第17話 それぞれの夜 - 2 -

 サラのお披露目はうまくいった。フェリックスもうまくフォローしたのだろう。城内もさることながら、城下町の浮かれ具合も耳に入ってきた。予言書の通りの黒髪は美しく、見慣れぬ衣装が神秘的な女神のようだと話題になっている。


 城下町の賑わいは、声こそ聞こえないものの、宴を開く酒場など家々の明かりで知ることができた。


 フェリックスと話た後、カイを会議から呼び出し話をした。フェリックスには安請け合いしたが、カヴァリヤとしての総意は理解しておかなければならない。


 カイと元老院の考えは、こうだった。

 ツァウバーとの交渉は免れない。シレンシオとの関係を含め三国での協議は必須であろう。先の戦争に起因するわだかまりを清算しない限り、三カ国の未来はない。解決のためのこの勇気ある一歩に、現れた救世主の存在はカヴァリヤのみならずツァウバー国民とシレンシオ国民全ての希望になると信じている。


 思考を休めると、噴水の跳ねる水の音が響く。

 街は浮かれていても城内は静かなわけだった。端から問題を解決するのに救世主の力など期待していない。あくまで、三国問題の登場人物の1人であって、さらに言えば、カヴァリヤの使える駒の一つに過ぎない。

 城の内部で、救世主の存在は三国国民全ての希望になると言っているが、それすらも建前だろう。救世主の存在が、予言書の真実性を裏付け、未来を予言することができる力をカヴァリヤは持っているということをツァウバーとシレンシオに誇示するのが本当の狙いだ。


 救世主は……サラは本当はどうやって、そして何のためにここに来たのだろうか。自覚の無い人間に救世主という役割を与えて、救世主に仕立て上げるのなら、そもそもあの森に行く必要すらなくそこらの娘の髪を黒く染めれば良いだろう。適正だけなら、それこそシアラの方があるだろう。戦闘を熟知し、自分の役割をよく理解している人間がふさわしい。

 戦場で見た少女を思い出した。


「フェルデナント、どうしたの。呼び出したりして」

 シアラだった。サラのお披露目の裏で、日が落ちてからこの噴水の広場にシアラを呼び出していた。


 噴水の淵に座る俺の目の前に立ったシアラを見上げる。


 あの時も、こんなふうに下から少女を見上げていた。


 立ち上がると、あっという間に視界は上下入れ替わり、背の低いシアラを見下ろす。

 すぐに付けられるようにと、包まずそのまま手の中に収めてきたネックレスを拳のままシアラに差し出す。シアラは訝しげに俺を見上げると、俺の右手からネックレスを受け取った。


「これ、昼間の露店で見てたグラナットの……ネックレス?」

「あぁ。似合うと思って」

 石をつけただけのシンプルなものだが、最初のプレゼントには丁度いいと思った。華美なものは遠慮されるだろうし、シンプルな方がシアラには似合う気がした。


「くれるの?」

 俺は肯定の笑顔を作って、シアラからもう一度ネックレスを受け取ると腕をシアラの首に回した。


 ウィッグをつけていないシアラの黒髪が、暗い中でさらに色濃く、赤い石を縁取るように流れた。


「ありがとう。綺麗」

 まだ少し驚いた表情のまま、シアラはそう言った。

「カヴァリヤの思い出に」

 プレゼントは何でもない、ただのお土産だということにしておく。今は。


「……フェルデナント。フェリックスが、明日皆んなで立つって」


 明日、ツァウバーに向かう。

 何が待つのか分からないが、何かが変わるのは間違いないだろう。


 戦場で出会った少女との再会を喜んでいる時間はない。

 少女は成長しても、変わらず凛とした目を俺に向けた。


 世界が動く。

 今は、今はまだ、自分の役割を果たし彼女の役割を見守ろう。

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