第2話 憑依


―――


 志月は結局、私の家に住む事になった。まだ詳しい話はしてくれないけど、明らかに別の世界から来たって感じだし。まぁ一応パートナーだしね。野宿させるのも気の毒だったから。

 でも一つ心配だったのは両親の反応。絶対反対するだろうなって思ってダメ元で頼んだらうちの親ったら……


『あら、格好良いじゃない。由希、あなたいつの間に彼氏なんて作ったの?』

『お母さん……違うって。ちょっと事情があって住むとこないから少しの間うちに泊めてあげたいんだけど……いい?』

『まぁ!大歓迎よ、私は。お父さんはどう?』

『なぁに、俺も大歓迎さ。志月君みたいな男の子と一緒にいれば、由希も少しは女の子らしくなるかも知れないからな。』

『ありがとうございます。お言葉に甘えて今日からお世話になります。』

『……もはや二重人格……』


 とまぁ、こういう訳で志月と暮らす事になりました。しかもちゃっかりうちの学校に転校してきて、同じクラス・隣の席という最悪の事態となっています。


「っていうか、寝てるし……」

 今は絶賛授業中。でもそんな事はおかまいなしに堂々と机に顔を伏せて寝ている。

 一応起こそうとしたけど、『起こすなオーラ』が出ている気がしてやめた。


「こら!転校生!初日にこの俺の授業で寝るとはいい度胸だ。よし、この問題を解いてみろ。」


 あちゃぁ~……石山先生にバレちゃったよ。生活指導だから厳しいんだよね。大丈夫かな……


 志月はむくっと起き上がると頭をかいた。


「……あー、はっきり言ってわかりません。」

「何だと!?」

「でも今から30秒で解いてみせます。」

「30秒だと?高三レベルの問題だぞ。そんな簡単に出来る訳がないだろう。」

 血管をこめかみに浮かばせている先生を尻目に、志月はすたすたと黒板に向かっていく。そしてもの凄い早さで問題を解くとさっさと席に戻り、また顔を机に伏せた。


「せ、正解だ……」

「おお~~!」

 成り行きを見守っていたクラスの皆が拍手する。パッと隣を見るとこっちを見ていて、にやっと口端を上げた。


「ちょろいぜ、あんな問題。」


 何かいちいちムカつく奴だな……

 どうせ私は『あんな問題』すらわからなかったよ!


「はぁ~……」

 こんな奴とこれからパートナーとしてやってけるのかな……前途多難……




―――


「ねぇ、由希。志月君と一緒に暮らしてんでしょ?どんな感じなの?」

「どうって言われても……」

「本当に格好良いよね~。物腰が柔らかくて穏やかだし、歩き方一つとっても上品さが滲み出てるし。おまけに頭もいいなんて、完璧じゃん!」

 美佳が胸の前で手を組んで体をくねらせる。目もハートになってるし。

 私は溜め息を吐いた。


「あのねぇ……あれは外面がいいだけで本当は……」

「でも志月君って何者なんだろうね。いきなり現れて由希をデビルなんちゃらに任命してどっかに連れてっちゃうなんて。しかも連れて行った先には悪魔がいて、全部退治しちゃったんでしょ?」

「うん……私も詳しい話は聞いてないんだ。ただ魔法学校に通ってたって事と、あいつが悪魔を退治出来るのは本当だって事だけ。」

「そっか。で、それが志月君に貰ったプレゼントって訳ね。」

「プレゼントって……ただの悪魔退治の道具だよ。」

『それ』と首にかけていたネックレスを指差されて慌てて隠す。でも美佳はニヤニヤしながら続けた。


「お揃いなんていいなぁ。私も欲しいな~」

「聞いてる?人の話……」

「でもさ、由希は力を使う事は出来なかったんだよね。素質があるって言われたのにどうして?」

「さぁ。初めてだったからじゃない?志月も実践を踏めば出来るようになるって言ってたし。まぁ、悪魔退治なんて本当は気乗りしないんだけどね……」

「えぇ~!?私だったら超ノリノリでやるんだけど。あんなイケメンと一緒にいられるなんてラッキーだよ、由希。」

「顔だけどね、いいのは……」

 私は教室の隅でクラスメイトと和やかに話している志月をチラッと見て、また溜め息を吐いた。


 美佳には全部話してある。昨日一緒にいるところに志月が現れたし、光の中に連れて行かれたとこも見られたしね。

 信じがたい話だけど案外すんなり受け入れてくれたはいいものの、化けの皮を被っている志月の事が大層気に入ったらしい。

 テンションMAXな美佳って正直面倒くさいんだよね……


「あ、そろそろ三時間目始まる。じゃあね、由希。また後で。」

「うん。」

 美佳が手を振りながら自分の席に戻っていく。私も手を振り返すと、さっきの志月と同じように机に顔を伏せた。


「疲れた……」

 良い子なんだけど時々ついていけない時があるんだよね、美佳って。同じテンションで盛り上がる分には楽しいけど、今みたいに一方的にこられるとちょっと体力が削られるというか。


「それもこれも全部、あいつのせいだ。」

 私はキラキラの笑顔を振り撒いている疲れの元凶を思いっ切り睨んでやった。




―――


――放課後



 帰り支度をしていたら、志月が珍しく慌てた様子で教室に入ってきた。私を見つけると一目散に近づいてくる。


「由希!」

「な、何……?」

「ちょっと来てくれ!」

「何処に?」

「いいから!」

 志月は私の手を掴むと廊下に出た。


「ちょっとどうしたの?」

「石山ってさ、どういう奴だ?」

「石山先生?う~んと、生活指導の先生だから厳しいよ。志月もさっき怒られてたじゃん。いつも不機嫌で目付きも悪くてあんまり良い印象はないかな。」

「じゃあ、あれ見てどう思う?」

「あれ?」

 志月が立ち止まったので私も立ち止まり、志月の指差す方を見る。そこには石山先生がいた。


「何だ、このスカートは!短すぎるぞ。今すぐ直してこい!おい!そこのお前!ネクタイはどうした!?答えろ!」

 校則違反をしている生徒に向かって怒鳴り散らしている石山先生がいた。


 でも、何か様子が変だ……


「厳しい先生だけどこんなに頭ごなしに怒鳴るような人じゃないのに。どうしたんだろ……今日はいつもより機嫌悪いのかな。」

「やっぱり……あいつから中級魔の匂いがするんだ。たぶん、取り憑かれてる。」

「えっ!?」

「早いとこ何とかしねぇと、石山は……」

「どうなっちゃうの?」

「最悪、体を乗っ取られて自我が消えちまう。」

「そんな……」

「行くぞ!」

「待って!」

「何だよ、早くしねぇと……」

「悪魔を封印したら先生は……まさか一緒に消えちゃう、なんて事ないよね?」

「大丈夫だ。」

「ホント?」

「あぁ。俺を信じろ。」

「……うん!」


 私は一度ネックレスを握りしめると、志月の後を追った。



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