田沼兄弟


「あれ? ずいぶん顔色が悪いぞ望月。お前は疫病神か、死神なんだ。だからもうお前に関わった若い二人の命も風前の灯だ」

 

 田沼はもう勝者のような不敵な笑いを浮かべていた。


「望月! 獣に変わるか。だが望月、お前が獣に変わったら俺はまともじゃかなわない。ここは剣で勝負しようじゃないか。おまえに意気地があるんなら、正々堂々と対等な勝負をしようじゃないか! 日本刀での真剣勝負だ!」


「……!」


 その時の望月からは表情が消えていた。


 その刹那、背中に担いだエリカが微かに笑った。エリカがこんな時に笑うなんておかしいと思うのも束の間、彼女は凄い速さで望月の背後から隠し持った短刀を突き刺した。その刀身は望月の肩口から左胸を貫いた。どっと鮮血が壁に散った。並の技ではなかった。望月はまったく不意を突かれた格好で苦痛に顔を歪めた。


 それを待ち兼ねたように抜刀術にたけた勇二は、望月めがけて背の刀を間髪入れずに振り下ろした。渾身の力で振り下ろされた刀がカツンという異様な音を響かせた。


 それは刀身が骨に達した寒気のするような音だった。しかし刀を受けたのは望月ではなかった。望月は反射的に身体を半回転させていた。だからまともに刀を受けたのは背中のエリカだった。


 彼女は頭蓋骨にまともに勇二の放った刀を受けたのだ。そして望月の反射神経は防御と攻撃をほとんど同時にやり遂げていた。望月は右手の人差し指と中指の二本をくの字にして勇二の喉笛を瞬時に貫いた。鋼鉄のような指先が勇二の喉笛を下からえぐったのだ。まさに超人であり、超獣だった。その身のこなしはとても人間業ではない。


「おああっ!」


 勇二が喘いだ。勇二はまったく信じられないという顔をして数歩、歩いた。そして夢でも見るような表情のまま、喉からぼとぼとと滴る赤い血を両手に受けてばったりと倒れた。そしてそのまま動かなかった。


 望月はそれを確かめると、虫の息のエリカを抱きあげてその顔を覗き込んだ。額から頭にかけてざっくりと割れている。――彼女の消え入るような声音。


「望月、あんたはわかっていたんだね、わたしが美沙だって。最初から知ってたんだ。あんたがエリカと会った事がないのをいい事に、香水まで変えて変装していたのにさ、あんたは見破っていたんだ。わたしたちにはあんたが坂田の後を付けていた時から見ていたんだ。カメラでね。でも……。あんたは凄いよ。ほんとに、すご… ああ、わたしはもう一度あの世であんたに会いたい……」


 田沼美沙は目を開いたまま死んだ。望月は掌で彼女の目を閉じらせ、本物のエリカを探した。地下の部屋という部屋をことごとく探すと結局彼女は、美沙がいた部屋の床下の個室に閉じ込められていた。望月はエリカの無事を確認すると傷づきながらも、エリカを抱き上げようと思った。そのとき不意に望月の携帯が鳴った。なんと発信者は須藤研一だった。


「す、須藤君! 君は大丈夫なのか!」


 須藤研一の声は予想外に明るくこう望月に報告した。


「さっき、警官に成りすました男たちが僕の家に来たんです。偽のパとカーに乗ってです。話を聞いたら、洋館で僕と伊藤さんを拘束した犯人が捕まったので、署まで来て確かに犯人かどうか確かめてほしいと言うのです。犯人の特定にご協力して欲しいと。後から望月さんも来ると言うし、僕は最初信じそうになりました。でもどうもおかしい。三人の警官の内の一人が僕の記憶にあったのです。変装はしていても、癖や声の特徴は隠せないものです。僕は子供の時から記憶力は人一倍ある方なので」


「そうか、さすが須藤君。で、どうしたんだ?」


「この時は幸い、家には僕しかいなかったんです。だから少し待ってといって家の裏口から逃げました。そして本物の警察に電話したのです。もちろん伊藤さんにも電話して注意しました。一時間もして家に戻るとそこにはたくさんのパトカーと大勢の警官がいました。危ないところでしたがまだ警察官が僕の家にいてくれてます。そういうご報告です。望月さん」


「そうか、良かった。それを聞いて安心したよ。それにしても君は大したものだ。 本当に大したものだ」


 望月の顔に生気が蘇るようだった。喜びを嚙みしめるようだった。エリカを背負って、望月は夜の街を走った。疾風であり、超獣の走りだった。


 望月はエリカを妹の家の比較的近くの救急病院に急患として運んだ。そしてすぐに妹の新藤サエに連絡をした。すぐにサエが駆けつけ姉妹は涙の再会を果たした。翌日の新聞はこぞってそれを大きく取り上げた。そのなかのいくつかを例に挙げよう。


 ――怪人に誘拐されたまま行方不明だった、銀座ナンバーワンホステス、エリカ(本名新藤絵里さん二十五歳)無事帰還! 救出者は「何でも屋」を麻布で経営する男性、望月丈さん二十八歳。同日二十時ごろ彼はホステスの監禁されている地下室を突き止め、単身彼女を救い出した。望月氏の証言によると彼女を誘拐した怪人はある犯罪組織の一員であると言う。その後も望月氏の口から驚くべき証言が続いている。尚、彼は監禁現場で犯人と格闘の上、複数の犯人を倒したという事だが、現場に警官隊が急行したときには、犯人の姿は全く発見することが出来なかった。しかしその地下室に続く階段におびただしい血痕が付着していたので、警視庁は現在それらの調査に全力をあげている。この誘拐事件には恐ろしい犯罪組織が関与している事が明らかになりつつある――。

 

 ――美人姉妹涙の再会! お手柄の望月氏。自称何でも屋の望月氏の手によって無事救出された。ナンバーワンホステス(本名新藤絵里さん)両親とも再会。望月丈さんは謝礼の百万円を妹のサエさんから手渡された。尚、このあと望月氏には警視庁より感謝状が贈られる運びとなっており、ここに令和のイケメンヒーローが誕生した。云々――。


 望月はその記事を読んで事務所に明かりもつけずに何回か溜息をついた。やがて日が暮れる時分である。エリカを救えたのはいいが須藤青年と、伊藤理香に危険が及んでしまった。今回は須藤青年の機転で何とかなったが、今後の事はわからない。そう思うと自分が田沼勇二が言ったように疫病神に思える。


 と、そのとき外に気配を感じて神経を集中すると、誰かがポストに手紙を入れて行ったらしい、望月はその見なれない手紙を直ぐに開封して中を読んだ。文面はこうだ。下手なペン字だった。


 望月、俺はエリカをさらった小延というものだ。エリカは俺が妻にする女だ。それをお前が余計な事をしやがって、しかし田沼兄弟を葬ったお前は中々のつわものだ。望月、俺は強い奴を見たり、知ったりすると無性に血が騒ぐのだ。エリカをまた浚うのは簡単だが、またお前がしゃしゃり出てくるのは明白だ。だからこの際、お互いの雌雄を決しようじゃないか。兵頭にも手出しはさせねえから心配するな。日時場所はここに記す。必ず来い。逃げたら俺はエリカを殺す、いいか必ず来い。一人で来い。待っているぜ。


 決闘場所、四月十三日午後三時、巌流島。佐々木巌流之碑の前にて待つ。


     おまえと同じ血を引く男         小延 修


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