Children of 「Kid」(完結)

熊吉(モノカキグマ)

第1話「レナ・ノービリス」

 栗色のストレート・ロングの髪と、エメラルド色の瞳を持つ美しい女性、レナ・ノービリスが宇宙に旅立ち、賞金稼ぎとして生きるようになってから、もうすぐ2年が経とうとしている。


 レナは、銀河中に販路を持つ大企業、「ノービリス・グループ」の社長令嬢として生まれ、2年前までは何の不自由もなく生きていた。

 レナの父は企業人として忙しく働くかたわら、レナに社長令嬢としの英才教育を施し、レナのために金銭を惜しまなかった。


 だが、レナは父の元を離れ、ほとんど家出同然に宇宙に出た。


 レナは自分が金銭面でかなり恵まれた環境に生まれ、他の人々が羨(うらや)むような生活を送ってきていたことを自覚し、そんな境遇に生まれた自分はきっと「好運なのだろう」と思ってきたが、しかし、彼女には1つだけ、耐えられないことがあった。


 それは、彼女の父親が示す、金銭への妄執ともいうべき強い執着心だった。


 レナが幼く、母親が存命であったころはまだ良かった。

 父親は忙しく働き続け、レナと母の元に戻ってくることは少なかったが、それでも父親はレナに優しく、そして妻を愛していた。


 だが、レナの母親が「宙賊」と呼ばれる無法者の攻撃によって命を奪われて以来、父親は変わった。

 父親は愛する妻を奪われた悲しみを塗りつぶすそうとするかのように以前にもまして仕事に没頭し、レナの父親は家に、レナの元へ帰ってくることはなくなった。

 父親は仕事を成功させること、より多くの金銭を稼ぎ出すことだけにしか興味を持たなくなっていた。


 レナは、数えきれないほどの夜を孤独に過ごした。

 レナの世話をするために優秀な執事やメイドが幾人もつけられて、家族同然に過ごしてはいたが、レナにとってただ1人の肉親である父親は、レナがどんなに会いたいと願っても帰ってきてはくれなかった。


 やがて、レナは涙を流すこともなくなった。

 代わりに芽生えたのは、自分よりも金儲けに執着する父親に対する軽蔑。

 そして、母親の命を奪った宙賊に対する憎しみだった。


 レナは英才教育を受けて若くして優れた能力を持つ少女へと成長していたが、同時に、彼女の心には、父親への反発と、無法者を許せないという、強い正義感が生まれたのだ。


 宙賊というのは、人類が宇宙に生活圏を移し、恒星間を巨大な宇宙船で行き交うことが当たり前となった時代に生まれた無法者たちだった。


 宙賊は違法に武装し、航行する民間の船舶を襲い、あるいは各地に形成された居留地を攻撃し、破壊と、略奪を思うままにする。

 その蛮行は、レナの母親の命さえ奪った。


 銀河に広く進出した人類は「人類連合」という、人類全体による統一政体を持っており、星間国家の形を持っていた。

 跳梁(ちょうりょう)する宙賊に対し、人類連合も軍を派遣して討伐するなど、対策を行ってはいた。


 しかし、人類連合の統治力は百年ほど前、「ストレンジ」と人類側が呼ぶ、ナノマシンによって体を構成している異種族との星間戦争に敗れて太陽系を失って以来、見る影もないほどに弱体化してしまった。


 種族としての根拠地を失った人類社会では法の光が届かない闇の領域が大きく広がり、その闇の中で宙賊が活動することを止める力は、人類連合という国家からは失われていた。


 そして、自身の力では対処できない宙賊を討伐するために生まれたのが、宇宙の冒険者たち、「賞金稼ぎ」だった。

 人類連合は宙賊に対し多額の賞金をかけ、その賞金を目当てに戦おうとする人々に武装することを許可し、宙賊を討伐させることで治安を回復させることとしたのだ。


 賞金稼ぎという存在、その生き方。

 それは、レナにとって目指すべきものとなった。


 1つには、自分よりも金銭を、儲けを求める父親の元を離れ、自由に、自分の決断と責任で生きていくことができるということ。

 もう1つは、憎い宙賊を、合法的に倒して回ることができるということだった。


 17歳の誕生日を迎え、飛び級して学んでいた大学の卒業を済ませると、レナは即座に行動に移った。


 まずは、これまでの「感謝」と称して執事やメイド、そして父親がつけていたボディガードたちに手料理を振る舞う様に見せかけ、睡眠薬を盛って眠らせた。

 レナの「家出」を邪魔しそうな人々を、レナは穏当な手段で無力化したのだ。


 それから、レナは父親の個人口座からできるだけの財産を、自身を顧(かえり)みなかった父親からの「慰謝料」として抜き取り、賞金稼ぎとして必要不可欠となる装備品を調達して、執事やメイド、ボディガードたちへの謝罪と感謝、そして、父親への悪口雑言を書き連ねた置手紙だけを残して旅立った。


 賞金稼ぎにとって必要不可欠だった宇宙船は、この以前にレナがネットオークションで格安で販売されていた宇宙船を「お小遣い」で購入しており、レナは「ベルーガ」と名づけたその宇宙船で、「自由」になった。


 そうして、2年。

 レナは今日、19歳になった。


「お誕生日、おめでとうございます。ご主人様! 」

「あら、ありがとう、デア。覚えていてくれたのね? 」

「それはもちろん! デアの大切なご主人様ですから! 」


 朝起きて簡単に身支度を整え、ベルーガの操縦室へとやってきたレナにお祝いの言葉を述べてくれたベルーガの艦船運用支援AI、デアに、レナは柔らかく微笑みながらお礼を言った。


 父親の元から逃げ出して、2年。

 その間にレアは宇宙の様々な場所を旅して、数えきれないほどの宙賊と戦ってきた。


 それは、全て自身で望んだことだったし、充実した日々だった。

 だが、さすがに、そのほとんどの時間となる航海中、話し相手がAIのデアだけというのは、少し寂しいものがあった。


 デアは、優秀なAIだった。

 彼女の働きに、レナは少しも不満を持っていない。

 購入時の説明では、以前の持ち主が特殊なカスタマイズを施したAIだということで、通常のAIとは異なり、ほとんど人間と見違うほどのAIだった。

 よく働いてくれるし、おしゃべりをしても人間と話すのと同じ様に思えるほどだ。


 だからレナが航海中に退屈したことは1度もないのだが、やはり、「機械としゃべっている」という感覚はぬぐえなかった。

 少し、人が恋しい。


 レナは、落ち込みそうな自分の気分を励ますために、ぱん、と身体の前で手を叩くと、操縦席から立ち上がった。


「さ。お誕生日なんだから、ケーキくらい焼かないとね! デア、悪いけれど、しばらく操艦、お願いね? 」

「かしこまりました、ご主人様」


 レナはデアの声を背中に受けながら、鼻歌を歌いながら船の奥へと向かっていった。

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