10話 ペン=ジマク②
紫色の魔法がチョークに襲いかかる。しかし、チョークは防御障壁を張るのみで、特に何かをしようとはしていない。
ドォォォォォン
そのまま紫色の光がチョークに直撃し、大きな爆発を起きると、建物の一部が崩れ落ち、砂煙を巻き上げる。
「ハァハァハァハァ…ざまぁ…みやがれ!ハハ…ハハハハ。」
ジマクは勝利を確信して、高らかに笑い始める。が、すぐさまそれは早計であったことを知る。霧散する煙の先にチョークはいなかったのだ。
「なっ!?いない!?」
「こっちだ。」
声のする方へ顔を向けた瞬間、チョークが自分の懐へ入り込んでいる事に気づく。そして、チョークは金色に光る右手をジマクの腹に置いた。
「ゴッデスズブレス…」
その瞬間、右手が大きく輝いたかと思えば、大きな光の球体が現れ、ジマクの体を包み込んだ。
「なっ、なんだこれは!?」
「さよならだ、ジマク。」
チョークがそう言うと、大きく膨れ上がった光の球体と共に、ジマクは彼方へと吹き飛ばされていった。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
後にはジマクの叫び声が、小さくこだましていた。
チョークはそれを見送る事なく、倒れていた学園長へと駆け寄る。
「学園長、大丈夫ですか?」
「チョッ、チョーク殿…ジッ、ジマク殿は…」
「少し吹き飛ばしただけです。殺してはいません。」
「そっ、そうですか…グッ…わっ、わたしは…」
「わかっています。陛下も理解はされている。相応の処分はあるでしょうが、情状酌量の余地も十分にある。」
「かっ、かたじけ…ない。」
そこまで言うと、金属の擦れる音と共に、騎士たちが部屋に入ってきた。チョークは彼らに指示を出す。
「ペン=ジマクの行方を探すよう、上に伝えてくれ。それと学園長の身柄は丁重にな。」
「はっ!」
騎士たちが学園長を連れ出していく中、チョークはジマクが突き破っていった壁の向こうを見据える。
青い空に浮かぶ白い雲と、煌びやかな太陽が、眩しく輝いていた。
◆
王宮法廷にて、学園長には教師資格の剥奪と、3年の懲役が下された。
生徒たちの犠牲を考えれば、実に軽い刑だと言えよう。しかしながら、王家も責任を感じていることが、判決に表れた形であった。
なぜならペン=ジマクは元王族であったからだ。なぜ王族が教師などと思うかもしれないが、ジマクは王族・貴族にはよくある『ヤンガーサン』である。
ジマクは三男であるため、爵位を継承できなかった。小さき頃から支配欲の塊であったジマクは、それに不満はあったが、さすがに我が兄を殺すことはできない。
どうしようかと考えていたジマクは、学園という小さな国に目をつけたのだ。
教師には、生徒は逆らえない。
小さき国ではあるが、王として君臨できる学園で、ジマクは教師になることを決めたのだった。
もちろん魔法が使えなくては、教師になることはできないのだが、彼にその心配はなかった。なぜなら彼は、王族始まって以来と呼ばれるほど、優秀な魔導士でもあったのだ。
それから、ブラックボード学園はジマクの傀儡と化してしまった。全て彼の思い通りになり、学園長以下、全ての者は王族出身である彼に逆らえず、ジマクは暴虐の限りを尽くしてきたと言うわけだ。
しかし、彼の目に余る暴虐の数々に、王も目を瞑ることができなくなっていた。
国として魔導士の育成は急務であり、ジマクの行いは、それを阻害するものであったからだ。
王に対して、周りの忠臣たちは進言を繰り返した。ただ1人、ジマクの兄だけが彼を庇っていたのだが、周りはもちろん納得しない。
ジマクの兄は、彼の説得に直接訪れた。
しかし…
「何を言い出すかと思えば。兄者よ、私がそれをしたと言う証拠がどこにある?現に学園は事故だと発表しておるではないか。」
「しかしだな、ジマクよ。陛下以下、王宮の者たちはお前を疑っておるのだ。私もそろそろ庇いきれなくなってきておる。少し自重してはくれまいか。」
「ふん。私が何をしようが、兄者には関係なかろう!兄者は、爵位を継承しておるのだ。周りの家臣らを押さえ込み、家族を庇うのも、あなたの仕事であろう。その為に私はあなたに協力したのだ!それとも何か?私を切り捨てるか?それも良いが、あなたも地に落ちることをお忘れなく。」
「くっ!しかしだな。このまま続ければ、王宮が動くぞ!そうなれば、私の力など無に等しい!頼む!どうか言うことを聞いておとなしくしてくれ!」
「話にならん!兄者よ、もう帰ってくれたまえ!」
「ジッ、ジマク!」
