第9話 キャンプの二人

「キャンプしないか」

 突然、窓際の座椅子に座る彼が言った。

「はい?キャンプ?今から?」

 まだ明るいとはいえ、もう夕方だった。これから山に行くなど考えられなかった。

「うん」

 しかし、彼は明るくうなずく。

「・・・」

 時々彼がよく分からなくなるが、今回はさっぱり分からなかった。


 私たち二人はテントを持って、河川敷を歩いていた。

「絵はいいの?」

 今日、彼は部屋で一日中ゴロゴロしていた。

「うん、今日は休み」

 熱心に描いていた割に、案外いい加減なんだな。私は思った。しかし、彼のそのおおらかさがまた、彼の好きなところだった。

「ここがいい」

 河川敷の一画に彼は持ってきたテントを置いた。

「それどうしたの」

「探検部の先輩にもらったんだ」

 それは四人用くらいの結構な大きさのテントだった。

「その先輩は今アマゾンにいるよ」

「へぇ~」

 変人にはやはり変人の友達ができるのか。私は彼に悪いと思いながら、そんなことを考えた。

「キャンプって、ここなの?」

「うん」

 キャンプ地はアパートから目と鼻の先にある河川敷だった。

「なあんだ」

「ん?」

「なんでもない。ふふふっ」

「さあ、とりあえずテントを張ろう」

「うん」

 なんだか、私もわくわくしてきた。キャンプなんていつ以来だろう。

 テントを立て終えると、彼は石を拾ってきて丸く並べると、その真ん中で枯草と枯れ枝で火を熾した。

「いいの」

「何が」

「火なんて」

「大丈夫だよ」

 そう言えば、河川敷にいたホームレスの人たちも焚火をしていた。

「この辺はわりかし大らかなんだ」

「へぇ~、そうなんだ」

 と返事をしているその時、河川敷の奥の方に目がいった。そこには思いっきり焚火、バーベキュー禁止の立て看板があった。

「・・・」

 彼を見る。しかし、彼は鼻歌交じりに、火を熾しに夢中だった。

「・・・」

 私は慌てて見なかったことにした。

 そうこうしているうちに、日も暮れてきた。

「なんか 雰囲気出て来てたね」

 暗闇に、焚火のほのかな明かり。キャンプって感じが出てきた。私は意味もなくわくわくしてきた。

「焚火っていいね」

 火を見ていると、全然飽きない。なんか楽しかった。

「じゃじゃ~ん」

 と、突然彼が、バックから何かを取り出した。

「なにそれ」

「肉だよ」

「肉?」

「キャンプと言えば肉だ」

 そう言って彼は、肉の塊をもちろん豚肉、牛肉など買う金はない、を持ってきたナイフで大きく二つに切った。それに、木の枝を刺す。

「はい」

「えっ」

 二つのうち一つを私に渡す。

「・・・」

 それを私は受け取る。なんかデカイ。それはかなり重かった。

「こうやってあぶるんだ」

 だが、そう言って、彼は棒の先の肉の塊を焚火の火にかざした。

「これがうまいんだ。ちょっと時間がかかるけどね」

 私も、彼に倣って肉を火にかざした。ぽたぽたと豚肉の濃厚な脂が火に落ちてジュジュジュッとおいしそうな音を立てる。そして、何とも言えない肉の焼けるいい匂いが、湧き上がってくる。

「こ、これは」

 なんてことないことだけど、妙に楽しかった。

「楽しいね」

「うん」

 会話はいらなかった。肉の刺さった棒を持ち、火を見つめているだけでなんか楽しかった。私たちは黙って、肉の塊を火に当て続けた。

「さあ、焼けた」

「味付けはどうするの」

「じゃじゃじゃ~ん」 

 彼は塩コショウを取り出した。そして、それを豪快に肉の上から振りかけた。

「さあ、食べてみて」

 私は、熱々の肉の塊に思い切ってがっついた。

「うううっ、うまい」

 うまかった。堪らなくうまかった。

「なんだこれ」

「うまいだろう。焚火で焼くとなんかうまいんだ。この前発見してね。ぜひ君に食べてほしかったんだ」

「うまいよ。まじでうまいよ」

 まじでうまかった。

「そして、じゃじゃじゃ~ん」

「ん?」

 彼が手に持っていたのは缶ビールだった。

「本物のビールだ。発泡酒とか、第三のビールとかじゃないよ」

「おおっ、本物だ」

 貧乏ガールの私も久しく見ていない代物だった。

 プシュッ

 彼はプルトップを開けた。

「お先にどうぞ」

「ん?回し飲み?」

「そう」

 彼は大きくうなずいた。グラスなど気の利いた物などないところが彼らしかった。私はビール缶に口をつけた。

「うまい」

 続いて彼が飲む。

「うまい」

 そして、私たちは笑った。私たちは幸せだった。

 ふと、上を見上げると、満天の星空が私たちを見下ろしていた。

 肉と缶ビール一本だけだったけど、すごく楽しくて、心の底から堪らなく充実していた。

「楽しいね」

「うん」

 私が言うと、満足そうに彼も言った。

 私たちは、結局、せっかくテントを張ったのに、あまりに星がきれいだったので、そのまま草原に横になり、満天の星を眺めながら寝た。

「・・・」

 宇宙全体に包まれているような錯覚の中で星を眺めていると、なんだか、今までの色んな辛かったことが、なんかどうでもいいような気がしてきた。

「自然っていいね」

「うん」

 私たちは、魅入られるように無数に輝く星々を見つめ続けた。

「ううっ」

 しかし、朝起きると、二人とも蚊に刺されまくって体中ボコボコになっていた。自然は、いいことばかりではなかった・・。

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