口として人類連合政府が公共事業として行っていた移民事業の一環であり、将来的に、惑星サンセットを中心として、数億もの人間が居住できる環境が整えられるはずだった。


 だが、人類はストレンジとの戦いに敗れ、太陽系を失い、人類連合は形としては残ったものの、その内実はボロボロになっていた。

 人類連合はその力を大きく失って、いくつも進行中だった移民事業は、全て放棄された。


 惑星サンセットも人類の敗戦の影響を強く受けた場所の1つで、テラフォーミングはその途上で停止され、惑星上の居住環境は人間が暮らすのに最低限の環境しか用意されていない。

 惑星全体が乾燥した荒野で、時折砂嵐が吹き荒れ、テラフォーミングが途中で放棄されたために大気の組成が特殊なものとなった結果、常に夕焼けのような赤い空を持つ星となった。

 サンセットという名はその惑星の姿から名づけられたものであり、元々そこが何と呼ばれていたのか、誰も覚えていないし、興味も持ってはいない。


今は開拓初期に移民を行った開拓者たちの末裔と、宇宙のあちこちから様々な理由で流れ着いた人々が暮らしているだけの惑星だ。


だが、それでも、この星系で唯一の有人惑星だった。

 サンセットには開拓時代から人類連合の出先機関が行われ、今でも、行政、司法、軍事の中枢として機能をし続けている。


 降参させたブリッグをサンセットまで無事に連行したレナだったが、しかし、彼女が期待していたものは得られなかった。


 人類連合は法律にのっとり、レナの働きに対して賞金を支払い、また、積み荷分の割増料金も支払うことを約束してはくれたのだが、「ここでは払えない」と言ってきた。

 というのは、人類社会の中では辺境に属し、ただでさえ弱体化している人類連合の統治が十分に行き届かないサンセットでは、レナに支払われるべき多額の報酬を支払えるだけの余力がなかったからだ。


 渡されたのは、人類連合の然るべき機関に渡せば賞金の全額と交換できるという、小切手代わりとなる電子カード1枚だけだった。


 レナは当然、抗議した。

 賞金を支払うということは約束されているものの、その賞金を受け取るためには人類連合の中枢部までわざわざ戻らなければならず、時間も、費用も多くかかってしまう。

 おまけに、渡された電子カード1枚が、本当に賞金と引き換えることができるかどうか、少しもアテにはならなかった。


 それでも、サンセットの当局はレナの要求に答えなかった。

 無い袖(そで)は振れない、その1点張りだった。


 最終的に、レナは引き下がるしかなかった。

 賞金稼ぎはあくまで人類連合の認可の下に活動している存在であり、「賞金稼ぎの認可の剥奪(はくだつ)」というカードをちらつかせられては、それ以上強く出ることはできなかった。


 結局、レナの手元には何も残らなかった。

 得られたのは、本当に賞金と交換できるかどうかも分からない小さな電子カードが1枚だけで、例えそれが換金できるのだとしても、ひと手間もふた手間もかかってしまう。

 実質、骨折り損のくたびれ儲(もう)けだった。


 だが、レナは、渡された電子カードを換金するために、すぐに旅立ったりはしなかった。

 「キッド」という名前で呼ばれている、伝説的な宙賊がこのサンセットにいるという情報をつかんだからだ。


 キッドという名前は、その宙賊の本名ではない。

 6連発の古い実弾タイプのリボルバーを愛用していることで知られており、その卓越した早撃ちの技能から、大昔、地球に人類が暮らしていたころの有名な無法者の名前を取って、そう呼ばれ、名乗る様になったものだ。


 銀河に広がった人類の間で、キッドという宙賊の噂は広く知られていた。

 その多くはキッドの早撃ちの技を伝えるもので、「キッドは1度に7人を倒した。5人に1発ずつ使い、最後に2人同時に1発で撃ち抜いた」といったものや、「早撃ちで、全弾を前に撃った弾丸の上に命中させた」といったものの他、様々に尾ひれのついた噂が広まっている。

 そして、その内のいくつかは、「事実」として正式に認定されていた。


 そんなキッドには、多額の賞金がかせられている。

 キッドの「凄腕」の評判には、常に「無法者」としての活動がついて回っているからだ。


 窃盗、強盗はもちろん、傷害や殺人。

 キッドが現在までに殺害した人数は数十を数え、人類連合は大罪人としてキッドを追っている。

 必然的に、その賞金額は莫大なもので、今回、宙賊の密輸船を拿捕(だほ)してレナが受け取れることになった賞金よりもずっと多い。

 たった1人の人間であるにもかかわらず、だ。


 多くの賞金首は「生きたまま」捕らえることが求められていたが、キッドの場合は生死を問わないという条件づけがされてすらいる。

 例え生きたまま捕まったとしても、重罪は間違いないし、生きたまま捕まえようとすればかえって被害が大きくなりかねないという判断からだった。


 そのキッドを捕らえるか倒すかすることができれば、宇宙はきっと、少しは平和に近づくだろう。

 レナは、多額の賞金よりも、自身の信じる正義を貫くためにキッドを探している。


 惑星サンセットの宇宙港にベルーガで降り立ち、まだ日が暮れる前に船から降りたレナは、当局とのやりとりで疲れてはいたが、その足でさっそくサンセットで一番大きな街へと向かった。

 キッドの情報収集をしたいということもあったが、せっかく、自分の誕生日なのだから、街で何か美味しいものでも食べたいと思ったからだ。


 しかし、レナにとっての不運は続いた。

 サンセットで一番大きいはずの街だったが、そこには、レナのおめがねにかなう様な、良いレストランを見つけることができなかったのだ。


 レナは、落胆せざるを得なかった。

 そして、最後に行き着いたのは、宇宙港の近くにあった、船乗りたちが行きつけの店として使っている大衆酒場だった。

 レナとしてはこの野暮ったい酒場よりももっと清潔でおしゃれなレストランが良かったのだが、すでに空腹でもあり、そこはほかの店よりも幾分「まとも」ではあった。


「……情報収集と言えば、酒場って、相場が決まっているものね」


 レナはそう自分に言い聞かせて、その酒場の扉をくぐった。

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