第6話 五年前の出会い

昼食を終えてから一時間でシュテルクス卜帝国との国境に到着する。

私が最後に帝国に行ったのは五年前。

帝都フェアザンメルンにある皇城で催された大規模な舞踏会に招かれたのが最後だ。

久しぶりに向かうのが嫁ぐ為とは思わなかった。


「帝国に入るのは五年ぶりですね」

「ええ、そうね」

「あの時はレイチェル様が破落戸に襲われかけたのですよね」


そして私は運命の人と思える相手に出会った。


ぼんやりと五年前の事を思い出す。

あの時、私は帝都の様子を見たくてウィノラや護衛を置いて一人で歩いているところを破落戸に目を付けられてしまったのだ。


「お嬢ちゃん、お兄さん達と良い事して遊ばないか?」

「それでついて行く女性は居ないと思いますよ」

「良いからついて来い」


破落戸の一人が脇腹にナイフを押し付けてきた。周りには子供や老人がいる。大声を上げて逆上されたら周囲に被害に被害が及ぶかもしれない。

大人しく路地裏までついて行ったのだ。

誰も見ていない場所。

習った護身術で切り抜けようとしたが身を構えた時には破落戸達は全員倒れていた。


「大丈夫か?」


声をかけてくれたのは帽子を深く被った平民服の男性だった。一瞬過ぎて見えなかったが彼が助けてくれた事は明確だ。頭を深く下げてお礼を言った。


「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」


微笑みかけると男性は顔を逸らしてしまった。

視線を下に向かわせると腕にナイフで斬り付けられた痕があり。慌てた私は持っていた白のハンカチを彼の腕に巻いたのだ。


「私のせいでお怪我をさせてしまい申し訳ありません」

「いや、気にするな」


初めて家族以外の男性に頭を撫でられた。

胸の奥が強く鼓動したのを感じる。

ああ、この人だ。

助けてくれた彼こそが自分の運命の人だと確信した。


「あの、お名前を…」

「すまない。急いでいるんだ」


男性は焦った様子で駆けて行ってしまった。

せめて名前だけでも聞いておけば良かったのに。

それ以降は一回も会っていない。

なにも知らない相手に会えるわけがないのだ。



「今思えば馬鹿みたいな話よね…」


窓の外を眺めながら小さく呟いた。

破落戸から助けて貰って運命を感じる。

他人が聞けば安っぽい物語だ。

自分の体験だと言わず友人にこの話をすれば笑われた。真剣に私の話を聞いてくれたのはウィルベアトだけだったのだ。

周囲からの否定と相手に会えない事から気持ちは冷めていった。

薄暗い路地裏に加えて帽子の影が濃かったせいで今では顔を思い出す事も出来ない相手だ。


「そういえば…」


あの時に渡したハンカチにはツァールト公爵家の家紋である鷲を刺繍していた。

今思えばあげるべき物じゃなかったかもしれない。

ただ五年も前の話だ。

向こうも碌に覚えていないだろうし、ハンカチだって捨てられている可能性が高い。

今更思い出しても仕方のない初恋だ。

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