「くどいぞ!!!」
結局、ジマクは兄の説得には応じず、追い返してしまったのだ。そして、その後もジマクは学園での暴虐を続けた。
しかし、悪行というものは長くは続かないものだ。学園長の密告もあり、ついに看過できなくなった王宮が動くことになる。
そう、ジマクの抹殺である。
そして、それの任務に選ばれたのが、ワイド=チョークであったのだった。
数日後…
ジマクを排除し終えたチョークは、ブラックボード学園を一から立て直す為、講師として学園に配属されることとなった。
新任の学園長へ挨拶するため、学園長室へと向かっていた。部屋の前に着き、チラリと上を見上げると、学園長室と書かれた札が見える。
「さてと…」
チョークはドアをノックする。
「どうぞぉ。」
中から返事が聞こえたのを確認して、チョークはドアを開け、中に入る。
「失礼します。着任のご挨拶にまいり…あなたは!」
「フォッフォッフォッ。久しぶりだな、チョークよ。」
目の前のデスクには、長い白髭に丸眼鏡をかけ、とんがり帽子を被った老紳士が座っていた。
「ライブラリ先生!」
「もう先生ではないが、そう呼ばれるのも久しぶりだな。フォッフォッフォッ。」
「先生こそ、お元気そうで何よりです。」
2人は笑い合う。
史上最強と謳われたブック=ライブラリと、その弟子であり、現在最強と謳われているワイド=チョーク。
この2人により、ブラックボード学園はたった数年で、国内一の魔術学園と称されるまでになるのであった。
◆
チョークとライブラリが再開を果たしていた頃、ブラックボード学園から数百キロ離れた荒野に、ジマクの姿があった。服や体は裂け、大の字に仰向けで倒れている。
「…ガハッ…チョッ、チョークのやっ、野郎…本当に殺そうとするとは…」
ジマクは、ボロボロになった自分の体に、治癒魔法をかける。緑色の光がジマクを包み込み、ゆっくりと怪我が治っていくが、すぐにその傷が開いてしまう。
「あっ、あの野郎…何重にも魔法を重ねてやがる…」
ジマクの予想だと、『ゴッデスズブレス=女神の吐息』と言う魔法は、いくつもの属性を重ね合わせ、致死率を極限まで高めた殺傷魔法だ。傷が治らないのは、腐食魔法の類が重ねがけされていて、ジマクの逆算が間に合っていないのだ。
(生き残るか死ぬか、二分八分と言ったところか…)
ジマクはそう考えながら、気力を振り絞り立ち上がる。ふらふらと歩きながら、必死に魔法の効果を逆算していくが、さすが現在最強と名高いチョークの魔法だ。どんどんジマクの命を蝕んでいく。
必死に呼吸をして、意識を保ち、逆算を繰り返す。が、必死の抵抗も虚しく、ジマクは片膝をつく。
(グッ、ここまでか…)
そう思った矢先のこと、ぼやける視界にある洞窟が映った。そして、その中から禍々しい魔力の波動を感じたのだ。
(なっ、なんだ…この魔力は?あっ、あそこから…あの中からだ…)
最後の気力を振り絞り、ジマクは歩き続ける。洞窟へと入り、必死に奥まで進むと、ひらけた空間に出た。高さは2メートル程度だろうか。そこは、半円形状にくり抜かれたような空間だった。
(なんだ、ここは…。ん…?あっ、あれは!)
空間の中央に、禍々しい魔力を放つ根源を見つけたのだ。ジマクはそれを知っている。魔導士ならば、知らない者はいない、それは誰もが知っている"竜器"であった。
「"竜王の心臓"がこんなところに…。俺は…ついているぞ!」
ジマクがよろめきながら、それに触れるとオーラが電撃のように弾ける。
「グッ、かっ、かなり濃い…魔力だ。しかし…これがあれば…」
そうこぼし、ジマクは"竜王の心臓"を手に取った。今度は手だけでなく、魔力のオーラがジマクの全身に電撃のように走り、負っていた傷から血が吹き出す。
「がっ!がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
しかし、ジマクは心臓を離すことなく、そのまま自分の口に詰め込んだ。そして、飲み込んでしまう。
「ウッ、グゥッ、ハァハァ…。ハハハ…グハハハ!俺は簡単には死なんぞ!!今に見ていろ…ワイド=チョォォォォク!」
洞窟の中には、ジマクの叫び声が響き渡るのであった。
ここから3年ほど、彼は生死の狭間で、"竜王の心臓"と体の支配権を奪い合うこととなる。
そして、その3年後、ある事がきっかけで、ジマクは"竜王の心臓"から支配権を奪うことに成功するのだが、それはまた後で話すとしよう。
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